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nameless story  作者: 伯耆
第2章 レーンディア
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6.レーンディアの兄弟




幾度も目が覚めてはうつらうつらと再び夢の中へ誘われた。

何度繰り返したはか分からない。

今どこで寝ているのか、何時なのかも分からない。

体のダルさが抜け落ちないため寝苦しくはあったが、誰も起こしにこないということは休日なのだろう。


(今日、日曜日だっけ・・・?)


海馬が作り出す訳のわからない明唽夢の中で呟いた。

夢の中のセキは机の前に着席している。

話しかけてくる友人たちの顔はぼやけてちゃんと把握出来ないが、夢の中では‘実際に知っている友人’だと認識出来ていた。

話していた友人たちは唐突に慌ただしく着席し始めると、教室前方の扉が開いた。担任が入ってきたのだろう。

生徒に起立もさせずに話し始めたかと思うと、ビシッとを先生(と思われる男性)はダルそうにしていたセキを指差した。


「驚きたまえ!我がクラスよりセキ君が生徒会長に選ばれた!」


―――は?


頬杖から落ちた顎の痛みがやけに生々しかった気がした瞬間、紙芝居の絵が差し変えられたように辺りが一変した。


―――なんだ、この派手派手な部屋は・・・


セキは辺りを見渡して口の中で呟いたが、そこが生徒会室であることを何故か知っていた。


「おう~、生徒会長」


―――だ、誰だ!?


前には金髪ムキムキ、顎に髭を生やしたエラの張った四角い顔の男がセーラー服を着ていた。

勿論、処理されていないすね毛は目に止めたくないほど、無残なことになっている。

あの少し焼けた肌に化粧までして女装(?)をしているのは紛れもないピオニーである。


「誤解だって~。クロエ!俺はお前一筋なの!

さっきのは告白してきた女が不意をついてさ」


ブレザーに身を包んだ紳士イケメン青年、さわやかオーラを惜しみなくまき散らしながらクロエに弁解しているのは間違いなくフランク。


「もうしつこいなぁ!別に怒ってないっていってるだろ!」


付きまとわれているのは女子用のブレザーを身にまとったクロエ。

黒髪はいつも通りクルクル天然パーマで、肌の色は白い。

開けられたブラウスから見えるふくよかな胸と、短いスカートと二―ソックスの間に除く太ももがとても扇情的である。


―――って、はぁ!?女!?クロ子!?


乱心したセキは無視でイチャイチャ続けるクロエの口調はいつもより、すこしばかり穏やかである。


「ふざけんなよ!さっさと来いやぁ!」


また背後から新しいキャラが登場。学ランに身を纏ったミルキー。

先程の声はどうやらミルキーのようで、その隣には引きずられて生徒会室に連れられたワンピースを来た女子。だが、それはシャルラッハではない。

シャルラッハは隣で学ランに身を包み、ただ無表情にミルキーを見上げている。

そっと顔を上げたワンピース女子はヴァインであった。


―――えっと・・・これはどういう状況・・・?


ヴァインはセキを見た途端、懇願にも似た瞳を向けて潤ませた。


「パパっ!」


―――パパぁぁあああ!?


ミルキーの魔の手から這い出ようと必死にセキへと手を伸ばすヴァイン。


「ほら、さっさと行きなよ。パパ」


躊躇うセキの背を押したのはスーツを着て、眼鏡のブリッチを上げたイヴアールであった。

前には木刀をバッティングのポーズで構えたミルキー。

少し押されただけなのに、まるで磁気に吸い寄せられるように足は止まらない。

ピッチャーに投げられたボールになった錯覚に陥ったセキを待っていたのは、ミルキーの渾身のバッティングであった。








悲鳴が屋敷に轟いた。


それが止まない内にメイドと執事、セキに関わりのある全員が彼の部屋へと集まっていた。


「どうした!?」


明唽夢だった筈がいつの間にかその世界に飲みこまれていたセキは恐怖と混乱のあまりに視点があっておらず、服が汗でぐっしょりで息は荒い。

フランクの第一声にクロエも駆けよるとセキはハッと今目覚めたように2人を交互に見た。

そしてクロエの両胸を触るという奇異な行動に、クロエは思わず思考を停止させた。

フランクもわけが分からず目を瞬かせ、そんな2人が眼中になかったセキは心底安堵したため息を漏らした。


「良かったぁ、女じゃなくて・・・」


その呟きにクロエはますます思考を停止させようとした彼の後ろから覗いたミルキーの顔を見た途端、セキは顔を青白くさせて絶叫しそうになったのを自身の手で口を塞いで押さえた。


「ったく・・・何があったてんだ?セキ」


冷静にセキを宥めるように尋ねたフランクにセキは、ぽつりぽつりと夢の内容を話し始めた。

メイドと執事を下がらせた後、残った面々は怒るか爆笑するかの二つに分かれていた。

勿論、ミルキーとクロエだけは憤慨していた。

今にも殴りかかりそうなクロエを爆笑しながら押さえるフランク。

ミルキーもセキを睨み続けていたが、セキがそっと目を合わせようとすると、ふんっとそっぽ向いてしまう。

その中でロゼの対応だけが一番まともであった。


「ごめんな。なんかくだらないことで騒がせたみたいで・・・」


自身に呆れた感じで、申し訳なさそうに謝罪したセキにロゼは優雅な身振りでベッドサイドへとやってきた。

ロゼは謝罪に応えることはせず、そっとセキの額に手を充てると小さく頷いて安堵を表した。


「うん。もうすっかり治ってるね」


「あ、うん。ごめん」


フランクと同い年などは思えない可愛らしい笑顔に呆気に取られたセキは一瞬言葉が遅れつつも、再び謝罪を述べる。

セキはロゼが紡ぐ二の句を知ってはいたが、昨日の会食は自身が不甲斐ないせいで中止となり、また朝っぱらから大きな叫び声で皆を驚かせてしまった。

そんなどうしようもない自分を許したいためでもあったのかもしれない。

やはりロゼは微笑みながら緩やかに首を左右に振る。


「仕方ないよ。セキはまだこの世界に慣れていないし、長旅なら尚更。

そこを配慮してやれなかったクロエに最も非があるんだから」


そう言ったロゼの声はクロエにも聞こえていたようで、ロゼの後方でクロエは顔を顰めるが、どうやらその節を気にはしていたのか反駁の声はなかった。

ふと、クロエの表情の先には部屋には似合わない、モノトーンな掛け時計が目に入った。


時刻は10時45分。


「うわぁ、俺ってば凄い寝てたんだな・・・」


ぼそり、と自分に感心しながら呟くと、それに答えるように扉のノック音が響いた。

乾いたノック音は3回。

クロエがすぐにフランクへと目配せすると、フランクは恭しく深く頷いた。

既に誰だか分かっているような雰囲気である。

ミルキーはそそくさと髪の乱れを気にして、ロゼはスッと扉の方へと振り返る。

フランクは無駄のない動きで扉を内側に開けて、頭を垂れながら道を開けた。

沈黙の中に現れたのは人の印象は、落ち付きと威厳をその身に宿したクロエであった。勿論クロエではない。

すると自然と導きだされる答えは決まっていた。


「クロエの兄貴?」


セキが先程と同じように呟くと、その男はモデルのような足で一直線にセキの元へ歩みよると、すっと膝を折った。


「シスル・レーンディアと申します」


昨日、ロゼとの初対面がセキの脳裏にフラッシュバックした。

続きを述べようとするシスルにセキは慌てて、制止を求める。


「ストップストップ!

ロゼにも言ったけど、俺畏まったの慣れなくて・・・

出来ればこう・・・友達みたいな挨拶希望なんですけど・・・」


その意見を酌んでくれないか、という希望を含めて苦笑いのようになってしまった愛想笑いとともに頭を掻く。

すると、シスルの反応は見事に昨日のロゼとは異なっていた。

すぐに立ち上がると、右手をセキに差し出して


「俺はシスル・レーンディアと言う。

クロエとは腹違いの兄で、一応レーンディアの嫡男だ。

よろしく頼む。セキ」


あまりに態度を一変させたシスルにセキが呆気に取られてしまったが、セキもその手を取るとゆっくり握手を交わす。


「つーか、対応の変化が速すぎじゃね?

あっ、もしかしてシスルも堅苦しいのは苦手とか?」


先程の自分を誤魔化す様に、茶化して問うとシスルは真剣な表情のままで少し考えた風の後、首を左右に振った。


「いや、世界の鍵がそう望むのなら、そういう対応がよろしいのかと・・・」


「はぁ!?つまりは俺の命令を聞いたってこと!?」


「はい」


ほんの少し話しただけであったセキだが、すぐにシスルという男をある程度理解出来た。

どうやら、この男はかなりの強者のようだ。

少しヘタレ要素のある優しいロゼとも、自分大好き世界は自分中心勘違い横暴野郎なクロエとも違って、真面目で融通の利かない辞典に沿った答えしか見付けられない頑固男。

それが嫡男、シスル。

個性派3兄弟の長男であると理解した。


「え?つーか、俺。今聞き逃したそうだったけど腹違い!?

血繋がってないの!?」


シスル攻略を諦めたセキは、すぐに話を転換させた。

驚くセキに、ロゼとクロエは至極当然のように首を縦に振るのを見て、セキは聞こえないように舌打ちを一つ。


(聞いてねぇっつーの)


けれど、長男シスルと三男クロエは面影が似ている。

一方でロゼだけが随分と見場が違っていた。

3人ともセキがコンプレックスを感じるくらいの美男子に変わりはなかったが、やはり違うと言われれば、そうだと頷いてしまう。


「え?もしかしてシスルはさっき嫡男って言ってたから、普通に第一子で・・・ロゼは・・・養子?

クロエは・・・そなだぁ。妾の子、とか?」


セキは場を和ませるために冗談混じりで笑いながらの当てずっぽうを言った。

すると、思いのほか皆の反応が真剣味を帯びていた。

フランクとミルキーは驚愕の色を表し、ロゼ、クロエは目を瞬かせている。

へ?とセキが驚いて首を傾げた。


「何故、分かった・・・?」


「は?」


シスルの問いにセキは思わず、そう返して「まさに開いた口が塞がらない」を、身をもって思い知ることになった。

セキはシスル、ロゼ、クロエを一度ずつ見ては、居心地の悪さに再び空想話を盛り上げる。

勿論、「そんな作り話みたいな設定があるか!」とのツッコミを期待して。


「じゃあさ、あれだ!

嫡男でありながらも、え~っとなんだっけ?鍵の、資格だっけ?その才能に恵まれず、養子のロゼに期待を寄せるも結局その期待を砕かれ、後に出来た妾の子であるクロエだけが、その才能を手に入れることが出来た。


それでクロエは次期当主に。ロゼは2人の間、そして血の繋がらない兄弟として一歩引いた後ろで2人を支え、嫡男で正統後継者な筈だったシスルと、半分しか親の血を受け継いでいないクロエとの間には、まだ埋めきれない溝が・・・!みたいな?」


まるでシナリオを語るように、スラスラと言いきったセキの期待を反して、再び辺りは沈黙に包まれた。

まさか・・・とのセキの嫌な予感も的中して、シスルの「何故そこまで・・・」との不思議なまでに純粋な問いが返って来るのみである。

自分の冗談混じりの在り来たりな空想話が、全て事実だったことにセキはもうどうしようもなく身の置き所のなさを感じ、今すぐに逃げ出したい衝動をグッと押さえてはフランクに救済を求める。

それに気がついたフランクは困ったように目尻を下げると、一歩歩み出て慇懃に一礼をしてはゆっくりと話し出した。


「申し訳ございません。どうしてもセキ様がレーンディア家の内情を知りたいと仰るものですから・・・」


歯切れの悪い言い方をしたフランクが次はセキに目配せする。


「そうそう!やっぱり世界の鍵として、色々知っておきたかったから・・・

気を悪くさせたなら謝るよ」


あからさまにシュンと落ち込んだ演技に、ロゼとシスルは「とんでもない」と首を横に振った。

セキは「ありがとう」とこれまた演技じみた感謝を述べたと同時に、タイミング良くメイド現れてシスルを呼びに来た。

どうやら長男は仕事で忙しいようだ。


「ああ、昨日の会食の代わりに今日、昼餐会を開くらしい。

時刻は正午。遅刻せずにセキ様の案内を頼む」


思い出したようにシスルはフランクに言付けると、慇懃な礼で彼はそれに応えた。

シスルが去ってから、ロゼは颯爽と立ち上がるとミルキーの傍へと近寄っては楽しそうに何事が話しかけている。

セキはそんな他を余所に深くため息をつき、グチャグチャになっている頭の中の整理に励んだ。

クロエがレーンディア次期当主であることに疑問を持ったのが、このレーンディア家に訪れてからであった。

セキはクロエが嫡男であり、公爵という地位を世襲するものだと思っていたが、彼には兄がいた。

すると疑問になってくる。


何故、兄がいながら弟であるクロエが次期後継者であるのか。

加えて嫡男シスルの存在。

どんな貴族であれ、血の繋がった嫡男を後継者として選ぶのが当然のように思える。

しかしレーンディア家は違った。セキはそこには何かしらのクリアポイントが必要なのだという考えに至ったのだ。

クロエは鍵の資格所有者として、13部に在籍している。

つまりそれである。

セキは思い浮かんだ言葉を並べる間に辻褄が合って行く内容に自分自身も驚きはしたが、今になって思い返して見ると、良くも思いついたものだと自分を賞賛したくもなった。


レーンディアを継ぐものとして必要なのは血ではなく、才覚ということになる。

クロエはその才覚を持って、レーンディアの次期後継者として選ばれたのだ。

ふむ、と合点がいった思考にセキは一つ頷いた。

その間にミルキーとロゼの姿が見当たらなくなっているということは、2人で部屋を出て行ったのだろう。

喉の渇きを覚えたセキはベッドから出ると、目の前に壁のように聳え立っているクロエを見上げた。

その表情は――すでに張り付いているのだろう――眉間の皺が訝しげに寄せられている。

一度かち合った視線を無理矢理剥がしたセキは、その壁を無視して飲み物をフランクへと要求する。


「おい」と後方からクロエの声がすると、フランクはセキの後方を見て失笑し、宥めるような声色で2人に提案した。


「とりあえずお茶にしようか?」






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