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自分はどう思っているんだろう。奏太がかっこいいかそうでないかと問われたら、かっこいいかなって思う。私より背も高いし、すらっとしていて、隣の席で楽器吹いているとき、ちょこっとだけ誇らしい気持ちになったりする。分からないことがあっても教えてくれるし、フォローしてもらってばっかりだけど、イヤミじゃないし。
でも、好きって言うほど好きなのか、自信が持てない。「彼女」としての自分が思い描けない。自分のことなのによく分からない。付き合うとかそういう関係になるって、どういうことなんだろう。
普段、電話で話すのは苦手だけれども、気持ちの整理がつかないのと、アドバイスが欲しくて、葵ちゃんに電話をかけた。時計を見ると、もうすぐ明日になるような、そんな時間だった。こんな時間に電話して、本当に申し訳ないと伝えた。けれども葵ちゃんは、頼ってくれてうれしいと言ってくれた。
私、葵ちゃんに何にもしてあげられてないのに。
ひとまず、今日一日のあったことを、ざっくりと包み隠さず話した。奏太に抱きしめられたこと、『好きだ』と言われたこと。自分の奏太に対する気持ちが分からないということもひっくるめてすべて話した。
電話の声から何かを察したのか、葵ちゃんは茶化さず、うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれた。
「そうか。私と理子ちゃんが予想していたとおりだったか。」
「うん。私、奏太のこと、ちゃんと見てなかったんだなって思った。
奏太はずっと見ていてくれて、いろいろ気遣ってくれていたのに、私は『悪いかな』とか、『邪魔されたくないかな』とか、『面倒になったら悪いな』とか、いろいろ理由付けて、逃げて、奏太のこと傷つけちゃってたかもしれない。」
「うーん、確かにそういうところもあるかもしれないね。
でもさ。
晴香の不器用さもよく見ているから分かっているんじゃないのかな。奏太くんはそれも分かった上で、晴香のことを好きになったんじゃないの?たぶん、混乱させてしまうことも、顔合わせるのが嫌で部活でないとか言いだしそうなことも、全部ひっくるめた上で、それでも好きだって伝えたかったんじゃないのかな。」
葵ちゃんの話を聞きながら、奏太のことをもう一度よく考えてみた。でも、うまく答えが見つからなかった。
「どうしたらいいか、どう思っているのか、奏太だって急いでないって言ってたんでしょ?また明日とか、普通に話しながら考えてもいいんじゃないの?」
普通に、普通になんてできるのだろうか。全く自信がない。
「あとさ、晴香は気づいていないかもしれないけど…晴香の携帯の待ち受け、今なんだっけ?」
「えっとね、奏太のうちの猫のココアさん。」
「その前は?」
「変顔の奏太と泰一郎くん。面白すぎて、落ち込んでいる時に見たら楽しい気持ちになれるから。」
「その前は?」
「覚えていないけど、なんだったっけな?」
はっと気がついた。
私は知らない間に奏太のかけらを身につけていたのかもしれない。一緒にいてくれることで救われていた、それが携帯の待ち受けに現われていた。
「もしもし?」
「葵ちゃん、もしかして気づいてたの?」
「そうだね。だから、『付き合ってるの』って聞いたんだよ。」
葵ちゃんと理子ちゃんは、私と奏太が付き合っていると確信していたらしい。
「晴香はさ、奏太くんの携帯の待ち受けって見たことある?」
「ないけど、どうして?」
「あー、そうか。もしかしたら見せないようにしていたのかもな。あのね…」
私が思いっきり否定したのを見て、葵ちゃんと理子ちゃんは奏太が哀れだと思ったそうだ。たまたま発見しちゃった葵ちゃんは、もうすでにそういう関係なんだと思って、理子ちゃんとも「あの二人ならうまくやってそうだよね」と話していたそうだ。
奏太の行動は突然起きたことではなく、ずっと点として存在していたことだった。私がその小さな点を見ているのに気付かなかった、それだけの話だった。葵ちゃんに電話してよかった。
「ありがとう。葵ちゃん、私さ、何か、やっと分かった気がする。」
「どういたしまして。明日ちゃんと言うんだよ。」
「うん。ありがとうね。おやすみ。」
電話を切ってベットに座った。
朝開けたカーテンがそのままになっていた。
窓の向こうに、うすい月が浮かんだ空が見えた。