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nameless story  作者: 伯耆
第1章 始まり
6/23

5.今日も良い昼寝日和です



突如の爆発音。火炎が闇を赤々しいまでに照らし出す。


火災警報ベルがけたたましく鳴り響く。

バタバタと慌ただしい足音の数々。

ふっと景色が変わったそこは知らない暗く冷たい部屋。

最近知った声が呻き声を上げ、下品な笑い声がいくつも反響する。

彼女の明唽夢には意味があった。

それはこれから起こりうる未来。夢を通して未来を見る力。

それを妨げるように外から声がする。

良く知る弟の声だ。


(ダメ、まだ覚めちゃダメ・・・肝心なところがまだ見えてないのに・・・)


最後に見えたのは振り上げられた暴力と、最近知り合った青年が恐怖する表情であった。


目が覚める。

汗の滲んだ顔の前には自分と瓜二つの綺麗な顔が覗きこんでいた。


「大丈夫?シャル。うなされてたけど・・・」


目尻を下げて、心配する表情は既に忘れてしまった母のそれを思い出させた。

そう心配した弟――ヴァインにシャルラッハは頼りなく頷きながら、ベッドからのそのそと這い出た。

時刻は朝の9時半。今日は日曜日であったため、学校は休みであったが昨日は月に一度の定期報告会と、ヴァインとともに学校で補習に勤しんだせいで疲れていたのかも知れない。

体はまた睡眠を欲するのか、大きな欠伸が一つと少し体もダルいが、もう少しで試験もある。

13部の一員として恥じないように姉である自分がしっかりしなければ、と自身を叱咤した彼女――シャルラッハはまだ11歳という幼さであった。

シャルラッハの双子の弟、ヴァインも13部の一員として、仕事を優先に機関に属している。

その若さで13部とは異例の事実であったが、彼女たちはその13部に釣り合う能力を生まれ持っていた。

シャルラッハの能力は‘未来(さき)読み’。夢を媒体にして、ある程度の未来を知ることの出来る優れた能力だ。

一方で、未だ制御出来ていない部分もあり、今日のように望んでいないのに夢として未来が見える時もある。


ヴァインの能力は‘悟り’。


相手の心を読むことの出来る力である。

しかし彼はその能力を仲間、ましてや姉であるシャルラッハに使ったためしはない。

心を読むことなど、人間として立ち入ってはいけない領分であることを、幼いながらにちゃんと認識しているからだ。

彼女たちは機関学校に通いながら、仕事を受け持つという理由と、親代わりの13部部長ピオニーが機関に在籍しているため、13部専用の一室で暮らしていた。

11歳の双子が暮らすにはあまりに豪奢で広い部屋に、毎食運ばれてくる豪華な料理。

給料はピオニーが管理し貯金してるため、お小遣い制にはなっているが、全くといって暮らしに不便はなかった。


「体調悪いなら、今日は休んでれば?

シャルは頭良いし、補習も受ける必要ないくらいだろ?」


シャルラッハが起きるのを待っていたのだろう、食卓には2人分の朝ごはんが見える。


「大丈夫。ちょっと疲れが溜まってるだけだし。

朝ごはん食べたら元気出るよ」


シャルラッハは心配してくれる弟にいつものように微笑んで、食卓へとついた。

いつもならば自分が真っ先に起きて、寝坊常習犯の弟を叩き起こし、運ばれてきたご飯を用意するのだが、今日に限っては逆だったようだ。

心なしか、前に座った弟の表情が自慢げに見える。


「ごめんね、用意させちゃって」


「何言ってんだよ。いつもはシャルが全部してくれてるんだし、たまには俺もするよ。

いつも甘えてばかりじゃ、シャルを守れないだろ?」


ふん、と鼻を鳴らして照れ隠しに水を一口飲むヴァイン。

双子だからか、それともずっと一緒にいるからか。そんな弟の気持ちが手にとるようにわかる。

喧嘩もほとんどしない仲が良く、出来た双子。

それが13部以外他の班から見た周りからの彼女たちの印象だった。

しかし、13部の彼女たちへの印象は全く別のものである。

シャルラッハはしっかり者のお姉さん。時々口うるさい母親のようにクロエやフランクを叱る様子をピオニーは微笑ましく見ているが、クロエ曰く「しっかりし過ぎて可愛げがない」とのことだ。

一方、ヴァインに対しては「生意気なクソガキ」というのが共通の印象で、中見はただ素直になれないツンデレなのである。

それもデレはシャルラッハにしか適応されないという、かなり性質(たち)悪い部類ではあるが。

そんな2人が13部に解け込め、また有能な持ち主であるため、学校では少し敬遠されがちでもあった。

人形のように整って、どこか無機質にも思えるような美貌を持つシャルラッハはいつだって、男子の注目の的であり、それに嫉妬した女の子たちの苛めの的になるのも至極当然の摂理であった。

その苛めからいつも守っているのがヴァインである。

勿論、ヴァインも女子生徒の注目の的であり、彼を怒らせたくないという理由でシャルラッハの苛めも減っていたが、13部所属であり仕事で学校を休みがちな2人はやはり浮いてしまう。

そんな2人が安らげる場所は、何かとうるさくても落ち付けて自分たちを無償で受け入れてくれる13部談話室であった。


「ねぇ、ヴァイン」とふとシャルラッハがヴァインを呼んだ。

呼ばれたヴァインは口に詰め込んだパンの為、返事は出来なかったが、首を傾げて応える。


「セキさんのこと何か知ってる?」


シャルラッハの口からその名前が出た途端、ヴァインは分かりやすく眉を寄せた。

口に入れたパンを租借して乾いた口内に水を流し込むと一つ息を付いて答えた。


「何かって?

俺が知ってるセキのことは、あいつが突然現れた異邦人、危険人物だってことだけだよ。

シャルも知ってると思うけど・・・、なんで急に?」


聞き返されたシャルは言葉を詰まらせた。

先程の夢が気にかかってヴァインにセキのことを聞いたが、あの夢の青年がセキだとは限らない。

ただ印象が似ていただけで違うかも知れない。

シャルラッハはあまりセキとは面識が薄かったからだ。

確信がなければ出来るだけ口にすることを自ら禁じている彼女は、口をつぐんでしまい、それを見たヴァインは困惑した表情で彼女の顔を覗きこんだ。


「どうしたんだよ?

もしかして夢みたのか?」


やはり双子だ、とシャルラッハはふと思った。

意思疎通が普通よりも早い。


「話してみろよ。一人で抱え込むのはシャルの悪い癖だろ?

言うなって言うなら、誰にも言わないから・・・」


弟は姉の性格をちゃんと知悉していた。

その言葉に甘えて、シャルラッハは先ほど見た夢の内容をたどたどしく説明し始めた。




「あ~、暇だぁ・・・」


セキはいつも通りに談話室でゴロゴロしていた。

執行班である13部のパラレル執行任務は殆どと言っていいほど、ない。

要請は山ほどあるが、その要請の中でも診査に通過、もしくは直ちに調査の必要があるものだけが執行班へと回されてくるのだ。

13部のその他の書類などはピオニーが目を通している。

つまり、談話室にいて当然である筈の約3名がいない。

双子に関しては機関内に家があり、今日は日曜日なためいないことに疑問は感じない。

しかし、あの2人――フランクとクロエである。

基本、この機関の休みは日曜で一般構成員は公務員並みの待遇であるが、13部に至ってはいつでも動けるように基本的に休みはない。

代わりに給料は飛びぬけて良く、待遇もこうしていい。

そうして、ある程度の勝手を許されているのだが。


「なぁんで誰もいないんだろうなぁ」


天井を仰いでセキは誰もいない談話室でぼやく。

ソファーの背凭れはふかふかで枕代わりに丁度いい。

気候も良ければ、朝食を食べてお腹が満たされている。

そこにやることもないとくれば自然と睡魔が襲ってきて、抗う必要もないセキはうつらうつらと微睡んでいた。

そこに扉が開く音が聞こえてくる。

玄関の部屋でもなく、談話室でもない。談話室から繋がる無数の扉の内の一つだ。

足音が近づいてくるが、セキは心地よい微睡みを優先して、そのまま目を閉じていた。


「こんなところで寝たら風邪引きますよ?セキさん」


透き通るような綺麗な声だ。

年頃の青年にしてはあまりに純粋さがにじみ出ていて、少し高い。

セキはその声色を持つ青年を知っていた。


イヴアール・セントルイス。


唯一、暇なセキの相手をしてくれる変わりものだ。

そして唯一、ファミリーネームまで教えてくれたやはり変わりものである。

うっすらと目を開けて、声をした方を一瞥すると、相変わらず爽やかな表情が視界を捕らえた。

少し青掛った銀髪は癖の一つもなくストレートに肩に触れる直前まで伸びていて、グレーの瞳は憂いを帯びているようにも見える。

まつげは女性が羨ましく思うほど長く、幼さ抜けきれない顔立ちからセキよりも少し年下であることが分かる。

見た目から想像出来る通りに寡黙で大人しい青年で、物腰は柔らかい。

常に片手には本を持ち歩き、読書が趣味と本人は言っているが、セキからすれば読書が生活の中心となっている根暗な青年であった。

そんな青年――イヴアールの胸にはチカリと輝く鍵をモチーフにしたネックレスがいつもあった。

大切そうにいつも身に付けているそれが何なのか、セキは幾度か問うたことがあったが、イヴは毎回上手くはぐらかすのだ。


「なんだよ、イヴか」


そんなセキの不躾な態度に慣れているのか、寛大なのか、全く気を悪くした素振りも見せずに彼の向かい合うソファーへと腰を降ろした。

その手にはやはり本が握られてあり、表紙はタイトルもない白紙だ。

セキはだらしなく寝そべったままその本をちらりと見る。

視線が本に当てられたのに気が付いたイヴアールはそっとコーヒーテーブルへとその本をセキに見えるように置く。


「読みますか?」


「いらねぇよ。本なんて読んでも面白くねぇじゃん。

大体俺は活字が苦手なの!」


本から視線を引きはがして、そっぽ向いたセキに、イヴアールは何事もなかったように再び本を膝もとで置いた。

そんな態度を取ったセキであったが、少しだけその本が気になっていたようだ。

タイトルも書かれていない白紙の表紙なんて見たことがない。

再び、イヴアールの膝もとに置かれた本を見ると、イヴアールは二コリと微笑んで、唐突に語り出した。


「この本は、お伽噺が舞台に脚色された内容なんです。

その中で描かれる人物描写が僕のお気に入りの一つなんですけど・・・」


相当お気に入りなのか、そっと大切そうに胸に抱きしめる動作は女性のようで、華奢で線の細い体付きのせいもあるのだろう。

言葉をつまらせたイヴアールの次の句が気になったセキだが、先ほど興味ない素振りを見せた手前、聞くにも聞けない。

そのセキの心情を知ってか知らずか、少し間を置いた後イヴアールは続けた。


「この物語には救いがないんです」


「救いがない?」


思わず鸚鵡返ししたセキは、言った後に自分の失言に気が付き、顔を顰めた。

やはりイヴアールはそんなことは気に留めていないようだ。

それを見て、セキはため息を一つ、好奇心に負けた。


「つまりバッドエンドってことか?」


「まぁ、そうなりますね」


断言はせずに少しはぐらかすような語調でイヴアールは答えながら、そっと本の表紙を撫でた。


「バッドエンドの物語なんてあり溢れてるだろう?」


「はい。けれど、この本は・・・登場人物の誰一人として救われない悲しい物語なんです」


その声色はまるで愛を囁くように甘い響きを孕んでいた。

セキはその声に何か言い知れない快感ともとれる怖気が首筋に伝うのを感じとった。

思わず前の青年を凝視する。

その視線に初めて、青年は年相応の顔で小首を傾げた。

「どうかしましたか?」とその視線は物語っていて、思わず「いや、別に・・・」と言い訳がましい言葉が口から零れた。

イヴアールはそんなセキに微笑みを零して、立ち上がった。


「時間を持て余しているんでしたら、いつでも僕の書斎に来てください。

活字が苦手といってもちゃんと読んでみたこともないんでしょう?

ただの先入観ですよ。いつでも歓迎します」


爽やかな微笑みと一礼の後、イヴアールは再び出て来た扉へと戻って行った。

扉が閉まる際に彼のネックレスがチカリと光る。

セキは何かしらの違和感のような、落ち着かないもやもやしたものが、胸の中に留まりつつあるのを感じていた。


「救いのない物語・・・」


イヴアールの言葉を知らずの内に反芻する。

つい先程のイヴアールの声色も頭の中で反響し、もやもやとリンクする錯覚に襲われる。

そのままセキは微睡みの底へと沈んで行った。





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