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nameless story  作者: 伯耆
第2章 レーンディア
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8.通過儀礼




大して走ったわけでもないのに息が随分と切れている。

おそらく興奮したせいなのだろう。

飛び出した部屋は上階だったらしく、米粒のように小さな家々が眺められた。

こんな広い屋敷でクロエ一人を探すのはあまりにも無謀である。

その前に迷子になるのがオチだと今になって理解したセキはその場に座りこんだ。

レーンディアの屋敷はまるで一国のお城のような作りである。

廊下に一定距離で建てられた柱は綺麗に細工されて、それを繋ぐように同じく石灰の柵が城の外面を彩っている。

一つ間違えれば落ちてしまいそうな危機感があるが、そっとそちらへ移動してゆっくりと立ち上がると丁度手すりが胸の位置であった。

その上に両手を乗せ、枕にして街を眺める。

啖呵を切って出て来たはいいものの、どうしたものか。

しかしセキの言ったことは全て本心に間違いはなかったのだ。

忘れた記憶の昔に何かがあったのか。それが一層自分の奥底の本質的な感情を逆なでたのかもしれない。


不意に吹き抜けた風がセキの髪を弄ぶ。

風が運んだ小さな声らしきものが後ろからした気がして振り返れば、そこには見覚えのあるピンクのドレスを身にまとった少女がクマのぬいぐるみを抱きしめて立っていた。

おそらく7歳くらいではないか?

セキと目があった瞬間、少女は表情を強張らせる。

考えに耽っていたため表情が乏しかったのかも知れない。

セキはすぐに笑顔を作って少女の視線に合わせてしゃがむと、少女はぬいぐるみをギュッと抱きしめて口元を隠す。


「どうしたの?こんな所で・・・、迷子?」


そっと手を差し伸べるが少女が近づいてくる気配はない。


「俺はセキっていうんだけど・・・君は?」


少女は目だけセキを捕らえたまま一向に何も喋る意向は見せず、しばらくそのままの状態が続き、セキは困り果てた。

しかしそこでセキの頭にピンとある考えが過る。


(この子が迷子だって言ってさっきの部屋に帰れば全然不自然じゃなくねぇ?)


「よしっ、お兄さんが案内してあげる。

おいで」


警戒したままの少女にセキは仕方なく優しく言うと、ついてくるように言って少女の前を歩いて先導した。

刹那。


パキィンッ―――!


何度か聞いたことのあるような音とともに激しい耳鳴りが警鐘のように鳴り響く。

思わず蹲ったセキの前方から叫びにも似た声が響いた。


「セキッ!!!」


「え?」


目の前から駆けてくるクロエが焦りに満ちていて、自分の後ろをちらりと一瞥したのを知り振り返ると、すぐ近くに来ていた少女が自分目掛けてナイフを突き立てようとしていた。

何の反応も出来ず、来る痛みに耐えるように瞳を固く閉じるが、いつまでたってもそれは訪れない。

代わりに引き寄せられるように体重が後ろに傾き、加えて聞いたことのない鈍い音が近くからしたのに気が付きゆっくり目を開けると、目の前にはナイフが深く突き刺さったクロエの左腕があった。

セキの腹部を目掛けて突き出されたナイフに、クロエは間一髪の所でセキを抱きとめるようにして後ろで引かせたが、間に合わずにナイフを左腕で受け止める形でセキを守ったのであった。


どくどくと傷口から溢れだす血が床へと大量に落ちて行く。

驚愕と信じられないものを見た焦りに小刻みに首を左右に振ったセキは、すぐに後ろへと振り返る。

痛みに顔を顰めて、頬には冷や汗が伝うクロエの顔色は青ざめている。


「おい、クロエ!」


「騒ぐな、大丈夫だ」


今にも叫び出しそうであったセキはクロエにそう言われ口を噤むと、クロエの視線が後ろに注がれていることに気がついた。

振り返るとそこには動揺を露わにして小刻みに震えている少女がいた。

ナイフはクマのぬいぐるみに隠していたのだろう――遥か後方に落ちているのが見える。

クロエは来ていたシャツの裾を歯で引きちぎり、ナイフを抜くと素早く止血を済ませる。

こんな状況ではあったが、慣れた手つきにセキは思わず見とれてしまった。

クロエはそのまま少女の元へ歩みよると、少女を見つめて眉根を寄せた。


「ヴォルタ。どうしてこんなことを?」


ヴォルタ、それが少女の名前なのだろう。

セキは目を丸くした。

少女がナイフを持ってセキを狙ったことをそうであったが、少女とクロエの間に面識があったことに驚いたのである。

ヴォルタはクロエの問いに肩を震わせて泣き始めた。

俯いた彼女から涙が床に止めどなく落ちて行く。


「だって・・・父様がいなくなるの嫌だもん・・・」


「だからと言ってセキを殺したってどうにもならないだろう?

俺を殺すならともかく・・・待て、お前。さっきの話、聞いてたのか?」


何かを思いついたようにヴォルタへとクロエが問うと、彼女は小さく頷いた。

クロエはやり切れないような悔しそうな表情を浮かべて、その場にしゃがむとそっとヴォルタの頭を撫でた。


「悪い、ヴォルタ。

全部俺達大人のせいだな。

安心してろ。お前の父様は俺が必ず守ってやるから」


クロエの言葉にヴォルタは涙塗れになった顔を上げて、しゃっくりしながら問う。


「ホント・・・?ホントにオジサンが助けてくれるの?」


「ああ、約束する。

ほら、一緒に帰ろう」


ヴォルタの手を握って立ち上がろうしたクロエは、その場で大きく体を傾かせた。

思ったより流れた血が多かったらしい。


「クロエ!」


セキは慌ててクロエを抱きとめると、青白くなったクロエの顔を見て慌てふためいた。

そこに丁度、通りかかったメイドが何ごとかとやってきては、床に溢れた血を見て悲鳴を上げそうになる。

クロエはそんなメイドを見て、舌打ちを一つするとセキの手を借りて立ち上がり、メイドへと口止めとヴォルタの案内を任せた。

2人が去るとクロエはセキの手を振り払い、各階に設けられているという医者が待機している部屋へと足を進めた。









気まずい雰囲気の中、もう一泊が決まったセキが随分お世話になっているベッドに仰向けになり、大きなため息をついた。

あれからクロエと話はまともに出来ず、ヴォルタのことはしつこく口止めをされた。

推測ではヴォルタはレーンディアに連なる者の一人なのだろう。

しかし謎であった。彼女のいう父とは誰なのか。


「もしかしなくても・・・新キャラ登場でもっとややこしくなってりして・・・」


一人ごちりながら考えを巡らせていく。

ヴォルタは父を助けるために自分を殺そうとしたが、クロエの発言からしてそれは筋違いだということが分かった。

守りたいのならば自分を殺せばいいのに、とクロエが言っていた気もする。

ならばやはり後継者関係なのかも知れない。

セキはそのことにあまりに無知な自分に呆れを感じた。

カーテンの隙間から見える外は既に真っ暗である。

あれから昼餐会を楽しむところではなくなった皆は、早めに引き上げて各々仕事やらに散っていったらしい。

らしい、というのはクロエに付き添ったセキだったが、医務室の前でクロエに門前払いをくらい、仕方なしに昼餐会が行われていた部屋に戻ったところ、既にロゼとフランクの姿しかなかったからである。

それも何やら真剣な話をしていたようですぐにはセキに気が付かなかった2人がセキを見付けた時の反応と言えば、とてもじゃないが普通ではなかった。

聞かれてはマズイ話だったのだろう。

ロゼはともかく、凄腕の騎士であるフランクがセキの気配を気が付かないくらい話しこんでいた内容が気になりはしたが、つい先程キレてしまった手前詮索するには気まずかったので何も聞かないふりに徹したのだ。


「通過儀礼・・・ってなんだ・・・?」


天井を眺めたままどれくらい時間がたったのか。

時計の秒針と同じように、時を正確に刻めそうなくらいカチカチという音が身に沁み込んでしまった気がする。

ふと真剣に話す2人を思い出して、言葉の端々を反芻してみたが、ほとんど有り触れた言葉であった。

ただロゼがいつもの柔和な表情を崩して、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた言葉が偶然耳まで届いてきたのだ。


通過儀礼。


言葉通り、成長していく過程で次なる段階の期間に新しい意味を付与する儀礼とされる。

何かを通過するに当たっての儀式のようなもので、成人の儀やセキの体験した顕現の儀もそれに当てはまるわけだ。

しかし形式上の儀式だけが通過儀礼とは限らない。

中には身体的苦痛を伴うものも存在する。

抜歯や刺青などがその代表的なものであろう。


通過儀礼――その単語と嫌な予感がセキの思考を支配した。

その嫌な予感は良く当たる。それはセキ自身が良く知っていたし、今までの全てが想像を越する結果となってきたことを嫌というほど体験している。

通過儀礼、後継を拒否するクロエ、ヴォルタの父親。

繋がりそうで繋がらない点にセキは忌々しいほどの焦燥感を感じて、ベッドから起きあがった。


「ああ、もう!なんなんだよ!」


頭を掻きむしり水を汲もうと、部屋に設けられた簡易キッチンに足を向けた時、ノック音が3回響いた。

ちなみに3回であれば知人で、4回であれば面識のない者、もしくはメイドか執事ということになっている。

ノック一つにも様々な様式があるらしいが、生憎セキはそう事柄に興味がなかった。

メイドや執事は呼ばない限り滅多に部屋を訪ねることはない。

するとフランクかクロエ辺りなのだろうが、と思いながらも扉に向けて声を投げた。


「どうぞー、開いてるんでー」


すると何か不自然な開閉音がした。

開けたいのに中々ノブが届かないような、そんな開け方である。

セキが怪訝に思って少しだけ警戒心を高めると、漸く開けられた扉の先には、所々にピンクの花が刺繍された白いワンピースを来た少女がいた。

昼に一度命を狙って来た少女――ヴォルタである。


「ヴォルタ・・・?」


少し控えめに、それでも警戒は緩めずに呼びかけると彼女はそっとセキを一瞥した。

その大きなグレーの瞳は何故か今にも泣きそうなくらいに涙が溜められていて、可愛い顔を歪めている。


「どうしたんだ?何かあったのか?

まさか昼のことがバレたとか?」


思い当たる節を言ってみるが、ヴォルタは扉の先で立ちつくしたまま、プラチナブロンドの髪を揺らしながら否定を示す。

セキの部屋の前で面識のあるはずのないヴォルタがいると知られれば、何かしらとややこしそうだと察したセキはとりあえず彼女を部屋の中に招き入れた。

少し落ち付かせて話を聞こうと温かい飲み物を入れにキッチンへ向かうセキをヴォルタが制止する。

ギュッと強く袖を握られて、セキは思わず立ち止って振り返ると、ヴォルタの前へしゃがみ込んだ。

一筋、また一筋と透明な雫が綺麗な頬へと伝い、床へと落ちる。

セキはそっとその涙を手で拭ってやると、慣れない微笑みを作ってかた出来るだけ優しく努めて問うた。


「一体どうしたんだ?何があったかお兄ちゃんに教えてくれない?ゆっくりでいいからさ」


するとヴォルタは一層涙を流し始め、しゃっくり混じりに言葉を紡いでいく。


「父様が・・・死んじゃうっ・・・!

お兄ちゃん、トクベツな力持ってるんでしょ?

父様を助けて!!」


それは昼方にクロエに訴えていたことと同じものであった。

けれどクロエは彼女に「俺が守ってやる」と言ったはずだ。


「待って、落ち着いて。

どういうこと?君のお父さんはクロエが守ってくれるって約束してなかった?」


そっと彼女の両肩に手を置いてゆっくり慎重に尋ねると、ヴォルタはブンブンと首を左右に振った。


「オジサンは守ってくれないよ!

だってオジサンが父様を殺しちゃうんだから!」


「は?」


涙を流して顔をグチャグチャにしながらヴォルタは信じられない言葉を叫んだ。

クロエが目の前にいる少女の父親を殺す?

何故。どうして。

誰も答えてくれない問いが頭の中をぐるぐる回り出す。

こんな幼い少女が全身で訴えているのに、それが嘘な訳ではない筈だ。

こんな幼い少女が知っている事実を周りの大人が知らない訳ではない筈だ。


「通過儀礼・・・?」


グルグルと混乱していた頭の中に、その単語だけがポツンとピックアップされた。

口に出した声と、ボーンボーンと0時を知らせる鐘の音が聞こえて来た。

7度鳴る鐘の音が余韻まで綺麗に消え去った頃にはあの忌々しい焦燥感は消えていて、信じられないくらいにすっきりと点と点が繋がってしまった。


「ヴォルタ!君の養父(おとうさん)ってまさか・・・」







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