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nameless story  作者: 伯耆
第2章 レーンディア
14/23

3.ロゼ



セキはハウスキーパーに先導され、応接間らしき部屋を通された。

レーンディア公爵屋敷にはセキ、クロエ、フランク、ミルキーの4人で訪れたのだが、それも彼の予想範囲内であった。

まさか敵国同然のローモンド家当主―ピオニーが来るわけもなく、従って成り行きは知らないが彼を親代わりにする双子も来ない。

身元正体一切不明であるが、自称中流貴族のイヴアールも公爵家の空気は毒も同然らしく参加を拒否。

予想外だったのは公爵との挨拶を前にセキだけ放ったらかしにされ、皆は各々別行動を取ったことである。

クロエは婦人、すなわち彼の母親に会いに行きフランク―クロエが帰郷していなかったため、彼も久しぶりなのだろう―もどこかへとそそくさと行ってしまった。

ミルキーはというと、屋敷に入ったと当時にメイドに囲まれて、彼女もまたどこかへと連れ去られてしまう始末。

こうしてセキは緊張で全身をガチガチにしながら、浅く座ったソファーにて公爵の登場を待っていた。


広い。

応接間の感想はそれに尽きる。

一切の余裕がないセキには応接間すら目に入っておらず、ただただ公爵が現れるだろう前の扉を凝視しているが、その視点は定まっていない。


(やばい、どーする俺。レーンディアの当主で、あのクロエの親父さんだろ!?)


狼狽しまくるセキの虚をついて開かれた扉にビクリと肩を震わせた。

現れたのは随分と若い男性だ。

すらりと伸びた四肢はクロエの脚線美を想像させたが、髪の色は金だ。

瞳は深いアメジスト。年はクロエとそう変わらなく見えるが、彼よりは少し背は低いようだ。

あまりに想像と違う男性の登場に、セキはポカンと口を開けたまま制止した。

そんなセキを見て、男性も驚いたように後ろのハウスキーパーへと振り返る。


「ナセルさん。客人がいらっしゃるなら、いらっしゃると仰ってくださいよ~!」


ナセル――どうやらハウスキーパーの名前らしい――はキョトンと男性を見て、恭しく頭を下げた。


「申し訳ございません。公爵様よりお聞きになられてはいらっしゃらなかったのでしょうか?」


「え?なんのことですか?」


男性が首を傾げると、ハウスキーパーの老爺―ナセルは部屋へと踏み出て、慇懃にセキへと礼をすると男性へと振り返った。


「こちらの方が我がクロエ様が忠誠を誓われた世界の鍵、セキ様であらせられます」


唖然としていたセキはその紹介文句に開けていた口をパクパクとさせるが、そこからは声が出てこない。

既に目は点である。


「え?」


男性は驚愕を示した後、崩れ落ちるようにその場に膝をついた。

それで目を覚ましたセキは、前で片膝をつく男性に驚愕と制止を呼びかける。

しかし、男性は聞く耳を持たずに頭を下げて言った。


「御無礼お許しください!

私、レーンディア家次男のロゼと申します。

この度は我々の不手際により、大変危険な目に合われたと存じております。

つきまして、私もレーンディアに連なるものとして謝罪を・・・」


「あ~、待って待って!ストップ!」


スラスラと述べる男性―ロゼの言葉を遮って、セキが立ち上がる。

不意を突かれたように頭を上げたロゼにセキは慌てて、手を伸ばした。

セキの行動が理解出来ないように、ロゼは目を丸くする。


「いや、その・・・俺頭下げられるほど偉くないしさ。

だから、立って普通に初めまして、じゃダメなわけ?」


狼狽に挙動不審になりそうなのを、頭を掻く動作でどうにか誤魔化しながら、愛想笑いをする。

次はロゼが呆気にとられてポカンと口を開けた。

気まずい沈黙にセキはどうしようかと目線を逸らし、ロゼはそんなわけにはいかないという風に立ちあがろうとしない。

そこにあらぬ声が飛び入った。


「そいつがそう言ってるんだから、普通に挨拶してやれよ。兄さん」


聞きなれた声が背後からして、セキは咄嗟に立ちあがる。

後ろにも扉があったことをセキは狼狽のあまり見落としていたため、突如の声に肩が跳ねあがった。

前で跪くロゼを兄と呼んだのは紛れもないクロエであった。


「兄さん?」


セキは振り返ったクロエと背後のロゼを交互に見て首を傾げた。

クロエとロゼは目を瞬かせてクロエを見つめる。

クロエはため息を一つついてセキの隣を素通りし、ロゼへと手を差し伸べた。

ロゼはその手を掴もうとしない上、クロエの行動を諌める。


「君はなんて無礼な真似を・・・!」


「いいんだよ、こいつは。

それにセキだって普通に挨拶したいって言ったじゃねぇか」


クロエは無理矢理ロゼを立たせて、セキをソファーへと進めた。

美味しい珈琲をいれてくれるフランクがいないのが残念だ。

クロエにされるがまま、ロゼと向かい合うように座ったセキの隣にクロエがドンっと鎮座する。


「兄のロゼだ。

で、こっちが世界の鍵のセキ」


当然のように紹介したクロエはいつもと違って少し疲れた表情をしている。

今にも何か反駁しそうなロゼに発言させまいとクロエは続けた。


「親父のスケジュールがちょっとばかり狂ったらしくな。忙しくて挨拶する時間がなくなったらしい。

そのことを伝えて来たんだが・・・

まさか兄さんが来てるなんて予想外だったな」


公爵との挨拶がなくなったと聞いて、セキは深く安堵した。

これで一体一はどうにか免れたわけだ。

安堵した途端、色んな疑問が彼の脳裏をかすめ始めた。


「というか、え?クロエの兄貴なのか?

つーか、クロエに兄弟いたなんて俺聞いてねーんだけど!」


驚いたような、責めるような視線で再びクロエを見やると、彼は眉根を寄せてセキを一睨みした後、すぐに視線を引きはがした。


「言ってねぇから当たり前だろ。

そもそもなんで俺がお前にそんなことわざわざ教えなきゃいけない」


「こら、クロエ!

セキ様になんてもの言いを!

申し訳ありません、セキ様。私が良く言いつけておきますので・・・」


まるで我が子を叱る母のようにクロエを諌めると、コロッと表情を一変して申し訳なさそうに謝るロゼ。

セキはそんなクロエの兄が気の毒に思えて、首を左右に振った。


「いや、俺的にクロエみたいな接し方の方がありがたいんで・・・

出来ればロゼさんもそうして貰えれば嬉しいんですけど・・・」


「ほら見ろ。こいつは平民並なやつだから、わざわざ仰々しい言い方せずに普通に接してやれよ。兄さん」


クロエの言い方は相変わらずだったが、セキはとりあえずその意見に賛成することにして、幾度も首を振った。

ロゼはそんな2人を見て、しばらく考えるように視線を膝に落としたが、セキはすぐに彼の前へと手を差し伸べた。

視界にセキの手が映ったロゼは目を瞬かせて、手の後にセキも見やる。

セキは微笑んでから催促するように手の平を上に向ける。


「ほら、初めまして、よろしくの握手!」


まるで子供にいうように言ったセキにロゼは気を悪くするどころか、感動に目を輝かせていた。


「よろしく、ロゼ」


「こちらこそ、セキ様」


「いや、普通にセキで」


目の前で握手を交わす2人にクロエは呆気に取られた後、おかしな絵柄に笑ってしまう。

笑ってしまったクロエに、何がおかしい?とでも言いたいような2人の視線が彼に集中した。

稚拙な挨拶の仕方を選んだセキなのか、それともその挨拶に対して、初めて友達が出来た時のような恥ずかしそうで嬉しそうな表情で手を取ったロゼに対してなのか。

否、両方だろう。

納得したようなクロエをセキは怪訝そうに見ては首を傾げた。




実際貴族社会に友達などという概念は存在しない。

クロエはそう言った。

上か下か、利用するか利用されるか。

どうやって人を上手く動かすか。信頼を得るためにどうやって諂うか。

ただそれだけだとも言った。

だから、ロゼはそんなこと一切関係なく能天気な‘よろしく’をしたセキに対して、ああも嬉しそうにしたのだった。

セキはため息を一つついて、設けられた豪華なソファーに腰を降ろしていた。

今日自分が泊まる部屋らしいのだが、やはり異常に広いために居心地はあまり良くない。


ちらりとベッドヘットに設けられたデジタル時計を見ると、午後の5時になるにはまだ7分程度残っている時刻である。

会食の6時前にフランクが迎えにくると言われ、邪魔者を押し込めるように部屋に残して行ったクロエの背はやはりいつものような威風は感じられず、どこか意気消沈しているようにも見えた。

そんなことを思い出しながら、セキは仰向けになって天井を見つめる。

アンティーク調な部屋の天井も見慣れた談話室とは違ってシンプルである。

目がチカチカするシャンデリアもない。


そういえば・・・と言う風にセキはここまでの旅路を思い出した。






初めて機関の外へ出たセキは舌を巻くことの連続であった。

まず驚いたのは、宙に浮く鉄の塊。否、車のような乗り物である。

セキの知識には車とは地面を走る乗り物の筈だ。

空は飛べないものの、ガソリンではなく太陽光で走る宙浮く車に乗って、機関を出発した。

てっきり飛行機を乗って行くと思われたアヴェルヌスだが、到着したのは真っ白な建物の前。

どこにも乗り物は見当たらない。

一行は地下へと進み、漸くセキは乗り物を目にした。

地下鉄、と思われるが電車ではない。

形はセキの知る新幹線に酷似している。


「これに乗って約3時間だ」


そう言われて当然のように乗り込んだ乗り物。

名前さえ教えてくれなかったそれについては帰ってイヴアールに聞こうと省略して、中へと進むと、想像を絶した。


(どこですか、ここは・・・。確かに何かしらの乗り物に乗った筈では?

あれ?俺ってば、もうボケが始まったのかな?)


自虐に走りたくなるほど驚愕したのは、そこがまたしても彼の知る‘乗り物’の内部ではない構造をしていたからだ。

例えるならば、部屋。そう、13部にあってもおかしくないほどの煌びやかな部屋である。


「あ~、俺・・・眼科に行った方がいいかな・・・」


放心して誰にでもなく言った言葉はどうやらフランクだけに聞こえていたらしく、失笑が後ろから聞こえて来た。

前を歩くクロエは仕事用ではない、黒のジャケットを無造作に部屋の隅にあるソファーに置くと、大きな欠伸をしてフランクへと振りかえった。


「自分の部屋で寝てくるから着いたら起こしてくれ」


「了解」


フランクの快い了承を得て、クロエはさっさと奥に消えると、フランクは先程投げられたジャケットを、ハンガーにかけてクローゼットへと仕舞う。


「あっ、私もちょっとシャワー浴びてくるわ。

朝の稽古の後、急いで出て来ちゃったから」


一応といった具合にフランクにそう告げたミルキーは鼻歌混じりで奥へと消えた。

もうどこからどうツッコめばいいのかわからなくなってセキは、床に座りこみたい衝動を抑えて、どうにかソファーへとたどり着く。


「って・・・はぁ!?さっきクロエ(あいつ)自分の部屋っつたよな!?

何、これって13部専用とかそういうやつ!?」


突然声を荒げたセキにフランクは目を丸くしながら、インスタントの珈琲をセキの前へと出した。

そしてセキと向かい合うように座り自分の分の珈琲を啜るとソーサーへ置いた後、少し唸るようにして答える。


「というか、クロエ専用?」


次のセキの反応が分かっていたようにフランクがすぐに視線を逸らして両耳を塞いだ。

乗り物全体にセキの悲鳴のような絶叫が響き渡る。

その内容は勿論、クロエに対する羨望にも似た怒りであった。





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