第二章 【006】
「第二章 動き出す世界 交錯する思惑」
【006】
昨日――『通り魔の悪魔』に襲われた後、気がつくと病院のベッドの上にいて両親や友人に「心配」と「安堵」を提供させた。
しかし、すぐにもの凄い睡魔に襲われ、俺はそのままベッドに横になった。
すると、シッダールタが夢の中(シッダールタ曰く、潜在意識の中)に現れ、これまでの経緯を説明。
信じられないが、今こうやってシッダールタと会話していること、また、『人間離れの動き』をした『通り魔の悪魔』のこと、これらを踏まえるとシッダールタの言っていることは否が応でも信じざるを得ない状況だった。
――そして、一週間後。
「おはよう、零時!」
「おはよう、遊馬」
「おーっす、零時~!」
「おお」
「なんだ、なんだ、しけたツラして。さては痔か?」
「なんでだよ!」
「ボ、ボクは平気だよ、零時」
「な、何がだよ」
「痔の薬って――自分では入れにくいらしいからね」
「そ、それはどういう意味だ?」
「だ、だから……ボクならできるよ、インサート!」
「いらねーよ! インサート言うな! それに俺は痔なんかじゃねー!」
あの『通り魔事件』から一週間が立ち、俺はいつもどおり学校に通い始めた。
高志や遊馬とは以前と同じような他愛の無い会話をし、いつもどおりの日常を送っていた。
まあ、『通り魔事件』から一週間しか立っていないのだから、本当は二人ともまだ当時のショックは少なからず残っているだろう――少なくとも俺にはそう見えた。
でも、そんな二人は、俺にそう悟られないよう「普段どおり」を演じているように見えた。
おそらく俺に『通り魔事件』のことを思い出させないようにするためだろう。
――俺は、それだけ二人に心配をかけさせていたんだな、と内心では二人に申し訳なく思っていた。
一応、病院自体は「二日くらい」で退院していたのだが、体力回復とリハビリをするよう『医者』と『シッダールタ』に厳しく言われていたため、そのまま自宅療養をしていた。
そして昨夜、俺はシッダールタからいろいろと今後のことを説明されていた。
《いいかい、零時くん》
シッダールタは前回のように俺が寝た後、『潜在意識』というところで現れ、そこで俺に今後の説明をした。
ちなみに、この『潜在意識』という場所はすべてが『灰色』一色だった。
《これからは、君にいろいろとやってもらうことがあるのでよく聞いて欲しい》
「やってもらうこと?」
《もはや、忘れたわけではあるまい。『ワタシの力の回復の手伝いをしてくれる』、そういう約束だっただろう?》
「ああ……」
少し忘れていた。
《零時くん、君、忘れていたのか……》
「え? 何言って……」
《零時くん、ここは『潜在意識の世界』だからね? 君の『心の声』も全部伝わっているからね?》
「え? マジ?」
《マジ》
「は、早く言えよ、そんな大事なこと!」
《いや、そんなことは大事なことでも何でもない。いいかい、零時くん?》
シッダールタは、いきおいよく乗り出してきた。
「な、何だよ?」
《ハッキリ言おう。今、君は『魔界の悪魔』から狙われている》
「えっ?」
《理由は、前の『通り魔の悪魔』をワタシが消滅させたからだ》
「……?」
《本来ならば、ワタシは契約後、表に出ず、君の潜在意識の中でずっと隠れ続けるつもりだった。しかし、『通り魔の悪魔』はワタシを『天界の救世主 シッダールタ』と分かるや否やワタシを殺そうとした》
「逃げなかったのかよ?」
《逃げる? バカな! あんな『三下悪魔風情』に『ナメたマネ』されて、それを許すほどワタシは甘くはない。なので圧倒的な力を持ってヤツを捻じ伏せ消滅させた》
「……お前、本当に『神様』なのかよ?」
《すると、ワタシは『あること』に気づいた……》
「……?」
《それは、あの悪魔がワタシを殺そうとしたのは実は『ヤツの罠』だったらしく、本当は、ワタシがお前の身体を使って『力』を使わせることにより、他の魔界の者たちにワタシが『人間界にいること』を知らしめるためのものだったらしいのだ》
「つまり――まんまと悪魔の罠にかかったってことか!」
おもわずコケた――こいつの安易な行動に。
《し、しょうがないだろう! あの時は一瞬の出来事だったし、お前の身体を守らなきゃいけなかったんだから》
「いやいや、お前、あの悪魔とは『圧倒的な差』があったんだろ? だったら戦わずに逃げることも可能だったんじゃないのか?」
ギクッ!
――シッダールタの『心の声』が聴こえた。
《も、もちろんワタシだってバカじゃない! ヤツをやっつけた後は、周囲に残っているワタシの『力のカケラ』をできるだけ回収し、すぐに零時の中に引っ込んだ。だから、おそらく魔界の者に見つかるほどの『痕跡』は残ってはいない……はずだ》
たぶん。
――またまた、シッダールタの『心の声』がこだまする。
「わかったよ。信用するよ」
《本当? ありがとう、零時くん。やったー》
お前な~。
《と、とりあえず零時くん、そういうわけだから……》
「つまり――これから俺は普段の生活でお前の力を使わないようにすればいいってこと?」
《そういうこと。ただ、それだと困る面もある》
「――お前の『力の回復』の件か?」
《そういうこと。ワタシの『力の回復』にはいろいろとトラブルが起こる可能性が高い。その時、零時くんの人間の力では到底『回避不可能な危機的状況』が多くなるだろう》
「具体的に言えよ」
《ワタシの『力の回復』には、君たち人間の中だけに存在する『マナ』というエネルギーが必要になる》
「マナ?」
《そう、『マナ』。それは、君たち人間の中だけにある『感謝のエネルギー』のことを言う》
「感謝のエネルギー?」
《『感謝のエネルギー』とは、君たち人間が他者から助けられたり親切にされたときに湧き出る『感謝の感情』のことを差す。わかるかい?》
「まあ、何となく」
《要するに、親切にされた相手に『ありがとう』と言いたくなる感情のことだ》
「なるほど」
《そして、この『マナ』には『純度』というものが存在する》
「純度?」
《ああ。そして『マナの純度』の基準は……『愛』だ》
「あ、愛?」
《そう、『愛』。『愛の感情』……すなわち『愛情』が『感謝のエネルギー』の中にあればあるほど、その『マナの純度』は高くなり、それだけワタシの力の回復は早くなる》
「よ、要するに、『愛情』の入った『感謝のエネルギー』であればあるほど良いってこと?」
《まあ、そういうことだ。お前たち人間の食事で例えるなら、『ただのスーパーの惣菜弁当』を食べるのと、『ちゃんと栄養と愛情のこもった母の弁当』を食べるくらい『違い』があるということだ》
「な、なるほど」
割とマジメな回答でビックリした。
《ワタシは、いたっていつもマジメだ。失礼なことを言うな》
こりゃ失礼。
《とにかく、そのくらい『純度の高いマナ』を摂取する必要があるということだ》
「つまり、『純度の高いマナ』をより摂取し、それで早めに完全回復を果たし天界を救出する……そういうことか」
《……そういうことだ》
「それってつまり――俺にとっては『寿命はそんなに長く無いと思え』と言うことか?」
《……零時には悪いが急ぐ必要があるのだ。申し訳ない》
そう言うと、シッダールタは苦渋の顔を浮かべた。
「もし、俺がお前にそう言われて『協力しない』なんて言ったらどうすんだ?」
《その時はまた別の人間を探すさ……ただ》
「ただ?」
《零時くんはそんなことは言わないし、ちゃんと協力してくれる。直感だがそう感じている。そして――それは君にもわかるだろう?》
「……」
ああ、そのとおりだ。
理由はわからないが――『お前に協力する以外選択肢は無い』と直感でそう感じている自分がいる。
――まったく。何なんだよ、一体これは。
《言葉に出せよ、零時くん》
「言葉に出したくないほど納得してないから言葉に出さないんだよ」
《まあ、この零時くんの『有無を言わさない選択の感覚』の正体は、ワタシにも実は理解できていない。だが、ワタシにとってはとてもありがたいことだ。ありがとう、零時くん》
「――いいよ、別に。ところで、神様の『感謝の感情』は『マナ』にはならないのか?」
《残念ながら『マナの力』を持っているのは君たち『人間』だけだからね》
「冗談だよ、冗談。ところでさ、『マナ』を集めるにはどうすればいいんだ?」
《ああ、それはね……『君が女性の悩み事を解決してマナを集める』のさ》
――はっ?
《声に出しなよ》
「さっきと同じ理由だ、二度も言わせんな」
《何でちょっとキレてんの?》
「それはだな……俺が一番苦手としていることだからだよ!」
《何が?》
「その『マナの集め方』だよ」
《えっ? どういうこと?》
「自慢じゃないが、俺は人と話すのが苦手なんだよ」
《えっ?》
「しかも『女性の悩み事を解決』だなんて……俺にはさらにハードルが高すぎる」
《ええっ!》
「悪いが他を当たってくれ」
《ええええええっ! さっきのかっこいいセリフはどこ行ったのぉぉ?》
「ふぅ……忘れてくれ」
《いやいやいやいや、こまるよ、それじゃあ!》
「いや、でも、俺、タダでさえ『目つきが悪くて無口』だから人から普段避けられてるしさ。それに女性となんてもう、かれこれ小学校以来会話なんてしたことねーし」
《ええええっ! もったいない! 零時くん、君、今、花の高校一年生だろ? そんな『暗い青春』送ってんの?》
「ほっとけ」
《ダメダメダメダメ、それはいかんよ~零時くん。よっしゃ! わかった! ではこうしよう》
「ん?」
なんだ?
《ワタシが女子生徒に声をかける!》
「ちょ、ちょっと待て!」
《大丈夫。こう見えてもワタシは女性から尊敬と羨望の眼差しを向けられるくらいの人物だからね、天界では》
「――天界では、だろ?」
《それに――ワタシは人間の女性は大好物だ!》
気づいたら蹴っていた。今回はなぜかヒットしていた。
《し、失礼。ワタシは女性に話しかけるのは好き……ではなく、君よりは得意なほうだ……と思うぞ》
あー、こいつ、こういう性格なんだな~。
《聴こえてるぞ、零時くん》
「そのつもりで『心の声』を通したんだよ」
《いいかい、零時くん……『適材適所』だ》
「はっ?」
《君は『マナ』を集める協力をしないといけない(ワタシのために)》
――この野郎。
《でも、そのためには『女性の悩み事』を聴く必要があるということ……つまり『女性とお話すること』が必要だ》
「……そうだな」
《そして、そして。君は、残念ながら……非常に残念ながら女性と話すことに長けていない!》
「……まあ、な」
《ということで、誠に……ま・こ・とに! 不本意ではありますが、ワタクシ天界の救世主ことシッダールタが、その時は零時くんの身体を借りてその役目を買って出よう! と、こういうわけです》
「なるほど――つまり、俺が女性としゃべれないことを『理由』に、人間界の女性とお近づきになりたいと、こう申しておられるのですね、天界の救世主様は」
《そういうことだ! 君もなかなか飲み込みの早い男だね、零時くん。助かるよ》
「やかましいわ」
また蹴りをお見舞いした。これもクリーンヒットした。
《痛てて――まったく。君のツッコミはちょっと痛いよ。加減できないツッコミは素人だぞ》
「お、お前、まさか――さっきから俺の『ツッコミだけ』ヒットするようにしてたってのか?」
《もちろんだよ。『お笑い』には『ツッコミ』は大事だからね》
「お前、どんだけ『人間界のお笑い』知ってんだよ!」
《こう見えてもワタシは『人間界オタク』だからね。ただでさえ『創世の大樹』の中ではヒマしてたんだから。そこでよく『人間界の様子』をずっと追ってたんだよ》
「お、お前――『創世の大樹』の中では『救世の実』っていう果実みたいなもんだったんじゃねーの?」
《?――そうだよ。何で?》
「い、いや、だから――そんな『状態』で情報とか取ることできたの?」
《もちろん。『創世の大樹』の中では『身体』という『器』は必要ないからね。『エネルギー体のような塊』でいるから情報を取るのも『欲しいのを願う』だけで手に入れることができるのさ》
「す、すげえな~。それじゃあ『創世の大樹』の中って欲しいと思うものは何でも手に入るの?」
《まあね。ただし、肉体という『器』がない以上、君が思っている『欲求』は満たされないけどね》
「……? どういうこと?」
《つまり、肉体がある状態じゃないと経験できないことは得られないってこと。例えば『おいしいご飯食べてお腹いっぱいになる』とか『欲しい物を手に入れて満足する』とか、そういった『物質的な快楽』は得られないから》
「うーん――わかるような、わからないような」
《まあ、要するに、『創世の大樹』の中では『情報』くらいしか集めることができないってことさ》
「そ、そうなんだ」
《だから、ワタシには経験は無いが『知識』だけは膨大にあるのだ!》
そ、それってつまり『頭でっかち』ってことか。
《大丈夫! ワタシは天界の救世主だぞ? まっかせなさーい! それに……》
「それに?」
《こっちからアプローチなどしなくとも、おそらく向こうから寄ってくるだろう》
「?」
《人間界で言う我々、『神』や『天使』は人間を寄せ付ける『オーラ』を身に纏っている。ただワタシはそれをそのままにしていると魔界の悪魔に見つかるため抑えてはいるが、それでも魔界の悪魔には見つからないほどとはいえ多少は漏れている。そして、それだけでも人間界であれば、ある程度のオーラとなるため、敏感な人間はそのオーラを感じ取り、惹きつけられるだろう》
「マ、マジかよ」
《ああ。それにこのオーラに反応する人間であれば、それだけ心に『闇』を抱えている可能性が高いからな。悩み事を解決してマナを集めたいワタシたちにとっては打ってつけなのさ》
「ど、どうして、そのオーラに引き寄せられる人間は『心に闇を抱えている人間』なんだ?」
《わかるだろ? 人は心に『闇』を抱えたとき――『神』にすがる》
「あっ……」
確かに。
《しかし――心に『闇』を抱えた人間は、『神』にすがるのと同じくらい――『悪魔』にもすがる》
「……」
漠然とではあったが、シッダールタの言ったソレは理解できた。
《だから、今回の『マナ集め』は同時に『悪魔とぶつかる』可能性が高いってこととつながるのさ》
「なるほど」
《なるべく、ワタシの力を使わずに女性の悩み事を解決してもらうことがベストなのだが、しかし、そうも言ってはいられない事態は多いだろう。特に『悪魔』とぶつかる時はな》
「……」
《とりあえず、魔界の者たちに知られない程度にワタシの力を引き出すことは可能だ》
「そ、そうなのか?」
《ああ。前の『通り魔の悪魔』程度ならな。しかし、それ以上の悪魔の場合は別だ。少なくとも魔界の者に知られない程度に引き出せる力は最大でも……『30%』までだ》
「……30%」
《それでも、だいたいの悪魔なら対処できるはずだ。だから心配するな。きっとうまくいくさ》
「……」
《ま、とりあえず、そういうことだから。零時くんはいつもどおりでいいからね。女性の対応のときはワタシが身体を取って代わるから》
「……」
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、得たいの知れない男とだけはわかったよ、シッダールタ。
そんな、俺の『心の声』を聞いたシッダールタは、不敵な笑みを浮かべて俺の『心の声』に答えていた。
――そして
シッダールタの言うとおり、退院から一週間後の登校初日――『第一相談者』はやってきた。
第二章のハジマリです。
週一投稿頑張ります。
よろしくお願いします。
m(__)m




