4.パラレルとかパラレルワールドとかまじ意味不明なんですけど
数多あるパラレルワールドの均衡を保ち、世界の平和を保つ機関がSS.BMOだ。
膨大な敷地の中央にある逆鉤十字の建物が本部であり、その中央を中央塔と言った。
設計者は既に死去し、その設計図は最後まで見つからなかったため、何故こんな不吉な設計にしたのか、今でも謎に包まれたままらしい。
敷地内には他にも庭園や、機関学校、学校の施設諸々、寮などの色んな建物が混在している。
本部の全ての建物は7階建てで、その一角。
海と下街を一望出来る東南の鉤の部分の7階を第13部が占拠していた。
建物全体が荘厳な雰囲気であるにも関わらず、13部占拠区域からは全く別世界のように煌びやかな廊下が現れる。
構成員の間では第13部を特別来賓室――略して特賓室と呼んでいた。
13部が特別待遇なのは彼らが唯一、パラレルワールドや狭間への執行を許可された存在であったらからだ。
13部を執行班とし、他にも捜査班、研究班など、パラレルに直接関係のある班から、経営関係を受け持ったり、機関学校に通う子供たちや機関見習生たちの教育を受け持つ班もある。
13部の存在は必須で、鍵の資格を所有するものを中心として動く決まりとなっていた。
そもそも鍵の資格とはなんなのか。
それは狭間へ入域することが可能であり、渡し守を介して他のパラレルワールドへの進入することの出来る異端とも言える資格である。
資格を持たないものがパラレルへと渡ろうと狭間へ足を踏み入れるだけで、歪んだ時間に人間の体などあっという間に使いものにならなくなってしまう。
その時間の全く影響を受けないのが鍵の資格所有者であり、資格所有者が認めた者もその影響を受けにくくなる。
加えて、13部はその他に特異な能力を併せ持った者たちで編成されていた。
「そうそう、つまりクロエがその鍵の資格所有者だってことは聞いてたんだろ?」
初対面のあの険悪なお茶会でフランクに説明されたことを反芻していたセキは、その問いかけに少し遅れて頷いた。
13部の報告からすると、丁度一か月前の定期報告会最中に、大聖堂にてセキは何の前触れもなく、ねじ曲がった空間から落ちて来たらしい。
前例もない出来ごとからセキは危険重要人物として13部の監視下におくように、との上からの命令が降り、結果今こうして13部でお世話になっていた。
他のパラレルワールドから迷い込んだ、という仮定が一番可能性としては高いらしく、たまに仕事のついでにセキの世界ではないかと思われるパラレルワールドを探すのだが、未だひとつの手掛かりも掴めていない。
逡巡していたセキは思わずため息をついて、「で?」とフランクに説明を促す。
「13部ってのは、まぁ・・・特異体質なやつらが集まった班なんだけど・・・
クロエは色んなパラレルワールドに影響を与えずに介入出来る資格を持ってる。
俺の場合は逆だ。パラレルくらいの規模なら消滅させることが出来る。
だーから、俺の力を使わずに良かったなってわけ」
眉一つ動かさずにさらり、と言いのけたフランクだが、セキは言葉と表情に途轍もない矛盾を感じて、一瞬だけ目を点にした後、双眸を見開いた。
「は?消滅!?」
パラレルを消滅させるなど、一人間のしていいこととは思えない。
パラレルワールドとパラレルは異なる。
パラレルワールドとは世界として機能し、セキたちのいる世界のように歴史、文化が進化を遂げて、幾億年と存在してきた世界のことである。
一方、パラレルとは、世界として機能出来ずに、切り取られた空間として存在している。
しかし、そのパラレルにも個々の人間は存在する。
そのパラレルを消滅させるということは、そこに住む人間自体の存在を否定し、無に帰すということを意味していた。
「ん、消滅」
「いや、え?そんなことあっていいの!?」
思わず声を荒げる、というよりも混乱で間抜けた声になったセキに対して、依然として涼しげに答えるフランク。
様子を見る限り、幾度もその能力を駆使してきたのだろうという察しがつく。
「出来れば俺だって使いたくねぇの。
俺の力は最終手段。
けどな、どうしようもない時だってある」
フランクの言ったどうしようもない時。
セキには想像つかないことであった。
それ以上食い下がろうとはしなかったセキに、フランクは目尻を下げて彼の頭を宥めるように撫でる。
「気にするなよ。別に君には関係ないことだから。
セキは一日でも早く、自分の世界に戻って幸せに暮らせばいい」
優しい言葉に「うん」と生返事をするが、一度知ってしまったからにはそう簡単には割り切れない。
複雑な感情が胸の中を渦巻いていた。
「おっ、クロエさんが帰ってきたわ。
しかもかーなり、機嫌悪そう」
その声の方向を見ると、ゆったりとこちらへ向かってくる木の小舟。
その上にはウォードと呼ばれた老婆と、そういう才能があるんじゃないかと思える、ドス黒いオーラを放ち遠くを睨んでいるクロエがいた。
セキは思わず頬を引きつらせる。
「なぁ、あいつのあの性格どうにか出来ねぇの?」
「あ~、無理無理。あいつお坊ちゃんだから」
間髪いれずにセキの希望を打ち砕いた言葉に「なるほど」とセキも納得してしまった。
船着き場に到着すると、クロエは大きなため息を付きながら、船を降りる。
「お疲れさん」
フランクの労いの言葉に「ああ」とだけ不機嫌そうに答えて、老婆へと振り返った。
「ご苦労だった。くだらない仕事に付き合わせて悪かったな」
「ほっほっ。暇つぶしくらいにはなったわい」
相変わらず表情の見えない老婆の反応にセキはちらりと一瞥すると、白髪で見えない筈の瞳と視線がかち合った気がした。
どうやら本当にそうだったようで、老婆は目にかかる白髪を退けて、セキを凝視した後、スッと目を細めた。
セキは驚いて首を傾げると、老婆は一人納得したように幾度か頷いた。
「これは、これは・・・随分と面白い坊やがいるねぇ」
「え?俺?」
手で退けていた白髪を再び垂らし、老婆は少し押し殺したような声で誰となく告げた。
その言葉にクロエは後ろのセキを一瞥し、眉根を寄せる。
「こいつは異邦人、他のパラレルワールドの住人だ。
ウォード、もしかしなくてもお前、こいつがどこの住人か知ってるな?」
クロエの言葉には確信が込められてあった。
セキはその言葉に仰天を示して隣のフランクを思わず見ると、彼も怪訝そうな顔付きで老婆を見やった。
老婆に答える意思はなさそうだったが、「ほっほっ」と乾いた笑いを幾度か上げて、にやりと口元を歪める。
「おやおや、気が付いてないのかい?7番目の鍵の坊やでありながら・・・
これも宿命かねぇ」
意味深な言葉だけを置いて、老婆はさっさと船を最初に来た方へと向かわせた。
クロエもフランクもその老婆に制止を促す様子もなく、諦念の混じったため息がどこからともなく聞こえてくる。
直後、クロエの舌打ちが響き、彼は扉の方へと振り返りながらジャケットを棚引かせた。
「帰るぞ。
あのクソ爺。本気で他部署に飛ばしてやろうか」
クソ爺。今回この仕事の要請、並びに会議にクロエに説教した人物であることはセキにも予想がついていたが、一体どんな爺さんなのだろうと少し興味もあった。
何せ、このクロエに説教出来る爺さんなのだから。
ずっとぶつぶつ言っているクロエの背を見て、そう思ったセキの肩をフランクは叩いて、前へと促す。
帰りもまたクロエはしっかりとした足取りで彼らの世界への道を歩んでいた。