十七話 救出完了
先行者のチェリが机の下に隠れたまま進まないので、フユ達は階段に立ち目だけを床の少し上に出したままだ。
なぜチェリが進まないのか気付くまで時間がかかった。というより、貧乏揺すりをナツに止められたうえ小声で「何してるの気付かれるでしょ」と怒られた。
そこで初めていらつきがおさまり、今、あの暗闇で出会ったキノトとやらのことを思い出した。奴が現れたらまたガラスの檻に逆戻りだ。
一方チェリはと言うと頭を低くし、クラウチングスタートに近い格好のまま警戒する小動物のようにきょろきょろとせわしなく様子をうかがっている。
ばっと、チェリが飛び出したとたん、フユ達は頭から押さえつけられる。
頭を押さえつけるハクを睨み付けると、黙るようにたしなめられた。
そしてチェリの方を見ると、今上機嫌で鼻歌歌いながら部屋に入ってきた男の懐に音もなく飛び込み、昏倒必至の強烈なアッパーカットを放つ瞬間だった。
そんなに大柄でもない彼女がかがんでからひねりをいれて飛び上がるまでの一連の動きはまるで天に昇る龍の様だ。
力無く後ろに倒れた男の前でふっと短く息を吐き出すと、覆い被さるように追撃をする。
ここからでは彼女の身体に隠れて、どのような攻撃が繰り出されているのかはわからないが、男の足が彼女の上半身に合わせて跳ね上がるので、きっとえげつない一撃が繰り返されていることだろう。
不運な男の冥福を祈っていると、隣のハクも哀れんでいるような恐れているようなそんな目をしていた。
「これでよし」
ひょいと男のあごを掴み持ち上げる。
顔は空を向いていてどんな様子か伺えないが、男の身体はぶらりと糸の切れた人形のように垂れ下がっていた。
ひゃっとハルが目を覆う。
「大丈夫、死体じゃないよ。そもそも、これは人間じゃない」
そう言って糸の切れた人形の服をはだけさせた。
これにはナツも嫌そうに目をしかめつつ、閉じてはいなかった。
肌色の左右に分かれた胸板はつるりとして緩いカーブを描いていたが、隙間から空洞と鋼色の骨格が見える。
「奴らのおぞましい研究成果だ」
吐き捨てるようにハクが言う。頭を押さえつける手は離れていた。
「人道的活躍も結構頑張っていたけどね」
壊した本人が存在のフォローに回る。
やっと壊れた人形の顔が見えた。
「箸を取りに行った人だ」
ハクの牢の前をうろうろしていた明るい色のスーツを着ていた男。服は同じだったが薄暗さのせいか予想外すぎたのか全く気付かなかった。
「本当に箸を取りに行ってくれたとは。律儀だねえ」
床に転がるお箸をまたいで、ハクは部屋の外へ出た。
「おや、誰もいない」
「アキとシュウが陽動している内に逃げましょ」
チェリに連れられるまま部屋を飛び出して見覚え有る廊下を走り抜けた。
プレハブ小屋に戻ると、今日は室内全部の明かりが灯っていた。
だが、いるのは変わらず一人だ。
「やーやー、ハク博士、元気でしたか」
にこーと笑うひげ面にハクは乱暴に返事をする。
「まさかハク博士が捕まるとは思いませんでしたよ。だって引きこもりだもん」
「僕もたまには外に出る」
「それが裏目に出ちゃいましたけどね」
「……二度と外には出ない」
すねた口調のハクは、何馬鹿なこと言っているのとチェリに注意されている。
「そもそもお前らがろくにお使いも出来ないから資材調達に僕が行く羽目になったんだ」
ぶつぶつ言いながら、ポットのお湯をそこに置いてあったコップに注ぐ。
「だって、あなた説明が下手すぎるのよ」
「まちげえねえ」
あははと笑うチェリとザキを黙らせた。
「で、でも外に出てかなり体調が良さそうですな」
「向こうは缶詰みたいなもんだけどな」
ガラス張りの牢屋を思い出す。この部屋よりは明るかったが、この部屋よりも狭かったのは確かだ。
「半月ほど食べたクサイ飯ならぬかがやく飯のお味はどうでした?」
「白米だった」
「……そりゃかがやきますな」
少し間を開けていや、違いますよと突っ込みをいれる。
「なんだ、三食白米、良いにおいがするお茶までついてくる。一人暮らしの頃よりずいぶん良い飯だったぞ」
「そう言うことじゃないですよ」
「まああのお茶は気に入った。こんどドライフルーツ買ってこい。ふやかして食べる」
「これはまた、なに偏食習得しちゃったんですか!?」
僕が言いたいのはそう言うリアルの話じゃなくて拡張現実の話ですと鼻息荒げに話を遮る。
「各国の指名手配者や著名人が自ら彼らの捕虜になりたいと思わせる噂の最新感覚偽装機が発生する幻の味覚を試していないんですか? なぜ試さないんですか」
買うかどうか悩むならともかく、目の前に、最新機器があれば、触る・試すは当然でしょうと熱弁するザキ。
一方でハクはイライラと顔の筋肉を引きつらせている
「そこまでにしておけ、ザキ」
シュウが間に割ってはいる。
「これはアナクロが格好いいと思っているんだ。最新と言う言葉に飛びつく軽い輩と一緒にしてやるな」
シュウの皮肉にハクはふんと鼻を鳴らし、奥の扉へと去っていこうとする。
「ちょっと、ハク。先に女神に会いに行こうよ。作戦完了の挨拶も兼ねてさ。女神も心配してたんだよ」
「助かるとわかっているのに、心配も何もないだろ」
「おばか。そう言う問題じゃないの」
むうとほっぺを膨らます。
そんなチェリを無視して奥に行こうとするハクが突然叫び声を上げる。
「チェリ、止めろ。怪力スーツは反則だ」
「あら、スーツは今動かしてないわ。多分ね」
「馬鹿言うな、スーツにスイッチはない。どんな些細な動きにでも働く。こんなのが自力な訳……痛」
「行きましょ」
無情にもハクは引きずられるようにして部屋を出た。




