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nameless story  作者: 伯耆
第1章 始まり
11/23

10.やべぇ、俺世界を掌握しちゃったよ





‘世界の鍵’。


別名、分岐点の鍵とも呼ばれる存在は、世界にとってあまりにもイレギュラーな存在であった。

数多に存在するパラレルワールドを自在に渡れる力を持ち、どの世界にも干渉せず、どんな狂った時間の影響も受けない特別な存在である。

またどのパラレルワールドにも同じ魂を持つ存在が並行しているが、世界の鍵のみはどの世界にも存在せずに単一の魂としてあった。

高い確率で100年に一度。低くて1000年に一度現れるかどうかという存在である。


世界の鍵は、数多なるパラレルワールド全てを掌握する力を持っているとされ、常に人間より一つ上の存在として敬われていた。

セキの場合はあまりにも不可思議な現れ方と、イヴアールの証言(監視中に突如異空間へ消えたという)、そしてクロエのように資格も持たず渡し守との契約もなし、その上扉を通ることすらせずに狭間へと移動出来るということが決定的な世界の鍵である証明になった。

それが彼らの世界へと現れたことによって、パラレル対策中央本部はてんてこ舞いで儀式の準備にとりかかることになったのだ。


‘顕現の儀’


太古から世界の鍵が現れた時に、両国の公爵が世界の鍵に忠誠を誓う場として、現代にまで伝えられてきた儀式である。

その儀式を済ませ依然として訳も分からないまま、衣装を脱ぎ捨て不貞腐れた様子で13部談話室のソファーへとのけ反ったセキ。

13部が全員談話室へ集まるのはあまりに珍しい光景であったが、今の彼がその様子に感動することはない。

セキはいつもの一人掛けのソファーへと座っていて、クロエがその左側の広いソファーに腰掛けると、13部一同はコーヒーテーブルを囲むように次々と腰掛けて行った。

唯一、フランクだけはクロエの後ろで、こちらが辛くなるような慇懃な姿勢で直立している。

とりあえずセキはクロエとその隣のピオニーを睨んだ。

クロエは一つ頷くと、組んでいた足を解いてセキに向き合う。


「最初に改めて自己紹介をしておく必要があるな」


そう前置きすると、セキはクロエから話を切り出したことが少し意外だったのか、眉を跳ねあげた。


「俺はクロエ・レーンディア。

大国アヴェルヌスを治める二大公爵家が一つ、レーンディアの次期当主だ」


淡々と自己紹介をするクロエにセキは「うん」とだけ頷いた。

その反応にクロエは訝しげに眉寝を寄せた。


「知ってたのか?」


「拉致犯が言ってたからな」


ふん、とそっぽむきながら言うと、決まりが悪そうにクロエは口を閉ざす。

それのフォローを兼ねて、話の流れを継いだピオニーが言った。


「じゃあ、俺のことも知ってるな?

ピオニー・ウヴス・ローモンド・ネイ。

小国パウェルを治めるローモンド家当主だ。

で、13部部長として、こいつらの親代わりしてるわけ」


指さしたのは、ピオニーの前に座るシャルラッハとヴァインである。


「シャルラッハ・ロート・シャスタにヴァイン・ロート・シャスタ。

まぁ、詳しい話が知りたかったら本人に聞けばいい」


な?を目配せされたヴァインは「まぁ、教えねぇけどな」とセキを一睨み。

本当に可愛くねぇガキだな、とセキは口の中でぼやいて、話を催促するようにクロエとピオニーを交互に見やった。

すると後ろのフランクが一歩、セキの方へと歩み出る。


「俺も紹介させて貰っていいかな?

フランクリンルーズヴァルト・アラン。名前は言ったことがあると思うが、俺はレーンディアに仕える騎士の家系、アランの嫡男なんだ。

それで、クロエを主人(マスター)として付き従っている」


目上の人にするようにフランクは手の平を上にクロエを差した。

なるほど、とセキは頷く。

薄々2人の関係性には気が付いていたセキであったが、そう言われて初めて合点が行ったようだ。


「そして、こちらの方が俺の主人(マスター)、レーンディア家と姻戚関係をお持ちのスペリオル家次女であらせられる、ミルキー・スペリオル様ってわけだ」


自慢するような口調と、優雅な立ち振る舞いでミルキーの紹介を買って出たフランク。


「は?」


セキは驚愕に目を見開いた。

確かにミルキーの容貌は飛びぬけて綺麗であり、振る舞いなどは凡人を思わせなかったが、まさかレーンディアと婚姻関係にある大貴族、なんて彼女には似合わなさすぎる。

どっちかって言うと、フランクのように貴族を守る騎士の家系というのがしっくりくる。

そんな間抜けた表情でミルキーを唖然と見たセキに、ミルキーは思わず咳払いをした。

ハッとセキは言い訳がましく言い放つ。


「でもミルキー姉さん、自己紹介の時にミルキー・クリスタルですって言ったじゃないかよ!」


何故か、ミルキーの声真似までして強調したセキに、ミルキーは頬を引きつらせた。

険悪になりそうな雰囲気を察して咄嗟にフランクが割り込む。


「まぁた、ミルキーはその嘘付いたのか。

まぁ、あれだ。ミルキーは貴族だからって、へつらいを受けるのが大嫌いなんだ」


再び「なるほど」と納得してしまうセキ。

ミルキーなら頷ける理由だ。

まっすぐで純粋、正義という言葉があまりにもぴったりの彼女である。

一人、納得に頷くセキと束の間の沈黙を置いて、最後にイヴアールが読んでいた本を閉じてセキを見た。


(つーか、この状況で読書ってどんな神経してんだよ)


思わずツッコミそうになったのを必死で抑える。


「既に言ったと思いますが、イヴアール・セントルイス。

僕は普通の中流階級出身の凡人です」


イヴアールの簡潔な紹介にセキは明らかに訝った表情で彼を見つめた。

絶対凡人じゃないだろ、と視線は物語っていたがイヴアールは全く気が付かないふりをして首を傾げた。


「つーか、何?ここは貴族の集まりですかー?

坊ちゃん嬢ちゃんの暇つぶしみたいなぁ?

あっ!でもフランク!

お前は騎士の家系ってんだから、普通だよな!」


普通が何を差したのか定かではなかったが、とりあえず常識外れの金持ちという解釈で外していないだろう。

そんなセキの期待の視線に、フランクは目尻を下げて一瞬だけ困った表情をした。

途端、嫌な予感がセキを襲う。


「わーるい。レーンディアに仕えてるけど、実は俺も上流貴族なんだ」


仕える=身分が低いと構成されていたセキの脳内メモリーは爆発寸前であった。


「俺ってば、すっげー場違いじゃね?」


がくん、と分かりやすく項垂れたセキに一同は失笑する。

そこにクロエの舌打ちが一つ介入し、セキは大層不機嫌そうな顔でその舌打ちを睨んだ。


「お前は世界の鍵だろうが・・・」


低く何かしらの感情を抑えこめた唸るような声であった。

それはお世辞にも良い感情をとは言えない。

セキはクロエを不安そうな、怪訝そうな瞳で一瞥をくれると、クロエはその視線と合わせまいとそっぽ向いた。

そこに呆れ声のフランクとピオニーの声が重なる。


「おい、(マスター)


「おいおい、クロエ」


その声にクロエは頬を引きつらせながら、フランクに説明を促した。

フランクは困ったように目尻を下げて、頷くとセキに向かい合った。

思わずセキは姿勢を正す。

そこから長ったらしいなりにもフランクだからこそ、そこまで簡潔にまとめることが出来たと思われるややこしい内容を説明し始めた。

世界の鍵の存在の全て。

数多なる世界にたった一人しか存在しない危険であり、その全ても掌握出来る力。

故の危険が常に伴うこと。

その力は未だ未知数で、その人間によって今までに力が違って来た。

そもそも、自分が世界の鍵だと知らずに死んでいく者も存在していたそうだ。

説明を聞きながら、セキは狭間であったウォードという渡し守の言葉を思い出した。


―――我が君主(あるじ)。世界の鍵として、あなた様はこれから様々な困難と出会っていくじゃろう。

しかし、足に絡みつく雑草は焼き払ってしまわねばなりますまい。

それが世界を掌握するということじゃ―――


初めてウォードと会った時も既にあの老婆は自分が世界の鍵だということに気が付いていたようでもある。

一通り説明を聞いて、セキは黙した。

説明を租借するような長い沈黙だ。

突然、知らない世界に投げ出されて、見知らぬクーデターに巻き込まれて、無事帰還を果たすと「お前は世界を掌握する力を持っている」なんて話の流れ。

どこかのお伽噺のようである。

不意にイヴアールが手に持つ、あの白紙の表紙の本が目に止まった。

救いのない物語。


(全くこの展開のべたさももう救いようがない)


セキはため息と共に口の中で吐き出した。


「まぁ、そういうことだからセキを正式に13部の一員として迎えることが会議で決定された。

今まで通り執行部としての責務と、俺達がお前の警護をするから安心していればいい」


39という年で、歯を見せて笑うピオニーは子供のような屈託のない笑顔だ。


「安心ねぇ・・・

まぁ、生活に困らないのは安心だけど、俺の世界を探すのはどうするわけ?」


言葉を濁らせて、気にかかっていた話へと繋げる。

自分が世界の鍵だとしても、生まれ育った世界には両親も友人もいる筈である。

それにもし、そのパラレルワールドが見つかったらどうするのか?

ややこしい説明を覚悟していたセキにクロエはきっぱりと言いのけた。


「もう必要ない」


相変わらず刺々しさあまる言葉の端にセキはピクリと眉を寄せた。


「必要ない?」


そして鸚鵡返しする。


「お前の育った世界が見つかったとしても、世界の鍵と判明した時点でどこにいてもお前の身は危険だ。

それならパラレルワールドの知識を知悉しているこの世界の留まった方が、互いに利害は一致している」


「俺のいた世界の方がもっと凄かったらどうするんだよ!」


間髪いれずに反駁したせいか、クロエよりは少なからず言葉の選び方が幼稚になってしまったことに気が付いたセキであったが、自分にとって重要なことを‘利害の一致’だけで纏めようとしているクロエが腹ただしかったのである。

しかしその意見もまた間髪いれずに否定された。


「お前の世界がこの世界より凄ければ、ここに来る前のとっくの昔に世界の鍵だと判明している。いや・・・」


そこであえて歯切れの悪い終わり方をして、クロエは眉根を寄せた。

セキはそのクロエを凝視する。

皆の反応は様々だ。

セキのようにクロエの次の句が予想出来ずにキョトンとしたり、思わず彼を見つめるもの。

同じ考えを持っていたように、予想したくなかったある仮定に辿りついた数名は視線を床に落としたりした。

その中で一人だけ、やはりイヴアールは無関心を決め込んでいて、その彼を目の端に捉えたセキはやるせない不安感を覚えた。

クロエは一度切った言葉の端と端を縫い合わせるように、ゆっくりと口を開く。


「その世界がお前を鍵と認識し、その世界にとって危険と判断した末に俺達の世界に送り込んだと仮定することも可能だ」


(つまりは捨てられた・・・)


自分ではない自分が頭の中でそうはっきり言った。

世界の鍵とはそれほど危険な存在なのか。

13部が護衛をしなければいけないほどに、命を狙われる存在なのか。

セキは混乱した。


「あくまで仮定だ」とクロエは付け足すように言う。


「でも、たとえそうだったとしても・・・

この世界はお前を必要とする」


勿論、クロエの言葉だ。

先ほどまでの辛辣さや酷薄さは言葉の片隅にも見受けられない。

とても温かくて、はっきりとした口調。国を負うものとしての威厳と責任が込められた言葉であった。


「クロエ・・・?」


か弱い女性のような、とても頼りない呼びかけだ。

クロエは真顔でセキを見やり、いつものように眉根を寄せた。

その隣では我が子の兄弟喧嘩が和解した時のように、微笑ましそうに見つめるピオニー。


「まぁ、なんにせよ。

俺達のいる世界(ここ)がお前の帰って来る場所ってことでいいんじゃあねぇか?セキ」


クロエの後ろにいたフランクはいつの間にかセキの後ろへと回って、彼の両肩へ手を置いた。


「うん。私もセキさんは一緒にいて楽しいからいいと思う!」


精一杯の励ましを込めたシャルラッハが無邪気を装い笑顔を言う隣で、ヴァインは鼻で笑い飛ばすと、腕組みをしながらそっぽ向き言う。


「お前がいてもいなくても僕はどうでもいいけど、シャルがそう言うなら特別に認めてやる」


「私は弟が一人増えるみたいなものだから、勿論大歓迎」


整った綺麗な顔をほころばせて言うミルキー。

その声を聞いて、再び本を読んでいたイヴアールはふと、セキの視線に気が付き仕方なしという風に「よろしくお願いします」と事務的な挨拶をした。

初めて居場所が出来たような安心感に包まれたセキは思わず破顔してしまった自分の表情に気が付き、咳払いを一つした。

平素を保つ努力をしながらいつものように「で?」と尋ねた。


「俺は何すればいいわけ?」


そんなセキの様子はバレバレで、面白がるようにピオニーはニヤリと口元を歪める。


「そうだなぁ、まずはこの世界の歴史から地理、自治問題や政治問題。公爵家のことや、この機関のことを学ぶことから始めようか。セキ」


眼鏡を掛けていないピオニーはブリッジを上げるような動作を加えて、加虐的な笑みをセキへと向けた。


「え、嘘・・・」


自分の興味あること以外、一切知識の中に入れたがらないセキは一瞬にして顔面蒼白になる。先程の微笑は跡形もなくなっていた。


「出来ないとか言わないよな?

俺とクロエが忠誠を誓った世界の鍵だもんな?セキ様?」


様を強調した言い方にセキは顔を引きつらせた。


(絶対形式上、仕方なくだったくせに!)


反論をしようにも唖然として心の中でその訴えは空しく姿を消して行った。


「あ・・・俺、ちょっとトイレに・・・」


そそくさとソファーと立ち上がったセキを後ろのフランクががっちりと掴む。


「逃げようとか思うなよな?セキ様?

俺の主人(マスター)に恥をかかせるような真似はしねぇでくれよ?」


向けられた微笑みはもう既に笑みの部類ではない、ドス黒い脅迫であった。


「はい」


項垂れてセキは立ち上がった所のソファーに力なく腰を降ろした。

そのセキを気の毒そうに見守る心優しい人間はシャルラッハとミルキーだけであって、ヴァインは「ざまあみろ」という風に鼻で笑い飛ばし、イヴアールはやはり我関せずで読書に耽っていた。

セキは項垂れたまま、先のことを想像しては身震いしたという。






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