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うちのクラスの時間割を決めた先生を恨みたくなる月曜1限が終わった。何が楽しくて、月曜日の1限から古文なんだろうと晴香に愚痴ったことがある。だけど、逆に晴香からうらやましがられた。大河ドラマとか好きだから、奏太がうらやましいなと言っていた。
いつもは朝練で早めに来ている晴香が、今日は音楽室に来なかった。
昨日の今日で顔を合わせづらいのかもしれないと思っていたら、遅刻ギリギリの時間、校門で猛ダッシュをしている晴香が見えた。珍しい。
古文の教科書をしまって、溜息をついていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと泰一郎がいた。珍しい。いや、何か察したんだろうな。
「ちょっといいか。」
僕と泰一郎は教室を出て、廊下で話をした。
「晴香が遅刻寸前で学校来たかと思えば、1限終わって、隣のクラスのヒヨコちゃんが2人来た。」
「ぴーちくぱーちく、うるさかった?」
「まあな」
泰一郎の聞きたいことがすぐに分かった。話しだす前に僕の方から切り出した。
「したよ、玉砕。」
「え?」
「うそ。玉砕はしてない。言ったよ、晴香に好きだって。」
泰一郎は苦笑いしながら、聞いてきた。
「それで?晴香ちゃんは何て言ってた?」
「混乱してた。あたり前だよな。答えはまだ。急がないって言ってある。」
「そうか。」
「大丈夫、これぐらいでぐちゃぐちゃになるような仲じゃないし、このことで部活に影響出さないようにする。それは約束する。
ただでさえ、引退してぐちゃぐちゃにして、卒業してった人たちがいるんだからさ。これ以上面倒を増やして、楽器続けたくなくなるようなことはしないから。」
「それ聞いて安心した。」
ほっとした泰一郎の顔を見て、僕もほっとした。短い休み時間が終わるチャイムが鳴った。
2限が数学、3限が体育で、朝の出来事を半分忘れかけていた。
教室に戻る途中、晴香から声をかけられた。遠くに泰一郎が2人のヒヨコちゃんと称したサックスコンビが見えた。呼びとめたのに勇気が出ないといった様子だった。晴香がおずおずと一度振り返ると、2人は知らんぷりをした。その様子がおかしくて、笑ってしまった。
「ごめん。面白いわ、晴香。」
「人が真剣に呼びとめたのに。」
「真剣に、ね。ごめんごめん。で?」
「えっと…あとでちょっと話がしたい。昼休み、時間もらえるかな?」
遠くにいるサックスコンビに目をやった。2人そろって何やら両手を合わせて拝んでいる。『奏太、頼む』って顔をしていた。おかしくてしょうがなかったけれども、笑わないようにした。
「大丈夫だけど…畑中と高城はいないところがいい。」
晴香の顔が不安で歪んだ。笑いをこらえながら、もうどんな答えでも驚かないという気持ちになった。どんな答えであったとしても、晴香とあの2人のフォローは忘れないようにしよう。
「わかった。じゃ、あとでね。」
それだけ言って、晴香は2人の元に走り去って行った。
今日も何とか笑顔でいれているならそれでいい。心からそう思った。