第1Q 私立藤咲高等学校
四月の頭。春。それは時代が幾年経とうと、日本という国では新たらスタートを迎える日であった。
秋入学といった制度もこの数年間の間に導入されはしたが、やはり入学と言う行事において、春という季節は何かしっくりとくるものがあるのだろう。それ故に未だ多くの学校は春入学のみを対象としていた。
そしてそれは、ここ、私立藤咲高等学校においても例外ではなかった。
校門から赤煉瓦の校舎へと、まっすぐに続く階段には、真新しい制服に腕を通した少し垢抜けない少年少女が多くいた。
そして、そんな様子を教室の窓から眺める人影も…
「いいねぇ~。これから始まる高校生活に夢いっぱいって感じで」
髪の毛が少し逆立った少年が開けた窓に腰かけながら言う。それに対し椅子に座り、同じように窓の外を見ていた少年も
「まぁ誰だって新しいことには期待するよ。健司もそうだったんじゃないの?」
健司と呼ばれた少年は外からこちらへと向きなおり
「そんなことねぇよ、春。俺はむしろうんざりしてたね、再び始まる学校生活に」
「その割には最初の自己紹介の時、やたらと張り切ってたじゃない、アンタ。なんだっけ?彼女募集中?あれから彼女はできましたかぁ~?」
声の方へと振り向くと、そこには二人の女生徒がいた。一人は短髪で前髪を飾りのないヘアピンでとめており、もう一人は対照的に腰近くまでまっすぐに伸ばされていた。
先ほどの声をつくったのは短髪の方だった。彼女はこちらをにやけた目つきで見たまま
「まぁそんな話一度だって聞いてないからできてないんでしょうけど」
そう言いながら健司に向って右手を出してきた。
「五条…この手は一体何かな?」
「五百円、忘れたとは言わせないわよ!こないだの3ON3、結局負けて、誰が払うかで1ON1してアタシが勝ったこと。そのくせ手持ちがないとか言って最終的にアタシが払ったじゃない!」
「覚えてっよちゃんと!けど五百円じゃなくて三百円だ!」
「利子よ、利子!だいたい…」
二人のやり取りの横で、残された二人もまた会話を楽しんでいた。
「一ノ瀬君、おはよう」
長髪の少女は、前の席の椅子になんかかるようにして春貴と向かい合った。
「新庄さんも、おはよう」
互いに挨拶を交わしたところで、会話はやはりというか、新入生のことだった。
「良いよね、新入生。制服も新しくって初々しくて。やっぱり一年生と二年生じゃ、全く違うもの」
そう言いながら窓の外を見る彼女は実に絵になっていた。
「でも二年生にならないと、得られないものもあったりすると思うよ?例えば部活とかでさ」
その言葉に対し彼女はこちらをまっすぐに見て言う。
「それって後輩?」
「そっ。新庄さんって確か美術部だよね?」
「うん。確かに楽しみかなぁ、部活の後輩ができるのは。うちの学校、進学率もそこそこ良くて、部活動にも力入れてるから、新入生が集まるのよね」
文武両道って感じでっと、風に乗って前に流れた髪を耳にかけた。
「一流大学を目指すSクラス以外は基本的に部活は許可されてるしね。強い部活はさらに人が集まんだろーね」
頬杖を突きながらもう一度窓の外に気を配ると、教室の中からでは見えないが部活の勧誘をやっている声が聞こえてくる。
「バスケ部はしないの?部活勧誘」
同じように外の声に耳を傾けながら、新庄の問いに対し
「何だかんだで来る奴は来るし、来ないやつは来ないからしないって先輩が。毎年そうしてるのもあるらしい」
それを聞いて納得したのか、小さく頷いて
「そういえば去年もやってなかったよね。やっぱ全国に行く部活は違うなぁ」
全国と言う単語に反応したのか、はたまた値段交渉に決着がついたのか、先ほどまで言い争いを続けていた二人が話に加わってきた。
「まぁ全国に行ってるのは女子だけだけど、男子は今年、どうなのよ?行けそう?全国?」
優里が机に座りながら健司でなく、春貴に問う。しかし
「バカか、五条。行けそうじゃなくて行くんやし」
健司の答えに対し
「はぁ?アンタに聞いてんじゃないの!アタシは春に聞いてんの!そもそもアンタ、今年のポジション争い厳しんじゃないの?なんせ‥」
とまぁ再び二人の言い争いが始まってしまった。
そんな二人を見ている二人も、周りも止めようとはしなかった。
それからしばらく続いた会話も、朝のホームルーム開始にチャイムにより終いとなった。
学級委員の号令により立ち上がった時に見える風景は、青々とした空と、淡い緑を持った桜並木だった。
「今日から一年が来る‥か」
小さくつぶやいたその声には、確かな意思があった。