九話 陽気なコードネーム
電気は点いているものの、狭さと気味の悪さのせいでお通夜のように暗い部屋の中、突然陽気な声が雰囲気をぶちこわした。
「たらーん!!」
変なファンファーレを口にしながら、騒がしく女性がドアを開けて入ってくる。
いきなり何よと夏目が警戒心で硬直したままの肩を振り回す。
見るまでもなく、声の主は冬原達を連れ去った女性で、彼女が足を踏み出す度にポニーテールがゴキゲンに揺れる。
「みんなの新しいお名前を聞いてきました!」
その足取りはつま先すら地に着いていないかのように軽やかで、陽気な鼻歌交じり。
あまりのエアークラッシャーっぷりに仲間のはずのシュウも眉を上げたり下げたりしている。きっとサングラスの向こうでは眼がチカチカしていることだろう。
「名前って、女神に聞いてきたのか」
「そうそう、メール見た? アイちゃん今日も絶好調だよね。音声入力していたのを聞いていたけど、やっぱすごいよ。文章自体も凄いけど、あれは生で聞くべき」
人の話も聞かずにチェリが話し続けそうだったところをもう一度シュウが声に出して遮る。
「女神が、何か、言っていたのか」
互いにサングラス越しだが、目と目を合わせ、落ち着かせるために両肩をがっちり掴んで言い聞かせる。
そこで、やっとチェリが口を手で押さえた。
その様子を見てシュウはチェリの肩を解放する。
「あはー。いやあごめん。ちょっと心配事が重なっちゃったからかな。テンション上がっちゃって」
ごめんごめんと冬原達を眺める。
「ところで、まあ君たちの名前なんだけど」
ニッと真っ白な歯が姿を見せる。少し出っ歯気味の前歯と八重歯気味のひどくとんがった犬歯が凶暴そうな印象を与える。
「安直で悪いけど、験担ぎって事で。君たちはハル、ナツ、アキ、フユって事でよろしく」
一人一人指さしながらチェリが満足げに告げた。それは間違えることなく、春風、夏目、秋津、冬原の順で。
明らかに名付け主、あるいは目の前の確認者が冬原達の名前を知っている。
冬原の警戒を知ってか、それともただ驚いた顔に気分がよくなったのかどちらかまではわからないが、チェリは口の片端でニヤリと笑う。右の犬歯の先が彼女のふっくらとした下唇に沈んでいた。
「季節に合わせているんですか。おもしれー」
名前との関連性を全く知らなさそうなザキが机から目を離しやじってくる。
「名前を呼ばれたら死にそうな奴は黙ってな」
急に機嫌を損ねた様子の彼女にサングラス越しに睨まれて、ザキは渇いた笑いをこぼしながら机に向き直った。
「なんで俺らの名前は勝手に付けられるのさ」
不服そうな秋津。
「なんだ、名乗りたい名前でもあるのか」
シュウの問いかけにそうだと答えた。
言ってみろとシュウが親指で秋津を指す。
そこで自信満々に胸を張って名乗り上げる。
「オータムジャンボ」
ぶほと吹き出す音がそこここから聞こえた。
何度もその名を見ている冬原ですら吹き出すのがこらえられなかった。でもこれは確かに秋津を表すニックネームだ。もともとオータムだけだったのだが、図体がでかいこともあってオータムジャンボとなった。時にはそれに三億円だの宝くじだのおまけが付いていたりもする。
「一回聞いたら忘れない名前だな」
サングラスを押さえながら前屈みになって肩を振るわせながらシュウは笑っていた。
チェリは呆れていたようだった。
「先に言っておくけど、✝深緑に潜む影✝とか黒華鳥栖とかは無しよ」
何か言いたげにしつつも春風が目を白黒させている。
そんな春風の様子を見てチェリが眉を寄せる。
「あらごめん、意地悪するつもりはなかったんだけど、ついね」
ちらっと夏目の方も様子を見たようだが、夏目は普通にその名前に興味が引かれた様子だった。
「どうにせよ、君たちには悪いけどこの名前を使って。お願い」
「なんでそんな事頼むの」
夏目がチェリをのぞき込むように尋ねる。
あーとかうーとか言いながら言葉を選んでいたチェリだが、冬原の手を取ると、やっとぽつぽつと言葉を紡ぎ出した。
「ハル、ナツ、アキ、フユ。君たちはしばらくここにいなきゃいけない。しばらくっていうと、心配しちゃうかな。目安で言うと私達の革命が終わるまで。何週間かかかるけど何年もはかからない。それまで君たちには私達と一緒に行動して私達に味方をして欲しいの。何が起こっているのかよくわからないとは思うし、残念ながら私も説明できないけど、一つだけ約束は出来る。安心して。全てが終われば君たちは元の場所に帰れるから……元の、君の部屋に」
そのお願いの意味も目的も全くと言ってわからないが、顔を隠していても、彼女が心を痛めながら一心に頼んでいるのはわかった。
きっと今彼女が目を隠していなかったら、意味もわからぬままもらい泣きでもしていたかも知れない。それほど、震えるような声が心を揺さぶりにきていた。




