表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葉桜~late spring days  作者: ともかlabo
心の中
13/24

5

 つねられた頬に触れながら、「あの時」がいつだったかをぼんやりと思い出した。部活の合宿の時、晴香が思いつめていた時のことだと気がついた。あの時は、数日前ぐらいから様子がおかしいと思っていたけれども、そのうち解決するかなと思ってみていた時だ。


 あの時。


 昼飯の時もあんまり食べず、気がついたらいないから、おかしいなと思って早めに練習部屋に行ったら、携帯見ながら「帰る」とか言っていたんだっけ。


 ぼんやり考えていたら、首筋に冷たい感触が走った。


 「うわっっ」

 「ビックリした?」


 ぼんやり考えごとをしているのが見えたから、驚かせようと思った、と晴香が笑って言った。


 「喉乾いたでしょ?たまには気が利くんだな、私。」


 自慢げな顔をしながら、自販機で買ったお茶を渡してくれた。


 「ありがとう。」

 「どういたしまして。」


 隣に座った晴香が、お茶を一口飲んで、目の前の桜の木を見上げていた。


 この時期の桜の木を見るのが、ずっと苦手だった。


 満開の桜に心躍らせて、約束を叶えるために一緒に頑張ろうと誓ったはずだった。4年前の葉桜の頃、それができないと言われた。闘病で体力が落ちることだけでなく、どこかで、自分の死期を感じ取っていたのかもしれないと今なら分かる。


 拓人が亡くなった後、本当にいないんだということを、なかなか理解できずにいた。気がつくと桜はもうとっくに散っていて、葉桜が1年という時間をまざまざと見せつけたような気がした。


 「あのさ、奏太。」

 「ん?」

 「この前…入学式の演奏の後でさ、桜が苦手って言ってたじゃん。」

 「うん。」

 「去年どうしてたかなって思ったんだけど、思いだせなかった。」


 去年の同じ頃。新しい仲間とうまくやっていけるかという悩みと同時に、拓人だったら、あいつが生きていたらと、手持無沙汰な通学の車内でうじうじ考えて、前を向けなくなっていた。


 「で、ふと思い出したんだ。5月に入る手前ぐらいに、今の奏太にぱっと切り替わって『あ、ホントは明るいんだ』って思ったなって。」

 「そうか…自分では普通にしてたつもりだったけど。」

 「あの時は分からなかったんだけど、拓人くんのお墓に行った後だったんじゃない?」


 晴香の指摘の通りだった。


 大和に『あの頃に戻りたいよな』と言われたとき、一人じゃないことが分かったとき、心底ほっとした。


 「奏太だけじゃないんだよ。俺だって、家族だって、他の奴だって、みんな生きていたらって考える。奏太は一人じゃないんだからさ。たまには吐き出せ。」


 大和にそう言われた。


 晴香が話を続けた。


 「奏太、私でよければ、いてあげるから。たまには頼ってよ。仲間じゃん、私たちさ。」


 桜を見上げた晴香の言葉に、心の中の、奥の奥をつかまれた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ