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手桶を元の棚に戻して、僕たちはバス停へ向かう道を歩いた。
「ありがとう、晴香。」
「どういたしまして。」
少し間が空いた後、晴香が話しかけてきた。
「あのさ、奏太」
「ん?」
分かってる、聞きたいこと。顔に書いてある。そう思っていた。
けれども、出てきた言葉は意外なものだった。
「たまには、逃げたっていいんだよ。なんて言うか、たまには、頼ってよ。頼りないだろうけど。」
意外すぎて、動けなくなっていた僕の手を、晴香がすっと引っ張った。
「は~らへった~、は~らへった~」
そのまま手をつないで歩いた。どんな心境から来るのかよく分からない。手をつなぐって、どう受け取ればいいのかよく分からない。僕の混乱をよそに、晴香はつないだ手をぶんぶん振り回してきた。
「たまに難しい顔してるとき、声かけていいか分からないんだよ。」
晴香がぶんぶん振り回しながら、真面目な顔して話し始めた。
「私、頭悪いし、気が利かないから、どう切り出したらいいのか、何を考えているか、どう聞いたらいいか、ずっと分からなかった。」
「頭悪いってことはないと思うけど。」
「でも頭悪くてよかった。奏太よりは単純だし。」
「なんだそれ。」
手を離した晴香が、僕の目の前に立った。ビックリして止まったら、真面目な顔をしたまま、僕の頬を両手で思いっきりつねってきた。
「いたたたたた」
「どーだどーだ痛いだろー」
「いたい」
「あの時、私も痛かったけど、ほっとしたんだ。」
あの時と言われて、いつだか思い出せなかった。けど、気がつくとさっきまでの真面目な顔から、いつもの笑顔に戻っていた。
「トイレ行ってきていい?お寺さんで借りれるかな?」
「たぶん大丈夫だと思うけど。」
「ごめん、ちょっと待ってて。」
とりあえず、境内のベンチに座って待つことにした。