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葉桜~late spring days  作者: ともかlabo
待ち合わせ
5/24

1

 あの時、私は一人で追いこまれていた。無意識のうちに自分を追い込んでいた。


 気がつくと、誰もいない練習部屋で、携帯で帰る路線を調べていた。合宿の宿泊先の最寄駅、そこから家へ帰るにはどうすればいいのか、いくらかかるのか、自分の財布にいくら入っているか。


 「お、早いじゃん」


 顔をあげると奏太がいた。うなづくことしかできなかった。


 帰りたい。一刻も早く、ここから消えたい。


 楽しかったはずの音楽に、ここまで苦しめられるなら、もうやめたい。楽器を始めた中学の時からここまで、辞めたいと思った事は一度もなかった。でももう耐えられなかった。うまく演奏できない自分や、周りに迷惑をかけている自分に。


 「どうした?暗いけど。何見てんの?」

 「奏太、お金貸して」

 「いくら?何に使うの?」

 「帰る」

 「どこに?」

 「家に」


 思いもよらない答えに、楽器を組み立てていた奏太の動きが止まった。


 「そんなに金持ちじゃねーんだけど」

 「じゃ、駅で借りる」


 少し考えたあと、私の頭をぽんぽんと叩きながら、奏太はこう言ってくれた。


 「晴香が帰ったら、僕が困る」

 「がんばって」

 「なんだそれ。自分一人ぐらいいなくて平気とか思ってんのか?無理だから。晴香ほど音量ないし、一人で3rdパートできるほど、度胸も技量もない。大体、ギリギリ人数でやっている部活で一人消えたら、どんだけ大変か、分かってるだろ?」

 「でも、楽器が嫌いになるほど辛いのに、続けなくちゃいけないものなの?」

 「嘘つけ、嫌いになれないくせに。何をそんなに背負い込んでるんだよ?」

 「あれこれ」


 目をつぶって少し考えた後、奏太が私の前に立った。


 次の瞬間、両手でほっぺをつねられた。


 「いたい!なにふんの!」

 「口角上げさせてんの」


 つねりながら、なぜかニコニコ笑う奏太にむかついた。


 「えーと、そうだな」


 容赦なく痛い。でもなんだかニコニコしている。心底腹が立ってきた。


 「とりあえず、笑え」

 「なにいってんの?」

 「笑う門には福来たるっていうじゃん。」

 「は?痛いんだけど!離してよ!」


 なかなか離してくれなかった。


 「はーなーせー、いてーよ、ばか」

 「やだ」


 離せ、イヤだの押し問答が続いたが、ほっぺの痛みに耐えられず、私が折れた。


 「練習なんだから、間違えたっていいんだよ。怒られている原因は一人じゃなくて、パート全体なんだから。責任は、晴香だけじゃない。」

 「…分かったよ、帰らない」


 その言葉を聞いて、奏太はつねるのをやめてくれた。


 「コンクールまでの辛抱じゃねーの。ダイジョウブ、なんとかなる」


 そうだった。


 痛みとイラっとした気持ちの中で、自分の責任じゃないと言われて、心底ほっとして、また頑張ろうって気持ちになれた。奏太はなぜか私の心の緩め方を知っている、なんでかな、って思ったんだったな。



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