十四話 しゃくに障る姿
あじけのない昼食を取ると、宣言通りハクは昼寝を始めた。粗末な床敷きのうえに寝転がった後、仰向けでガーガーと空気を波立たせるような恐ろしいいびきをかきながら眠っている。
土足で歩き回った床敷きの上に寝転がるなんて神経が信じられない。フユはけっして几帳面でも潔癖症でもないがどうも気になってしまう。
それに食べてすぐ寝ると牛になると言う。
いびきも、着の身着のまま眼鏡のままのだらしのない寝姿も、些細な一つ一つがかんに障る。
例えるなら休日にいつもにましてだらしのない親の姿を見てしまったときのような、あんな大人には絶対ならないぞと思わせる感覚。
不快の極みに至っても、この部屋はこの男と二人で使わなければならず、フユには脱出手段がない。
フユは気を紛らわすために茶柱どころか茶葉が入りまくって邪魔すぎるお茶をちびちび飲んでいたが、それももう無くなった。
他に何か無いかと思い、先ほどまでハクが向かっていた机に目をやる。
やはり汚い書き殴りが散らかっているだけだった。
何枚か机の上の紙をどけていると、図があった。地図のようだ。
線は定規で引いたように美しく、書き直しが少ないため見やすい。
眺めていると何か違和感を感じた。
違和感の正体を探っていると、あることに気付く。
線が自動で描かれている。
目の前で紙に描かれた線の端が徐々に延びていたために、フユは違和感を感じたらしい。
これがただの紙ではなく、何とかパッドみたいな電子機器なのかと持ち上げたり裏返したりしたが何もわからず、最終的にはよくわからないけれどきっと科学的な発明だと、心の中でこの凄い紙を発明した発明家を讃えてみた。
昼寝をしていたおっさんががっと息が詰まったようないびきをした。
驚いてハクの方を見る。
すーと穏やかな呼吸を何度か繰りかえしたあと、ゆっくりまぶたが持ち上がった。
「なんだ、面白い物でも見つけたのか」
数分の睡眠から目覚めたハクはあいかわらず不健康そうな顔だが、目の充血だけはとれていた。
「見つけたのか」
あくびを噛みしめるように起き上がって近づいてきたハクはフユが手に持つ不思議な地図を軽く叩く。
「見事に紙に混じっていただろ。僕の世紀の発明品だ。あまりその良さは理解されなかったが」
得意げに口元を持ち上げるハクの姿に素直な賞賛を与えることが出来なかった。
寄こせと横から紙に擬態した発明品が奪われる。
「これは超小型偵察機の軌跡だ。場所はあの暗闇の迷宮」
空に向けて紙を掲げる。それは普通の画用紙のようにまだらに光を通した。
「自然な地図が描けるように緻密にプログラムが組まれているのだが。ここを見てみろ。線が折れ返している」
確かにいくつかある線の端のうち、一つがハクが指さした場所で折り返して二重線になっている。
「迎えが来るぞ。逃げる用意と頭の中をまとめておけ」
上機嫌で机に向かい始める。ゴミみたいな書き殴った紙を整頓しているようだ。
整えた後、さらに粗末なボールペンを取りだし白紙を机の中から出してきた。今でも紙の山が出来ているというのに、さらによくわからない文書を作成し続けるらしい。
「迎えって誰が」
「決まっているだろ。僕の偵察機を拾う馬鹿はチェリしかいない」
他の可能性もあっても良いだろうにその返事には他の選択肢はあり得ないと思わせるほどとんでもない自信だった。
それに加え、こっちとしては誰でもいいんだがと冷たく言い放つ。
渡された全自動地図を見ていると、ハクがチェリの現在地だと言い張る線の端が他の端に比べて随分描画速度が速い。
ぐんぐんと地図の出入り口へと近づいてくる。
本当にあの暗闇の中をこの速さで走っているとすれば、恐ろしい能力だ。
フユとハルがおそるおそる進んだ時間と比べれば、チェリの移動スピードは桁違いだろう。
もう間もなく、地図の端へとやってくる。
言っている間に、地図の端は重なり、それ以上線が延びることはなかった。
「暗闇の迷宮越えたみたいだ」
報告したところ、そうかと短く返答して昼食と一緒に出てきた冷め切ったお茶をすすった。
水気を飲み干したと見ると、ガラスと別の方向、鉄格子に腕を突き出して叫んだ。
「おーい。あのさ。箸もらえないか」
ハクの声にタラタラと明るい色をしたスーツの男が不満そうに歩いてくる。
「お前さ、前から思っていたけど態度デカいよね」
格子から割り箸が投げ入れられる。
「えー割り箸か。僕割り箸だと口の中荒れちゃうからもっと良いの使いたいんだよな。博物館の実習部屋に調理実習用のお箸有るだろ、あれで良いから」
ハクのよそ見注文に男は悪態をつく。
「あれーそんな態度取っちゃって良いの? VIP待遇でしばらく世話してくれるって聞いてるんだけどな」
VIP待遇のイメージとこの部屋とがあまりにかけ離れているのでフユは混乱した。
さらにスーツの男が文句をたれながらも大人しく従うのでさらに混乱する。
「さて、これで彼はいなくなった。まあ、今更一人見張りが減ったくらいであいつにはたいした問題じゃないだろうが」
割り箸を拾い上げると、袋から出して二つにわる。
こすり合わせて裂け口を整えると、それを使ってコップの底にはり付いていた茶葉をつまんで食べ始めた。




