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nameless story  作者: 伯耆
第1章 始まり
9/23

8.幕開けかもしれない


パキンっと音が鳴る。

前にも聞いたことのある音だ。

金髪男の拳をマトモに受けるはずだったセキだが、どこも痛みを感じる所はない。

それに気が付いて、ふと目を開けた。

四肢の拘束が解かれている。

しかし、それは13部が助けにきてくれたからではないことが前に広がる光景で一目瞭然であった。

見た事のない空間だ。

否、見覚えがないこともない。


つい先日、クロエに無理矢理仕事に駆り出されて、連れて行かれた狭間と良く似ていた。

その空間に漂う小さな一隻の小舟の上。

ゆらりゆらりと揺れながら、だだっ広い湖の真ん中で止まっているその中でセキは目を覚ましたのだ。

小舟に船頭はいない。

セキは覚醒していく頭を使って、記憶を手探ってみるが、どうやってここに来たのか分からない。

辺りは一面霧がかかっていて、その霧から気まぐれに扉がちらりと見えるだけである。

困り果てていたセキの前にゆっくりと近づいてくる一隻の小舟があった。人がいる。

セキが声を掛けようとした瞬間、すでにその小舟はすぐ隣まで来ていた。

少しだけ驚いた彼だが、狭間では不可思議なことが起こることは前提である、と13部の誰かが言っていた。

渡し守が移動し住まう空間。それが狭間だ。

彼らの存在すら人間である自分たちには不可思議な存在なのだから当たり前なのかも知れない。


「おやおや、やはり坊やか」


ぴくり、とセキの耳が動いた。

聞き覚えのある声だったからだ。

先日、狭間に訪れた時、ウォードと呼ばれた老婆の渡し守だ。

やはり白髪で顔は見えないが、こちらをはっきりと見据えているのが分かる。

古びたローブを羽織って、船には水を切るだけのオールは申し訳程度に端っこで揺れている。


「アンタは確か・・・」


狼狽を示すセキにウォードはぼんやりと口元に笑みを作った。

先程のイエロや金髪男とは違う―――それは慈愛に満ちた笑みだ。


「よう、おかえりになった。我が君主(あるじ)。世界の鍵として、あなた様はこれから様々な困難と出会っていくじゃろう。

しかし、足に絡みつく雑草は焼き払ってしまわねばなりますまい。

それが世界を掌握するということじゃ」


なめらかに動きだした言葉は老婆が発するものとは思えないほどはっきりとしていて、少しだけ熱が籠ってあるようにも思えた。

ウォードの言葉の真意を飲みこめずにセキがただただ、狼狽を大きくする。

なんのこと、と尋ねようとするが、それを告げる前にウォードは再び切りだした。


「何かございましたら、このウォードがあなた様の足となろう。

ウォード、とはどこへでも入り込める意と授かったあなた様のための存在ですじゃ」


唐突に忠誠めいた言葉を言ったと思うと、ウォードは不意に横へと首をゆっくり回した。

訝しみながら、その方向へ首を回すと、そこには一つの明かりが見える。

霧を照らす光だ。


「お迎えがきなさった。

さぁ、この物語の幕開けといきましょうぞ」


少しだけ興奮ともとれる楽しそうな老婆の声が響いた後にセキが前を見やると、ウォードの小舟は跡形もなく消え去っていた。

代わりに一隻の少し大きめの船が近づいてくる。


誰かが、セキの名前を呼んでいた。

父親のように温かくて太い、それでもって包容力のある声色―――すでに聞きなれたピオニーの声に、セキが突如の安心感と脱力感を覚え、意識を途切れさせた。








荘厳で物静かなパラレル対策中央本部――SS.BMOはいつにもまして慌ただしさを隠しきれずにいた。

ここ1世紀に渡り、使われていない儀式の間の掃除。

機関誌は常に一面‘あること’について取り上げられ、先日の拉致事件など二の次になっていた。

SS.BOM中央本部だけではなく、その話は機関学校の中や、中立国並びに二大公爵家の治める両国にも伝わり、そのことについての反応はそれぞれである。

拉致事件より一週間。

セキには外傷は見受けられなかったものの、隅々まで検査が行われた。

一方、首謀者は3人。ローモンド傘下の上流貴族の仕業であることが判明。

その報告を聞いた時、セキは検査など投げ出して、イヴアールの所へ問い詰めに行きたい衝動に駆られたが、医者たちに押さえられて敢え無く断念した。

それからというもの、セキはイヴアールを見かけていない。

どんな方法を使って、彼らの仲間を演じたのかは知らないが、それでもイヴアールが間違っても犯人容疑をかけられなかったのが、不幸中の幸いだ。


(次会ったら必ず問い詰めてやる)


そんな決心を抱きながら、この一週間。

13部の面々とはほとんど顔を合わせられずにいた。

自由奔放な人種の集まった班ではあったが、ここまで慌ただしい様子は始めて見る。

事件の後始末に追われているのか、はたまた何かの行事があるのか。

別段と気にせずにいたセキであったが、今日は特に騒がしい。

一階からの物音が7階の13部談話室まで響いてくる物音を聞いて、いつものようにソファーに寝転び、天井を仰いでいたセキは静かに眠れない状況に顔を顰めた。

あの事件について、何度かクロエやピオニーに真相を確かめて見ようとはしたが、話を切りだす前に忙しいと跳ねのけられるのがほとんどで、クロエに限っては無視を決め込むことが多かった。

深いため息を一つ。

世間はもうすぐ子供たちが帰宅する6時ごろだ。


(今日は土曜日だから、子供たちも学校はないのか)


口の中で呟いては再び、ため息を吐き出す。

最近眠ってばかりだが、一週間前の精神的疲労が取れ切っていないのか。いくら寝ても寝られる自分にセキは感心していた。

微睡みに飲まれようとした時、既視感を覚えさせる乱暴な扉の開閉音が一つ。

クロエだ。あの芸術的なまでの音は彼しかいない。

これはもう慣れに等しかった。

入って来るや否や、セキも呼び起こす。

その後ろには珍しくフランクは付いておらず、クロエの格好もまたTシャツに7分のパンツ一枚とラフな格好であった。

そのパンツとスニーカーの間に窺える足首がまた綺麗だ。

ふと、そんなことを思ってしまった自分自身にセキは頬を引きつらせた。


「なんだよ。いきなり」


露骨に嫌な顔をしてやると、クロエはそっくりそのまま返すように、いつも以上に不機嫌そうな顔をした。

その後に顔までかかって来るんじゃないかというほど、大きく長いため息を吐き出され、クロエはセキを睨むように見つめた。

その視線は青変わらず鋭い蛇のようで、セキは思わず視線を逸らす。

再び、短いため息の音。クロエは何やらぶつぶつぼやいているが、それはセキには聞こえない。


「だぁーーーっ!なんなんだよ!文句があるなら直接言えっての!

つーか!俺が聞きたいことあるってのに、何回聞いても忙しいって言うし、挙句の果てにアンタは無視を決め込むし!

保護してんなら、丁重に扱えっての!

それとも何か?この組織はお客様に対する御もてなしを教える常識がないのか!?」


勢い良くソファーから立ちあがって一息に捲し立てたセキに、クロエはスッと目を細めて、やはりため息。

なんだか、自分が言ったことがあまりにも子供じみていたのではないか、という後悔の念が後になって襲い、思わず口を噤んでしまう羽目になった。

クロエは開けっぱなしだった扉の方へと背を向けて「ついてこいよ」と一言、部屋を出て行った。

急いでクロエの背を追ったセキは3メートルほど後ろで彼の後を倣う。

どこの廊下も慌ただしく、構成員はいつもの雰囲気とはまるで違って、どこかの工事現場の作業員のように働きまわっている。

セキはさすがに怪訝に思い「なぁ」と口を開いた。

その声に気が付いてかクロエは少しだけ歩をゆるめて、セキが尋ねる前に牽制を言葉に表した。


「お前は気にすることじゃない。

それに明日になれば分かる」


とりあえず黙ってついて来い、とでもいうように手招きされたセキは、納得いかなかったが、それ以上食い下がるのも無駄だと判断してクロエの後を早々に付いて行った。




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