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奏太は境内にある桜の木を見上げていた。そういえば、桜が苦手だって言ってたよな、この前。
去年、部活で初めて会った時ってどうだっただろう。4月のあたり…
確か、普通なんだけど、若干冷たいというか、何か最低限のコミュニケーション以外はあまりしゃべらないのかなという印象だった。お互い同じ名字の先輩がいるから下の名前で呼ぶねとパートの先輩に言われたけど、その時に「『さん』とか『くん』付けするの、同じパートだから無しにしない?慣れなければいいけど」と言われたぐらい。その時は意外とフレンドリーなのかと思ったりはしたけど、あとはどちらかというと無口な印象だった。
連休明けぐらいから、少しづつ話すようになったような、こういう性格だったんだと思うぐらい明るくて、曲とか部活の雰囲気作りとかに積極的にかかわる方なんだなと思ったんだった。
たぶん、拓人さんのお墓参りした前後だったのかもしれないな。鎌田さんと何か話して、吹っ切れたところがあったんだろうな。今日やっと分かった。
どこかで、「今声かけたら悪いかな」とか「逆に変なこと言って怒らせるんじゃないかな」とか勝手に思ってた。でもそれは、逆に奏太を一人で悩ませてしまっていたのかもしれない。
すべてにおいて、私の方が心のどこかで、奏太の抱えている痛みだったり悩みだったり、それらを見ないフリして避けていたのかもしれない。全部というのは非現実で意味のないことだけど、1%ぐらいは軽くしてあげることもできたんじゃないかと思えてきた。考えごとをしている奏太に声をかけてたら、1%ぐらいは一緒に背負えたかもしれない。
四六時中明るくいることも非現実だしおかしなことだけど、一日のうち7割ぐらいは明るい奏太でいてほしい。『笑う門には福来る』なんて自分で言ってたくらいなんだから。
私には何ができるんだろう。大したことはできないけれども。
こっそり近づけば、今なら気づかれないかなと思った。そっと奏太の後ろに周り、買ってきたお茶を首にくっつけてみた。予想以上だった。
「うわっっ」
「ビックリした?何か考えているみたいだったから、驚かせてみたくなっちゃった。奏太が気を抜いている時ってあんまり見かけないから。」
「そうかな?」
「喉乾いたでしょ?たまには気が利くんだな、私。」
考えごとをしていた表情から、いつもの柔らかい表情の奏太に戻った。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
奏太の座っていたベンチに私も座った。
上手く言葉が見つからないけれども、何とかなるかな。本当は目を見て話すのがいいんだろうけど、うまく話せなくなりそうだったので、桜の木を見上げながら、奏太に思ったことを伝えてみることにした。
「あのさ、奏太。」
「ん?」
「この前…入学式の演奏の後でさ、桜が苦手って言ってたじゃん。」
「うん。」
「去年どうしてたかなって思ったんだけど、思いだせなかった。奏太のこと、どういう印象だったかなって。4月の、部活入ったぐらいの頃、私ね、奏太ってちょっと怖いのかな、あまり会話とかしない方なのかなって思ってた。」
奏太は何も言わずに、ただ頷いていた。
「で、ふと思い出したんだ。5月に入る手前ぐらいに、今の奏太にぱっと切り替わって、『あ、ホントは明るいんだ』って思ったなって。」
「そうか…自分では普通にしてたつもりだったけど。」
「あの時は分からなかったんだけど、拓人くんのお墓に行った後だったんじゃない?」
奏太の顔を見たら、図星、と書いてあるような顔をしていた。
「奏太、私でよければ、いてあげるから。たまには頼ってよ。仲間じゃん、私たちさ。」
ちょっとクサイ言葉だけど、奏太の目を見て伝えた。
話聞くとか、それぐらいしかできないけど、吐き出すことでラクになるならそれでいいかなって思った。誰かがいるって分かるだけで、私自身が強くなれた。奏太がいるから、大丈夫、何とかなるって思って、乗り越えられたこともあった。
頼りないし、負担になるかもしれないけど、私がいるからって言葉で奏太がちょっとでもラクになれたらって思った。
仲間として。友だちとして。それ以上でも以下でもなく。
伝えたい言葉を言い終って、私はちょっとスッキリしたけれども、奏太の方は、なんだかまた考えごとをしているような、表現しづらい顔をしていた。
「い、行こうか?お腹空いちゃったよ。」
何だか恥ずかしくなって、座ったベンチを立とうとしたその時だった。
奏太が私の動きを封じた。