Haruka Side 1
それは、なんてことない、いつもと同じ部活の帰り、のはずだった。
その日は合奏でうまく吹けなくて、ぼこぼこに凹んで、練習が終わった。放心状態だったらしく、奏太に軽く頭をはたかれて、周りの状況に気がついた。
「とりあえず、楽器後にして、譜面と椅子ぐらい片付けろ。みんなが帰れないだろうが」
「ごめん。ぼーっとしてた」
とりあえず、楽器を部屋の端の机に置いて、譜面と椅子を片づけた。ミーティングは特に連絡事項もなく、あっさり終わった。明日が休みでよかった。みんなさっさと帰りたいので、さっさと終わってくれた。
とりあえず、楽器を片づけなければ帰れない。精神的に凹んでいると、いつも遅い片付けが、さらにどうしようもなく遅くなってしまう。
「まあ、そんなに落ち込むなよ。休んでまた、来週練習して挽回すりゃいいじゃん。帰ろう帰ろう。駅まで一緒に行こうぜ。」
奏太は優しい。
同じクラリネットパートで同じ学年、並んだ時も隣同士。クラスは一緒になったことはないけれども、何かと仲良くしてくれる、気楽な仲間だ。
そう、ただの、気楽な友だち。
駅 まではそんなに遠くないけれども、合奏後のクタクタ状態の私にとっては、ちょっとした苦行だ。誰か話し相手がいるとちょうどいい。特に凹んだ部活の後の話 相手が奏太だと、駅に着くまでに気が晴れることが多い。
話の中身は他愛もない、世間話だったり、今日の合奏の話だったりするのに、駅に着くころには落ち込んだ気持ちが晴れている。たぶん、どこかで、浮上させるカギを知っているのかもしれない。そういう話をうまく見つけて、今日はこういう方向かなとか察しているのかもしれない。こういうことできるって、すごいよなー、女の私が見習えよと思うぐらい。
いいやつだなって思う。
話が途切れて、やや間が空いて、ふと溜息をついたところだった。
「ところでさ、晴香、明日、暇?」
「え?」
ちょうど目の前をトラックが通り過ぎて、今聞こえた言葉が本当なのか、よく分からなかった。
「だから、明日の日曜日、暇かどうか聞いたんだけど。」
「明日?特に予定ないから暇だけど?」
いつもふわっとニコニコしている奏太が、その時は妙に真面目な顔をしていた。
「ちょっとさ、付き合ってもらっていい?」
「え?」
「一緒に行ってほしいところがあるんだけど。」
あまりにまじめにそんなことを言うから、妙に緊張してしまった。うまく言葉が見つからない。別にただの同じパートの同じ学年の、たまたま隣の…要はただの友だちにそう言われてしまい、いったいなんなのか、頭が回らない。
どうしよう。
「無理ならいいよ、一人で行くから」
「い、いや、無理じゃない。っていうか、突然すぎて。何で?」
今度は奏太が黙った。自分が付き合ってほしいとか行ったくせに、なぜ黙る。さては、後ろめたいことなのか?それとも…あまり言いたくないし、聞きたくないけど…やっぱりその…
「彼女に何かプレゼント、とか?」
「いや違う。違うけど……明日でいいか?」
私の発した言葉は、奏太の真面目な表情の前で一気に気化して消えた。そんな思いつめた顔しないでほしい。いろいろ、あれこれ、どうでもいいことを考えてしまう。
「分かった。じゃあ、明日教えてね。で、どうするの?待ち合わせとか…」
駅に着くまで、明日どうするかを打ち合わせて別れた。奏太の家は私と逆方向だ。お互い待ち合わせやすい、学校の最寄駅で、朝9時に待ち合わせることにした。
奏太と別れて、ホームに上がり、ベンチに座ってぼんやり、反対方向のホームを眺めた。
少し遅れて階段を上がってきた奏太は、数分前の真面目な顔に戻っていた。でも、電車を待っていた私に気付いて、いつもみたいに手を振ってくれた。奏太の方向より前に、私の方の方向の電車が来た。窓越しに奏太に手を振った。
また明日。とりあえず、また明日だ。