Haruka Side 2
Haruka Side 2
2週間前だっただろうか。奏太が風邪をひき、合奏を休んだ時のことだ。葵ちゃんが珍しく、付き合っている耕太先輩と一緒に帰らず、理子ちゃんと私にお茶しようと誘ってきた。嫌な予感はしていたが、案の定突っ込まれた。
「ところで、奏太くんと晴香って付き合ってるの?」
一も二もなく否定した。同じパートなだけなのに、何でもかんでも恋愛話に持ち込むな、とやや腹が立った。ただ、葵ちゃん曰く、奏太の私に対する接し方が、気のあるような、ほかの人とはちょっと違うものを感じることがあるそうだ。
「わからない。だいたい、奏太は後輩にだって優しいし、先輩にだって気を遣ってるし、別に私にだけってことは…」
「いやー、晴香は鈍いから分かんないだろうけどさ。だいたい、私とか理子ちゃんだっているのに週の半分以上、いや、ほぼ毎日、晴香を待ってあげてるんだよ。普通の同級生だったら、そんなことする?」
理子ちゃんと私は帰りが同じ方向というのもあって、一緒に帰ることも多かった。そういえば、最近理子ちゃんと一緒に帰ってないと話していた気がついた。
理子ちゃんと葵ちゃんは同じサックスパートにいる。パート練の時に、二人で、「あの二人は付き合ってるんじゃないか?」という話になったらしい。
葵ちゃん曰く、1月ぐらいから、気を利かせて私が遅くなってしまった時に待つのを止めたのだそうだ。アンサンブルの練習があったから全く気づかなかった。ク ラリネットパートは先輩が若干体育会系の気質があり、練習時間ギリッギリまで粘りに粘って練習していたから、他のパートが帰っていたということが何度も あった。
自分たちのいないクラリネットパートの練習のことを、どんな目で見ていたんだろう。いったい何をあれこれ想像していたのだろうか。
それにしてもだ。
奏太だって変な噂がたてば迷惑だろうし、同じパートだからってそんなこと考えて接していたら、先輩から目をつけられるのを分かっているから、恋愛感情とかを持ち込むのはややこしくてしたくないんじゃ、と思う。いや、そう思いたい。
奏太の行動がその証拠に思える。
奏太は、私よりちゃんと曲の勉強もしているし、譜読みも早いし、飲み込み早いし、練習熱心だし、結構きちんとしている。集中して練習に取り組んでいる時は、話しかけるのも何となくはばかられる。そして、出来上がった状態を合わせた時に聞いて、「まずい、やばい」と焦らされる。私も頑張んなくちゃと思うし、技術面で追いつきたいし、一歩でも近づきたい。
楽器のことだけじゃない。
なんだかんだで頭がいい奏太は、部活をきちんとやっているにもかかわらず、クラスでも時折トップ10に入る成績を保っている。本人は「運が良かった」なんて言ってるけど、たぶん違う気がする。
それに、スポーツもそれなりにできるし、身長もそれなり高くて、ひょろっとしているけどガリガリでもなく、眼鼻立ちもそれなり整っている。性格も、ちょっとうっかりしているけど、周りに気配りができて、優しくて、全くモテないというわけでもない、と私は思う。成績も本当にまん真ん中、見た目も平凡な私から比べたら、何につけても奏太の方が上だ。
でも、全く気になっていないかというと、それも違う。
私と同じクラスの子に告白されて、それを断ったと聞いたとき、表面上は興味ないって顔をしたけど、本当はすごく気になった。その子は、クラスではそんなに目立たないけど、おっとりした和風美人で、ひそかに人気があるっていう噂の子だったから。並んで歩いていたら、とってもお似合いじゃないかと思える子だったから。
なんで断ったの、なんて聞けなかった。聞いたら教えてくれたかどうかも分からないけど。聞いてどうしたいというのも、よく分からないけど。
奏太が別のクラスでよかった。心底そう思った。同じクラスだったら、きっと言わなきゃよかったような言葉を、思わずぽろぽろ出してしまっていたかもしれない。
恋愛とかを持ち込んで、女子率のほうが高い部活内、特にパート内に面倒な空気を持ち込みたくもない。それが心の中で一番の優先となっている。いいやつだよな、とは思うけど、恋愛対象として見てしまうと、パートが同じなだけに、面倒くさい。
「晴香はさ、面倒くさいが先に立って、奏太くんのこと何とか除外しようとしていない」
してないしてない、と即答したけれども、葵ちゃんの言葉が心にグッサリと刺さった。分かってる。奏太は、女子として何にも思わないのは難しいぐらい、いいやつです。毎日隣で見ていると、女子としては「そばにいたいな」なんて思ってしまう、そんないいやつです。
でも、そういう対象で見てしまって、実は私の勘違いだった、とか、勘違いのその後を考えると怖いというのも実際。とりあえず、距離が離れるのは嫌だ。友だちであり、同じ楽器をやっている同じ部活の仲間、この関係は壊したくない。
そう、「友だちとして」本当に信頼している。
だから、今日の帰りの突然の発言にどうしたらいいか、全く分からなくなった。そんな真面目な顔して、真剣な顔して、出かける約束なんてしてほしくなかった。
だって、ただの友だちだよね、私たち。
私は……好きじゃないわけじゃない。どういえばいいんだ、この気持ちは。
理由も話さず、どこに行くかも言わない、というか、言えない奏太に突っ込めなかった自分がいた。突っ込んだら悪い気がしていた。明日はいったいどこに行くんだろう。頭の中でいろいろなことがぐるぐる回る。
とりあえず、ギュッと目をつぶった。
一向に止まらないぐるぐるしたものを振り払うように。
そうこうしているうちに、眠ってしまった。