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うっかり寝坊してしまった。いつも朝練で早めに出ているから、多少の寝坊は許容範囲だけれども、今日の寝坊はギリギリセーフもしくはアウトの時間だった。お姉ちゃんが起こしに来なかったら完全に学校を遅刻していただろう。
頭が回らない中、焦りだけが先行した。とりあえずテーブルにあった菓子パンをかじった。心配するお母さんと何やらニヤニヤしていたお姉ちゃんをよそに、バタバタと出て、何とかギリギリ間に合った。
遅刻なんて普段だったら絶対にないし、朝起きられないこともない。まぁ、昨日の電話の時間と、その後の眠れなかった時間を考えれば無理のないことではあるけれど。
葵ちゃんとの電話を切った後、気持ちは少しスッキリしたのに、なんだか眠れなかった。なんて話せばいいんだろう、付き合うとなったらどうすればいいんだろう、頭の中でいろいろなことがぐるぐるとしていた。
何とか間に合って、混乱した頭で1限を受けて、ぐったりしていたら、葵ちゃんと理子ちゃんがやってきた。
「晴香~~~!!聞いたよ~~~~!よかったね~~~~!」
理子ちゃんは来るなり強烈なハグをしてきた。授業を乗り切った疲れもあり、ちょっと辛かった。それより、「よかった」なのか、いまいち理解できずにいた。
「葵ちゃん、昨日は夜遅くにごめんね。大丈夫だった?遅刻しなかった?」
「うん、大丈夫。晴香は…あんまり寝てないみたいだね。」
「うん、遅刻しかけた。」
「珍しいね~。」
2人が顔を見合せてビックリしていた。普段だったら遅刻なんてありえないからな。
「そうすると、今日はまだ奏太くんに会ってないんだ。」
理子ちゃんに言われてビクッとした。そう、いつもだったら一緒に朝練をしているのだけれども、今日は遅刻しかけた=奏太には会っていない。うなずくしかできなかった。
「じゃあ、まだ返事してないんだ。」
これまたうなずくしかなかった。
「それじゃ、ちゃんと返事しなくちゃね。行こう!」
そう言うと2人が手を引いて、隣の奏太のクラスに連れて行こうとした。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って」
この期に及んで、心の準備がまだできていない。
「え?なーにー?後でちょっと話がしたいって言いに行くだけじゃん。」
葵ちゃんがニヤニヤしながらそう言った。確かに、そうなんだけど、それをうまくいえずうつむいた。その様子を見た理子ちゃんが助け船を出してくれた。
「まー、部活の時間までに決着つければいいんじゃないの?」
ありがとう、助かった。そうこうしているうちに、短い休み時間が終わった。
「じゃ、次の休み時間に行くか!あとでね~!」
2人がバタバタと去って行った。ホッとした。
ふと気になって携帯を見たら、メールの着信が入っていた。宛名は奏太からだった。ドキドキしながら開けると、奏太の家の猫のココアさんの写メ付きのメールだった。
『無理は禁物ってココアさんから伝言。』
ブサイクな顔をしたココアさんを見て、なんだか一気に気が抜けた。奏太のせいだよと、心の中で毒づく自分がいた。