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nameless story  作者: 伯耆
第1章 始まり
8/23

7.イヴアールみたいな名前の薬なかったっけ?




ひんやりとした空気が肌を撫でる。

げらげらと下品な笑い声で目が覚めた。


「いいのかよ?13部にはローモンドの当主がいらっしゃるのに・・・」


「いいんだよ!レーンディアのあのクソガキな次期当主だっているじゃねぇか。

それにローモンド傘下の仕業だってバレなきゃいいだけの話だろ?」


(何の話だ?レーンディアにローモンド?派閥争いか・・・?)


意識が次第に覚醒し始めたのと同時に、両手両足が拘束されていることに気が付いた。

それも乱暴に縛られているため、後ろ手に固定されたロープが手首に食い込んで痛い。

声からして男だけであることは知っていたが、薄らと開いた視界にはガタイの良い男が4人映った。


「おっ、起きたか?」


下品な笑みを口元に浮かべ、金髪の男がセキへと歩み寄って来る。

明かりが付けられて明るいが、どうやら地下の一室のようだ。

下には古いが高級品なのだろうカーペットが敷かれていて、視界の男たちの座っているソファーも良い室のものだろうと窺える。

どこか貴族の屋敷。それも随分長い間放置されていたところだということ察しがついた。

セキは壁に凭れて意識を失っていたため、女座りのような格好になって、金髪の男を睨み付けた。

意識を失うに伴って使われた薬品が完全に抜けきっていないせいか、その眼光もいつもより半減される。

そんなセキの状態を知ってか、金髪の男はセキの前へとしゃがみこんだ。


「悪ぃな。アンタは何にも関係ねぇんだけどよ。

ちょっとした脅迫材料にはなってくれそうだったからよ~」


やはり下品な笑みを口元に描く。

脅迫材料。男は確かにそう言った。


「誰を脅迫するつもりなんだ?」


低く怒りを押し殺した声で尋ねる。

セキが喋った、もしくは狼狽ではなく冷静な声だった。否、その両方かもしれない。

男はそれが意外だったのか、少しだけ眉を跳ねあげて、セキをジッと睨む。

セキはその視線を真っ向から見つめた。

何が目的なのか。誰を、何故、脅迫しているのか?

内心は心臓が飛び出るくらいの恐怖を感じて怖気に粟立っていたが、それを意地で隠すために男を睨み返した。

13部が助けに来てくれる。どこかにそんな頼りない確信があったのかも知れない。

セキはもう一度尋ねた。


「13部が狙いなんだろう?誰を狙ってるんだよ?」


レーンディアとローモンド。

その二大公爵家が関係しているのは、目が覚めた時に聞こえた会話で分かった。

しかし、セキは公爵家どころか、この世界に関してあまりにも知らなさすぎる。


「お前・・・」


男が眉根を寄せて、目を細めた。


「13部の人間じゃあねぇんだろ?」


先程よりも鋭い眼光だ。そらせば殺される、そんな錯覚を感じるほどの眼光。

一般人には出来ない芸当だ。


「そいつは他のパラレルワールドの人間(よそもの)だよ。だから13部が危険重要人物として保護してるだけで13部とはそれだけの関係。

十分、脅迫材料に値する人間だけどね」


男の後ろから少し高めの声がした。

ちらりと棚引く銀髪が見える。

セキは驚愕に息を飲んだ。


(イヴアール!?)


この一ヶ月。一番相手をしてくれた顔を見間違える筈はなかった。

何故?何故、イヴアールがここにいるのか。

いや、その前に今の言動といい、クーデターを起こした男たちの仲間のようにも捉えることが出来る。

セキのその表情に、イヴアールは意味深に目を細めた。

ゆらり、と弧を描かれた口元が少しだけ動く。

‘僕に任せて’

セキにも分かるようにゆっくり、はっきりと。声が聞こえてくるかのような動きだった。

イヴアールの存在にセキは一気に心強さを感じて、再び男と対峙を決意する。


「お前がそういうなら確かだな、イエロ」


イエロ。それがイヴアールのここでの名前なのだろう。

色んな疑問が頭に過ったが、それは一旦隅へと追いやって、目の前の状況をどうにかすることが先決であった。

イヴアールがここにいるということは、既に13部が動いているということだ。

ならば、13部が来る間の時間稼ぎと、13部が到着した時、いかに不利にならないようにするのかを考えなければいけない。

このままではセキは人質として、それこそ本当に脅迫材料として使われてしまう。

どうにかしてこの束縛されている状況を好転させなければいけない。

金髪の男は興味が逸れたように、セキから離れると、ソファーにどんっと腰を降ろした。


「なぁ、イエロ。どういった脅迫が一番手っ取り早くて、有利だと思う?」


金髪男がイエロへと問う。

イエロは持っていた本をパタンと閉じると少しだけ考える素振りをした。


「そのお兄さんは13部にとって計り知れない、けれど捨てがたい存在でもない。

君の目的がレーンディアの公爵称号剥奪なら手間はかかるけど、次期当主の命ならば案外簡単かも知れないね」


イエロはゲームの攻略を金髪男に教えるように淡々と言いのける。

13部とレーンディア、ローモンド。

何のかかわりがあるのかセキには全く理解できない。

それでもやはり、自分が足を引っ張ったせいで、顔見知りの誰かが危ない目にあう危険性がある。


「ってか、さっきから何の話だよ。

ちょっとは俺にも分かるように話せ!

仮にも人質なんだから、なんで人質なのか教えろ!」


めちゃくちゃなことを言っている自覚はあった。

それでもこのままじゃ、何も知らないままだと考えるよりも早く、口からその言葉が出ていたのだ。

セキの必死な声に金髪男が目を丸くした後に高笑いを上げた。

イエロを除く2人の男も同様である。

イエロに至っては目を瞬かせた後、キョトンとセキを見つめ、視線がかち合ったと分かったセキはその視線を真っ向から受けては挑戦的な笑みを浮かべた。


「僕が分かりやすく話で上げようか?お兄さん」


金髪男よりも先に、イエロがやれやれ、とでも言う風に肩を竦めて失笑混じりに言った。

金髪男はそれを制止しようとはせずにイエロの好きにさせる意向を示した。

男の手下なのだろう2人も黙っている。

イエロはそれを了承として、スッと目を細めた。胸にはいつものように本が大切そうに握られてある。


「どこから話せばいいかな?よそ者のお兄さんにはちょっと難しい話かも知れないよ?」


13部の談話室で話すイヴアールとは全く違う雰囲気を纏っている。

首を傾げてそう言った彼はどこか妖艶であり、それはいつもの敬語で改まった語調とは違うからかも知れない。


「なめるなよ。俺、見た目通り、結構頭良いから」


相手が知っているだけあって、挑戦的に言い放つ。

するとイエロは面白くなさそうに眉根を寄せた。

はじめて見る彼の表情だ。


「面倒くさいから、単調直入に言おっか?」


その表情が嘘だったように、次は子供じみた笑みを浮かべて楽しそうに首を傾げる。

そして、金髪男が座るソファーの隣へと腰掛けると、深く凭れるようにのけぞった。

金髪男もそれに気を悪くしてようでもなく、反対に歓迎するように、隣に来た彼の肩を抱いた。


「僕たちはね、13部の黒髪のお兄さんに次期当主の座を返上してほしいんだ。

レーンディアによるローモンドへの圧力で、小国の我が祖国の民は皆、苦しんでる。

レーンディアだけが贅を尽くして、肥え太って行くのにローモンドは比例していくように痩せこけていく。

そんなの耐えられないでしょう?

鍵の資格を所有するあの人が次期当主の座を降りれば、ローモンド当主の方に政権は傾く。

だって、レーンディアは黒髪のお兄さん以外、資格の所有する素質には恵まれなかったんだからね。

それに比べて、我が祖国のローモンド当主は歴代の中でも類を見ないほど渡し守の血統を色濃く受け継いだ方。

本来ならば、我が当主が世界を掌握するに値する存在なんだ」


イエロは一息にそう語った。

まるでセキの知らない言葉を流暢に話すようにスラスラと、演説する時のように胸を張って、それに加えとても楽しげに。

このイエロは、本当にセキの知るあのイヴアールなのか?

自分の知るイヴアールと、今のイヴアール。

どちらが本当の彼なのか。

いや、実は酷似した全く別の人間なのではないか。

それでも前で淡々と語った彼はセキの知るイヴアールに間違いない。

背丈、体付き、髪にその質、瞳の色。全てがセキの知る彼なのだ。

特に胸に大切そうに抱えた本。それはあの表紙が白紙の本だ。

彼が‘救いのない物語’と言って、愛おしそうにセキに話してくれたあの本である。

セキは一瞬にして全ての物事を信じられなくなりそうな錯覚を覚えた。

何より、イヴアールであろう、イエロが語った言葉が理解出来なかったのである。

13部の黒髪。その特徴が一致するのはセキの知る範囲でクロエだけであったし、またローモンド当主とは誰なのか?

足し算も出来ない子供が因数分解を教えてもらったような感覚であった。

簡単に言うと、理解不明である。

そんなセキの心情を察してか、イエロは残酷味を帯びた瞳にゆるりと弧を描いて、隣の金髪男に甘える恋人のように寄り添った。


「やっぱりお兄さんにはまだ早い話だったかなぁ?」


「相変わらずお前は意地が悪いな。もっと分かりやすく教えてやれよ」


イエロに甘えられて満更でもないような、笑みを浮かべながら金髪男はセキを嘲るように見下ろす。

その視線にセキの困惑を孕んだ瞳は、一気にキっと強く金髪男を睨んだ。

金髪男は、そっとイエロに回していた手を解いて、セキの方へと歩み寄ると、最初にしたように、彼の前へとしゃがみ込んだ。

鼻先が触れ合うほど、顔を近づける。

視線が定まらないほどに近づいた瞳の筈なのに、金髪男の瞳に憎悪が映っているのが手にとるように分かった。


「中立国なんてのはただのお飾りなんだよ。

中立の立場なんて存在しない。お前がいたあのSS().BMO()も皆、二大公爵家の手の平の上にある。

特にレーンディアのやり手は汚い。

13部。その存在はローモンドを監視下におくためのレーンディアの汚い手口だ。

黒髪のクソガキは俺達の主である、ピオニー様を虐げ、辱めている。

だから、俺達がその敵を取るんだ。有能なローモンド家に栄光と、忌まわしきレーンディアには破滅を」


憎い、憎いと声が言っていた。

その声色で、まるで用意されていた台詞のように、イエロと同じく一息で告げた。

男の息が鼻先を掠める。

しかし、セキが混乱したのはその内容だ。

クロエがレーンディアの次期当主であり、ピオニーがローモンドの当主である。

金髪男の話からはその事実が汲みとれた。

セキにはそんな話は信じることの出来ないものだ。

ましてやレーンディアがローモンドを虐げているというのなら、尚更。


「そんなこと・・・

だって、俺が知るクロエとピオニー凄く仲が良いってわけじゃないけど、クロエはピオニーを慕ってるし、ピオニーだって13部の皆を家族みたいなもんだって言ってた・・・

アンタがいうことなんか信じられない」


力なく言った言葉に金髪男は眉をピクリと動かす。

セキはそんな男の様子には気が付いていない。

次の句を告げようとした彼を制するように、イエロは割り入ってきた。


「それも・・・全部、真実だよ。お兄さん?」


子供のような屈託のない微笑の口元からは、残酷な声色が吐き出された。


「13部はずーっと昔から、二代公爵家の当主が必ず在籍することが闇の掟になってるんだ。

中立国なんて本当は存在しないんだよ?

まぁ、ただの捕らわれの身であるお兄さんはなぁんにも知る必要はないから。

安心して経過を見守っててよ。レーンディアの滅びへの楽しい轍を・・・」


韻を踏むように、弾みを含めながらセキへと飛ばされた言葉。

セキは目を見開き、イエロを視界一杯に捉えた。

全身がわななく。怒りなのか悲しみなのか、それとも恐怖か、混乱のあまりか。


「いい加減にしろよ・・・。

お前、言っていいことと悪いことがあるだろ?

いつも隣にいたお前ならあいつらがどんなにいがみ合ったって憎んでる筈ないってわかるだろう!?

なのに、なんでそんなことが言えるんだよ!?なぁ!イヴ・・・」


訴えるように全身で叫ぶ。

一ヶ月間しか知らない13部の彼らであったが、彼ら自身のことを何も知らない金髪男の勝手な言葉には、腸が煮えくりかえった。

しかし、それ以上にセキよりもずっと長く13部にいた筈のイヴアールの残酷な言葉にセキは黙っていられなかったのだ。

セキがイヴアールの名前を呼び、糾弾をしようとした瞬間。

いつの間にかイヴアールは目の前にいて、スッと目と口ともに弧を描く。

息を飲むほどに美しく自然な動きに加え、彼の長い人差し指が自身の口元へと移動した。


「シーッ・・・」


確か、イヴアールの能力はテレポート。

やっと確信出来た。やはり、イヴアールなのだ。


「お兄さん?長生きしたかったら、余計なことに口を突っ込まないことに越したことはないよ?」


笑みを崩さずに言い残しては颯爽と踵を返す。

イエロの去った後ろには金髪男が今までにないくらいの不機嫌な表情で腕組みしてはセキを見下ろしていた。

ふと、その表情がクロエのそれと重なった。


(クロエがローモンド家当主であるピオニーを虐げる?)


あまりに想像出来ない光景にセキは思わず苦笑した。

レーンディアとローモンドという莫大な規模の公爵家にはそれ相応の何かがあるのだろう。

しかし、クロエ本人がそんなことを望んでいるとは思えない。

少し前のイエロの言葉が頭の中で反響した。

彼は付け加えるように「それも」と言ったのだ。

つまり真実はそれだけではない。「それも」真実であるのには違いはないだろうが。

セキはゆっくりと瞑目して、次に目を開いた時には強い瞳で金髪男を見つめた。

その視線に金髪男は一瞬たじろいだが、頬を少し引き攣らせると、大股でセキへと近づいてきた。

次に起こることをセキは予想出来てしまった。

振り上げられた暴力に、抵抗の一切を出来ないセキは目を強く閉じ、その暴力を迎える他なかった。





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