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仲間という言葉がもどかしい。
晴香の気持ちは、泰一郎の言うとおりなのは分かっていた。
恋愛感情を排除して考えているということは、普段から見ていてよく分かっていた。それでも、自分の中に湧いてくる好きという感情を、無理やり止めることなんてできなかった。
ただ、仲間でありそれ以上ではないことを、晴香本人から目の前に提示されると、僕にとってはもどかしくて言葉に詰まった。
それ以上に、もう一歩前に進めないだろうか、僕たち。
拒絶されるかもしれないこと、距離が離れてしまうかもしれないこと、実は誰か好きな人がいるのかもしれない、そんなことが一瞬頭をよぎった。
泰一郎の言葉がふと浮かんだ。
「腹くくって、玉砕すりゃいいじゃん。」
沈黙に耐えかねたのか、晴香が気恥ずかしそうにベンチを立とうとしていた。
僕は晴香を抱きしめた。
「待って、行くな」という言葉より先に、体が動いていた。もうどうなってもいい。嫌われたっていい。仲間という言葉のもどかしさを晴香にぶつけた。
「嫌だ。仲間じゃ嫌だ。晴香は僕が仲間じゃないとダメか?」
自分の身に起きている状況に混乱しているらしく、晴香は言葉に詰まっていた。
「好きだ。晴香が好きだ…仲間じゃ嫌なんだよ。」
好きだという言葉を聞いた晴香がバタバタして離れようとした。僕は少しだけ力を込めて抱きしめた。まだ話は終わってない。
でも少し冷静になった僕もいた。突然こんなことされたら、それはビックリするよな。でも腕の中にいる晴香を離したくなかった。
こんな無理やりなことして一方的に想いを伝えるなんて、ちょっと卑怯かもしれない。でも晴香の柔らかい体温を感じて、僕は冷静でいられなくなった。今、きちんと想いを伝えなかったら、自分が壊れてしまいそうな気がした。
「ずっと怖かったんだ。好きっていう気持ちが強くなることが。拓人に似ているところが見つかるたび、怖くて仕方無かった。」
拓人に似ているという言葉を聞いた晴香の動きが止まった。
「僕が好きなのは晴香なのか、拓人に似ている晴香なのかよく分からなくなったり、拓人じゃないのに、目の前からいなくなるんじゃないかって、怖くて仕方無かった。
でも違うって分かったんだ。
晴香が笑っていてくれたら、そこにいてくれたらいいんだって、やっとわかった。」
ずっと思っていたことを晴香に伝えた。嫌がられたっていい。伝えられたら、それでいい。やっとそう思えた。無理やり聞かせたに近いけれども、やっと言うことができた。
晴香の体温が心の奥にじんわりしみこんでくるような、柔らかい気持ちになっている自分がいた。
しばらく沈黙が続いた。
沈黙を破るように、晴香が僕の肩に頭を乗せた。
「奏太、ごめん。」
その言葉に、うろたえた。でも続きの言葉を聞いて、やっぱりという気持ちになった。
「奏太、ごめん、分からないの。どうしたらいいか、自分がどういう気持ちか。ごめん。」
そうだよな、急に抱きしめられて、想定してないこと言われたら、誰だってそうなる。晴香のことだから、なおさら、混乱してしまっただろう。
肩を抱いていた右腕を解いて、頭をそっとなでて、晴香から離れた。
「答えは急がないから。ゆっくり考えて。
これは僕のわがままだけど、いいかな。
このまま気まずくなって楽器やめて、部活辞めたりとかしないでほしい。
僕は誰よりも一番、晴香の音が好きだから。
仲間として誰よりも信頼しているから。
ものすごくわがままなこと言ってるって分かってる。
でもさ、仲間である前提は変わらない。
仲間からもう一歩進みたい。そう思ってるから。」
晴香は黙ってうなずいた。
「ありがとう。」
うなずいて、そのままうつむいてしまった。
「腹減ったな。昼飯行くか。」
うつむいていた晴香の手を取って、バス停に向かった。