十話 地下一階
駆け回っている。一度休んだらもうこの足は震えて意思通りには動かないだろう。
必死に腕を振り、足を持ち上げる。
隣のハルは長い髪を上下にゆらしながら進んだり遅れたり波のある調子で必死に走っている。
どうしてこんなに足音が響くのだろう。
反響する廊下、一歩ごとに頭をゆらす衝撃、息切れした風のような呼吸音。
全てがまとわりつくように不快感が足を遅くする。
こんなにも囮として役に立っているんだ。早くしてくれなきゃ呪ってやる。
驚くほど直線的で短い廊下。それなのにひどく長く思えて、それに前から邪魔も来ている。
廊下を駆け抜けてそのまま逃げるはずが、途中で挫折してしまった。
「さて、ハルナツアキフユ、それと……シュウ」
プレハブの中、名前の発表を終えたチェリが慌ただしい足取りでつかつかと机に向かう。背筋が伸びているせいで左右にポニーテールが揺れる。
「オレは」
「死んでろ」
ザキを冷たくあしらいながら立てかけてあった丸まったポスターを開いて逆に巻く。
くせのなおったそれは部屋の中央にある机に広げられた。
天井のボタンを触ると、ライトの様子が変わった。
「次の勅令なんだけど、今度は簡単に忍び込める所じゃないわ」
フユ達に向けて意味ありげに微笑む。
「敵幹部のお膝元よ。公共施設だから敷地内に入ることは簡単だわ」
「公共施設? もったいぶった言い方だな」
シュウが腕を組んで上体を反らす。
「この辺りの公共施設はあの公共施設しかないでしょ」
知ってるくせにと眉間にしわを寄せながらチェリは言葉を濁す。
「博物館よ、公営の」
彼女の話では、潰れた工場を改修して作られた博物館への潜入だという。予算に甘えたろくでもない経営で人を呼び込む気のない、資料の保管庫みたいな場所らしい。
はいとアキが小さく手を挙げた。
「出入り自由の公共施設なのになんで忍び込むんですか」
「バカね、目的が公共の場所には無いからよ」
「その説明では不十分だぞ」
シュウがたしなめる。チェリが反省したのを見て、補足をした。
「僕らの仲間が、捕まっているのさ。この施設、閲覧自由なのは全体の二割程度でほとんど立ち入り禁止なんだ」
「立ち入りどころか、存在すらうやむやな部屋もあるわ」
ふんとチェリが鼻を鳴らす。
「だから、問題は、中に入ってから」
天井に向かって指を振ると、無地のポスターの上にラインが引かれていく。
「見取り図よ。これから言うことを憶えておいて」
正面玄関を指差す。横長に広がる施設の見取り図、その中央をはしる一直線を爪の短い指でなぞった。
その端をとんとんと指先で叩く。
「君たちは正面玄関からシュウと廊下を進む。端まで行ったここから入って」
そう言いながら地図の上でつまみ上げるようなジェスチャーをする。
すると、見取り図が持ち上がり、立体的な見取り図が現れる。
「ここの階段を下りるの」
今は地上一階と地下一階の構造が細い線で宙に描かれている。
それから、地下に降りたフユ達は二手に分かれた。
廊下を歩きながら大声を上げ、目に点く扉を叩いて回る。
階段は二カ所にある。フユとハルは廊下の奥の階段から降りて、正面玄関の階段を上って逃げる予定だった。
ところが扉を叩くだけならまだしも大声で叫んだものだから、進行方向からも上の階からも追っ手がかかった。
追っ手と言っても地味な事務員さんや普通の職員さんばかりだ。
けれどこんな寂れた施設にどうしてこんなに人がいるのか不思議でたまらなかった。それほどわらわらと集まってくる。
フユ達はただの囮で、もしも捕まっても大丈夫なように迷子になって困っていたという言い訳まで用意していたのだが、あいての物々しさに腰が引けて手近な部屋に逃げこんでしまった。
幸いにも部屋の中には誰もいなかったが、こうなっては袋のネズミだ。逃げ場がない。一階なら窓でもあっただろうが残念ながらここは地下だ。
フユ達がこの階の人たちを引きつけて逃げているうちにチェリ達がさらに下への扉を探す予定だった。それがどうだ、全員の注意をこの地下一階の部屋に引きつけてしまったようだ。
ハルは何も言わないがその口はむぐむぐ動き、どうしようどうしようと慌てる気持ちを押し込んでいた。
施設の人が押しかけてこないことから、危害を加える気はなさそうだけれど、言葉に出せない恐怖を感じている。
フユは不安のあまり武器を取ろうと学校にある掃除用具ロッカーと同型のロッカーを開いた。
中にはバケツとその中に差し込まれたバールのようなものが入っていた。
ハルが隣からのぞき込んでくる。
バールを引き上げようとすると、それが固定されていることに気付いた。
バケツも底がない。床に細工がされている。
それを確かめるために、フユはバールのような物をレバーのように手前に引いた。




