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十一話 地下二階へと至る道

手前に倒れてくるバールに見せかけられたもの。

バケツの縁に引っかかり、倒れて音を立てるようなことはなかったが、かわりに金属が重なりきしみ合うような音が室内に響いた。

隣のハルがもともとのっぺりした顔を、驚きでさらに縦に伸ばしていた。口は少しゆるんではいるが閉じたまま、目を丸くしてしばたかせていた。

きしむ音に怯んで二人して縮こまっていたのだが、すぐに音が止んだのでおそるおそる動き出す。

部屋を一周見渡して、誰も部屋の中にいないし、入ってきた形跡もないことを確認する。

様子をうかがうために扉に右耳を当てて外の様子をうかがう。

非常に静かだ。

けれど人がいないはずはない。さっき随分たくさんの冴えない大人達が密集していた廊下を思い出す。

様子をうかがおうと思い、少しだけ扉を開けようと引き戸の取っ手に触れた指先に力を入れた。


開かない。

がっと何かが引っかかっている感触がある。

引き戸の中央にあるだろう鍵に目をやるが、鍵のような物は見つけられなかった。

念のため逆側から開こうと試みる。

やはり開かない。

フユが悩んで扉から半歩下がったとき、ねえとハルが声をかけてきた。

ハルがそれ以上何も言わないので隣に並ぶ。

掃除用具入れの正面にあった低くて幅の広い机。

その下に階段が顔を覗かせている。

「下への階段だ」

それは間違いなくチェリの探していた下の階へと続く道だった。

静かに興奮を感じているフユの横で、聞き取りにくいぼそっとした声でハルが呟いた。

「連絡した方がいいよね」

「どうやって?」

興奮が表に出たのか随分きつい口調になっていた。

ハルの表情がぴくりと動き、驚かせてしまったことに気付く。

「ああごめん、悪く言ったつもりじゃないんだ……だけど、今は外に出られないみたいなんだ」

ハルは何も答えず、暗闇へと続く階段を眺めている。

「一度降りよう。窓もないし扉は開かない。下の階に他の階段とか出口があるかも知れない」

フユは自分で言っておきながら、多分別の出口はないだろうとはうすうす感じていた。

そんなフユの考えを知ってか知らずか、ハルは不安そうに階段とフユの顔を何度か見比べた後こくりと頷いた。


けちな公共施設は節電しているらしく蛍光灯の明かりは薄暗い。さらにそのわずかな光を、低い机が遮り、階段の奥まで光が届いていない。

ハルとフユは右手を壁に当てながら、つま先で段差を探り慎重に降りる。

後ろのハルが恐怖から緊張しているのか息が乱れがちである。

おかげでしっかり後ろに着いてきているだろう事がわかって少し安心する。

一応戸惑う同級生の様子を察し、弱気を振り払いながら率先して先へ先へと降りていく。

ここでよく気の回るアキなら何て言うだろうと考えてみても、フユにはなんの言葉も浮かばない。

無言のまま根気よく地下を進んでいった。


つま先がそれ以上の段差はないと訴えた。

足下は平坦で、壁も直線のまま。

「ここで終わりみたいだ」

フユが立ち止まっていると、制服の背中が引っ張られる気配を感じた。

「廊下は続くみたいだから、先に進もう」

返事の代わりに、引っ張る感触が消えた。

相変わらず光源はない。

闇の中をただまっすぐ壁沿いに進む。

壁がなければ怖くて立ちすくんでいただろう。今はこの壁と後ろにいるであろうハルの存在だけが頼りだ。


だが、ハルは無口だ。本当に着いてきているのか不安になる。

階段を下りているときは、息づかいで確認が出来たが、今はとても静かなもんだ。

「なあ」

声をかけたところで彼女は声を出さない。

何とかして声を聞きたいと思った。声が聞こえれば間違いなく彼女は側にいるし、音量から距離感も測れるはずだ。

けれど話題は選ばなければならない。

チェリのこととかでも良さそうだが、ハルは回答に困ると返事をしてくれない可能性がある。

「し、しりとりしようか」

突発的に思いついた提案を声に出す。

良いよとも嫌だとも何でとも返ってこない。

返事がないことは肯定だと取り、勝手に始める。

「しりとりのりから……理科室」

「つ。つまらないなあ」

その声は、フユが期待していた少女の声ではなかった。

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