6.へっ!?なにこれお祭り!?いやクーデターです
爆発音と地響きが獣の唸り声のように鳴り響いた。
微量な煙が部屋の中へと漂ってきて、中には火薬の匂いが混じっている。
セキはその異様な匂いで目が覚めた。
外は真っ暗。おそらく深夜である。
ぼんやりした頭に雷が落ちるように、再び破裂音が響いた。
一気に意識が覚醒する。
セキは13部の一室に当てられた寝室で慌てふためいた。
なんだ!?と口から出る前に一階からの喧騒が7階のセキの部屋にまで届いた。
次いで金属の交わる甲高い音、何かと何かがぶつかって、家具や装飾品が倒れるような音。
‘クーデター’
セキの脳裏にその単語が過った。
(いや、まだ決まったわけじゃねぇじゃん。つか、この組織すらわかんねぇのにさ。
なんかのお祭りとか!?)
喧騒の中で自分の声も聞こえないため口の中で呟いて、とりあえず部屋から見える窓から庭を見てみることにした。
深夜に灯っている筈の松明の光ではなく、昼間のように全ての部屋に電気がついている。
やはり何かが起こっている。
セキも素早く、部屋の電気を付けるために入口へと覚束ない足取りで向かおうとした刹那、乱暴な音とともに扉が開かれた。
クロエか!?と咄嗟に思って音をした先を見据えたが、そこには見覚えのない黒ずくめの集団。
本能が危険を察知して、思わず後ずさるセキは後ろの段に躓いて尻もちをついた。
次の瞬間、薬品の匂いと塞がれた視界に意識を闇に落とした。
機関本部は戦争の最中のような喧騒に包まれていた。
突然の本部のあらゆる場所が爆発し、辺りが一瞬で混乱に陥れられたからだ。
その中でクロエとフランクに続く13部は最前線に立ち、ピオニーが他の班の指揮を取っていた。
爆発があって既に30分は立っているが、首謀者の姿は見受けられない。
クーデターを起こしたのは膨大な数の騎士であったが、数人捕まえた所でその全員が歯に仕込んでいた毒薬で自害していた。
その中でクロエはセキのことを思い出し、一階からもう一度7階へ戻った所、既に連れ去られた痕跡と、茶褐色の紙を発見したのだ。
それから一時間もたたずに事態は収集した。
そのほとんどは13部の活躍であったのは、さておき。
危険重要人物であるセキが拉致されたとの緊急事態に、13部と幹部との緊急会議が設けられた。
セキの救出と首謀者の逮捕。
そんな分かり切った決議内容に13部は苛立ちの色を隠せずにいた。
たった一ヶ月ではあるが、一緒に過ごした青年がこの瞬間にも命の危機にあるかも知れない。
それなのに、前の幹部たちはのうのうと会議を淡々と言った感じで進めている。
その会議に耐えきれずに立ち上がったのがクロエであった。
「セキを助けて、首謀者をとっ捕まえてくればいいいんだろ!
でめぇらは指でも銜えてまってろ!」
その捨て台詞を吐き捨て、地団太を踏むような足音を響かせながら退室するクロエは、後ろから飛ぶ非難めいた制止に耳を貸そうともしない。
「主人がああ言うんで、自分も失礼させて頂きます」
フランクはその場の非難を楽しむように苦笑しながらも慇懃に礼をして、クロエの背を追いかけた。
2人が抜けたと同時に会議は姿を一変させ、ピオニーが立ち上がって簡単にまとめ上げる。
「そういうわけなんで、私どももより早い対応をさせて頂く所存です。
それに少々時間を掛け過ぎた会議に私もいい加減、呆れが差していましてね。
執行班が単独で行動させて頂きます。元老方」
エラの張った金の髭が目立つ顔が二コリと笑う。
ガタイも良く、13部をまとめ上げている男の迫力は常人とは違い、幹部並びにその上の元老までをも黙らせた。
ピオニーは隣に並ぶ13部全員に目配せすると、先頭を切って立ち上がり、颯爽と中央会議室を後にした。
ピオニーを先頭に歩く13部。
その中の一人、ミルキーは短いアッシュブラウン髪を揺らしながら颯爽とピオニーの後に続いていた。
勇ましいその相貌は男性に劣らないほどであり、女性構成員からの信頼は特に厚かった。
そんな彼女は同じ13部女性構成員であるシャルラッハを溺愛していた。
13部5人が中央会議室を退室して一階の長い廊下を渡り、7階まで続く広いエレベーターの中は思い沈黙に包まれてたが、その中で彼女は後ろを歩くシャルラッハとヴァインの微小な異変にふと気が付いた。
シャルラッハに限っては明らかに狼狽している様子だ。
そのシャルラッハをヴァインは周りから隠すような素振りを見せている。
ミルキーはそんな2人の様子にいつもは強く光り輝いている蒼の瞳に陰りを見せた。
今回の事件について2人は何かを知っている。
そう確信したミルキーは歩調を少し遅らせて、最後尾を歩く2人の隣へと並ぶ。
「シャル?」
そっと囁くような声で呼びかけた。
ビクリ、とシャルラッハの肩が跳ねるがすぐにいつもの気丈な彼女の様子へと変わり、屈託のない笑顔で「何?」と返す。
この幼く無力な少女が今回の騒動に一枚噛んでいるなどはあり得ないだろう。
ならば、この反応の正体は一つしかなかった。未来読みだ。
彼女はこの騒動の結末を知っている。
「大丈夫?」
そう尋ねると、シャルラッハは目を瞬かせて、俯いた。
彼女を庇うようにヴァインがミルキーの前に立ちはだかっては、誤魔化すように苦笑して言い加える。
「ごめん、ミルキー姉。ちょっとさっきの混乱でシャルがビビっちゃってさ。
今回のことちゃんと夢見はさせるから、今はちょっとそっとしてやってくれねぇ?」
いつもより上ずった声だった。
たかだか11歳の子供が大人相手にバレない嘘を付くのは至難の業である。
しかし、今はシャルラッハの能力でセキが連れ去られた場所を特定するほか道はない。
ミルキーはそれ以上食い下がらずに2人の様子を見守ることを選んだ。
そうしているといつの間にか談話室へと繋がるあの豪奢な廊下が目に入ってきた。
13部談話室には不機嫌そうなクロエがソファーに鎮座している。
いつにもまして行儀の悪い座り方だ。
ミルキーはこの男が心底嫌いである。
まず気の短い性格と、世界が自分中心に回っているという勘違いが視界にも入れたくない一番の理由だ。
次に見た目だけがやたらいいのが、気に食わない。
彼の中身を知らない女性構成員はクロエが微笑んだだけで卒倒してしまうだろう。
微笑むところなど彼女は見た事がなかったが。
そんなクロエの隣にはいつでも出動できる準備をしての隣に立っているアラン。
この男の傍で常に居ることの出来るアランという男の神経もミルキーには理解できないのである。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
クロエの向かいのソファーにどん、と腰掛けたピオニーは腕組みをしてからシャルラッハを呼ぶ。
未来読みの能力使用を命じるためである。
シャルラッハもそれを知っていたかのように、ピオニーの隣にチョコンと腰掛けると、ゆっくりと目を閉じた。
その隣でヴァインが同時に能力を使用する。
シャルラッハの見ている夢をヴァインの悟りで読み取り、それを報告する。
彼女の夢見は精神力を消耗するため、早くても目を覚ますのに一時間はかかる。
急を要する時はいつもこの組み合わせで、未来を読むようになっていた。
ヴァインは能力使用時、視点が定まらないことが多いが、その口から紡がれる言葉はいつも通りふてぶてしくはっきりしている。
「ここから南南西の方角。ローモンドの影響が強い地区みたいだ。
その廃墟になった屋敷の地下。目印は鷲の家紋に大きな屋敷。距離にして約45㎞」
スッとヴァインの目に光が戻る。
中立国にもレーンディアとローモンドの各々の影響の強い地域が存在する。
そのローモンドの地域に首謀者がセキを拉致していったのならば、ローモンドの手のもの、もしくはその傘下の貴族による犯行なのだろう。
ピオニーはヴァインの報告深く眉間に皺を寄せた。
「了解した。ありがとうな、ヴァイン」
ピオニーに頭を撫でられたヴァインは満更でもない様子で照れ隠しにそっぽ向く。
その前でクロエはすぐに立ち上がった。
普通ならば、ピオニーの指示を仰いで各々その命令に従い作戦を立てて、動くのが道理なのだが、単独行動の大好きなクロエには当然にようにそれは適応されない。
ピオニーももうそれに慣れているのか制止はせずにクロエとそれに倣うフランクを見送った。
扉が閉まった後にどこからかため息が聞こえてくる。
その中には知らずの内に零れた自分のものもあったことを、遅れてミルキーは気が付いた。
「さて、ヴァインはシャルが目を覚ますまでここで待機だ。
ミルキーもここに残って機関内に変事があれば連絡を。
イヴは2人と後を追ってくれ。その他の判断はお前に任せるが、細かさ変事はミルキーと連絡を取り合ってくれ。
何かあればどちらかが俺に連絡をすること」
以上、と言っては凭れかかっているシャルをヴァインに預けてピオニーは立ち上がった。
彼は彼なりに単独で動くのだろう。
隣にいたイヴアールはすでに彼の能力であるテレポートで2人に追い付いている筈だ。
そして、ミルキーの能力の一つである、精神通信は隙を見て、イヴアールとピオニーに施していた。
後の経過は最前線で動くクロエとアランにかかっているだけであった。