Sota Side 1
僕は4月が苦手だ。
環境の変化が苦手なのもあるが、3年前のあの日から、4月が来るといつも以上に拓人のことを思い出す。
「奏太は奏太の道を行け。自由にしてやる」
拓人はどこかで分かっていたんだろう。でも、拓人が生きているなら、僕の自由より拓人もいる不自由の方を選択したかった。そんなことは、到底無理な話だけれども。
元気だった拓人との、最後の会話。
いなくなったことを実感したのは、1年後の同じ頃だった。
だから苦手になってしまった。薄紅の花の色も、若葉の緑も、目を伏せると浮かぶあの言葉の前で遠く霞んでゆく。
「奏太のことだから、気にしないということはきっと無理だと思う。思いださないようにしようと意識すればするほど近くに感じ取ってしまうのかもしれないな。戻りたいよな、あの頃に。」
去年は大和がいてくれたから助かった。いなかったら、高校入学という変化も重なって、おかしくなっていたかもしれない。でもあの時の一言で、いろいろなことから吹っ切れた自分がいた。
拓人を忘れる事は一生無い。それでいいんだ。きっと拓人にかかわっていた人はみんなどこかで同じ想いなんだ。そう思えた。そこから僕の高校生活がきちんとスタートしたような気がする。無駄にしたとは思わないけれども、考え事の前で動けなくなる自分の性格が少しだけ嫌になった。
それから1年経った今年はというと、また別の要素が重なって精神的なバランスを取るのが限界に来ている。こんな気持ちになるなんて思いもしなかった。誰かを好きになるなんて、それが拓人にどこか似ている女の子だったりするなんて。
「山田さんだっけ?同じ部活の。手、振ってたけど、奏太、あの子と付き合ってんの?」
先週、たまたま乗った帰りの電車で、大和にばったり出くわし、そして突っ込まれた。大和には隠せなかった。付き合ってはいないけど、本当は付き合いたい、どうにかなりそうなぐらい、好きだということ。
告白しちゃえ、と言われたけれども、理由を話したら黙ってしまった。そりゃ、僕だって、拓人の兄の大和だったとして、同じことを言われたら黙るかもしれない。「拓人と似ている」なんて言われたら。
「分かっているんだ。拓人じゃないって。性格とか行動とか、何となく似ているだけで、全部が全部拓人と一緒じゃない。拓人じゃないって十分分かってる。分かってるけどさ……どうしても怖いんだよ。突然この世からいなくなるってわけじゃない。でもいなくなったらって、妙なことが頭をよぎるんだよ」
晴香は、拓人じゃない。
だから、突然病気になって、またいなくなったりすることは早々にはない。
晴香とは本当に気があって、話が尽きない。おっちょこちょいで目が離せないし、うまくいかないことがあるとすぐぺっこりと凹む。そのくせ、負けず嫌いで、人一倍音楽が好きで、楽器が好きで、曲の練習をしていてうまくできたとき、本当にいい顔をする。
時間を追うごとに拓人と似ている部分が見えてくる。
拓人と二人でいると、時間がいつもの3倍ぐらい早く過ぎている気がするほど、話があってしょっちゅう飽きるまでしゃべってた。野球が大好きで、人一倍練習していた。人一倍声を出して、チームメイトを励ましていた。練習が終わった後、とってもいい顔をしていた。忘れ物をしてしょっちゅう僕に借りていた。話に夢中になると周りに気が配れなくて、しょっちゅう人にぶつかっていた。
この前、晴香が開いていない方の自動ドアにぶつかりそうになった話を聞いて、バカだなと笑いながらも、拓人を思い出していた。こんなところ、似なくていいのにというところが似ている。
気がついたら、好きになっていた。あきれるぐらい、小さなどうでもいいことが、愛しくなるぐらい。
合奏中、メモをとりながら一生懸命やっているかと思いきや思いっきり迷子になって助けを求めている姿。譜面に書きこんだ自分のメモが読めなくてあわてている姿。ともかくちょっとおっちょこちょいなんだけれども、いい演奏ができたとき、うまくハーモニーができたときにするとびきりの笑顔。
だから、うまく吹けなくて落ち込んで、片付けが遅くて友だちに置いてかれて、仕方無く駅まで一人でとぼとぼ歩きながら帰ろうとする後姿を放っておけなかった。気がついたら、晴香を待っていた。一緒に帰れない日は、明日ちゃんと学校に来れるか心配になった。
「山田は彼氏とかいるの?」
「いや、いないって聞いてる。」
「だったらさ、違うって分かっているんだったら、違う、拓人じゃないって気持ちにきちんとケリをつけりゃいいんじゃねーの?」
「どうやって?」
「拓人のところに行ってくれば。4月だから、拓人のことをいつもより思い出すからこそ、踏み出せないんじゃねーの」
分かっている。そうかもしれない。でも、こんな重たいこと切りだされたら、と思うと踏み出せなかった。死んだ親友と似ているなんて重たい話聞かされたら、きっと引いてしまうだろう。でも、好きという感情は変わりなくある。嫌われるぐらいなら、言わずにそっとしまっておきたい。
でも、そんなことできるだろうか。そんなことしている間に、晴香は誰かを好きになって、そんな誰かと付き合ってなんてことになったとしたらどうだろう。そんな現実がもし起きたら耐えられるだろうか。
はっきり分かる。きっと無理だ。きっとそいつに嫌がらせなり、一発殴るなり、僕は何かをしでかすだろう。
その日は、翌日晴香の顔をまともに見れるか、まともに話せるか自信がないほど落ち込んだ。
このままだとずっと、同じところで足踏みしてしまう自分が、いやになるほどよく分かっていた。