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「こんな待ち受けでいいのかよ、女子高生。」
「いいんだよ。」
そう言った晴香は、まっすぐに僕を見ていた。優しいのに、まっすぐで、嘘のない視線。
「私ね、ずっと見ないフリしてた。それでいいと思ってた。というか、その方がいいと思ってた。」
分かってた。心の中で答えた。
「でもね、昨日葵ちゃんと電話で話してて気がついたんだ。
見ないフリをしていても、気がついたら、奏太のかけらをずっと手の届くところにおいていたんだ。私の行動は他の人から見たら、逃げているだけに見えることだったみたい。」
僕は話している晴香の手をとって、そっと握った。柔らかい、少し小さくて白い晴香の手のひらを、両手でそっと包んだ。晴香がうつむいて、重ねた手をじっと見ていた。
廊下を数人が走っていく足音がした。そろそろ昼練をするやつが来るかもしれない。晴香の顔をそっと覗いた。
「言ってほしいな。」
晴香がビクッとして僕の顔を見た。
「うそ。」
ほっとして油断した晴香の手に、キスをした。
ビックリした晴香が、口をパクパクしていた。ちょっとやりすぎたかな。でも昨日から落ち着きのない気持ちでいた晴香に、ちょっとでも元気が出たらなと思った。
というか、本当はキスしたかっただけだけれども。
「おまじない。午後も頑張れるように。」
「あ…あり、がとう。」
どぎまぎした顔の晴香に、言うかどうか悩んで、やっぱりお願いしてみた。
「ごめん、おまじない、してくれる?」
「えぇぇぇ!」
「誰か来ちゃうよ。」
「…えっと…」
誰もいないのに、きょろきょろ見回したあと、恥ずかしそうに、僕の手にキスをしてくれた。
「ありがと。残りの授業、がんばれそう。」
キスをもらった手を晴香に見せて笑った。晴香は恥ずかしいのかうつむいて、僕の方をなかなか見なかった。
さて、そろそろ限界だなと思い、音楽室のドアの方を見た。案の定、サックスコンビと、入らないよう止められたのか、昼練をしにきた泰一郎がそこにいた。やっぱりな。
僕は晴香の様子が気になりながらも、音楽室のドアを開けた。
「お待たせしました。ご協力ありがとう。」
「奏太くん、奏太くん。」
ワクワクした顔をしたヒヨコちゃんコンビと、やれやれという顔をした泰一郎がそこにいた。とりあえず、できる限りの笑顔を3人に向けておいた。
言葉にしなくとも、伝わるものは伝わるってことで、晴香から聞きたかった言葉は、また落ち着いた時にでも聞くとすることにした。そりゃ、やっぱり、好きって、好きな彼女から聞けたら何より幸せ。
うっかりしていて、おっちょこちょいで、恥ずかしがり屋の晴香の隣を、ゆっくりゆっくり歩いていこう。