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旅人の唄  作者: 水崎
3/4

死の唄


 死んでしまおう。

 あなたに会えない世界なんて

 もう、世界じゃないの。




 一度だけ思ったことがある。

「どうしてわたしはうまれたんですか」

 そんな悲しい言葉を。

 いいえ、正確には、一度ではなかった。でもそれを思わないように思わないようにとただただ無駄な努力を繰り返してきたのだから、一度ってことにしておきたい。

 生まれたから死ぬという定義が正しいのならば、死ぬから生まれるというそれも間違ってはいないだろう。いつの間にかここは、流れ流れ、流れていく時に身を任せているだけで生きていけるような世界ではなくなっていた。

 世界に自由は存在しない。彼が望んだような――いいえ、わたしが願ったような自由は。

 さぁ、今は何度目なのだろうか。わたしはあの彼と死別した世界に別れを告げてから、何度目の生を受けたのだろうか。死ぬ生まれるを繰り返している内に記憶は擦れて霞んで、遂にはわたしの以前の名を、彼の以前の名も、お互いの顔つきも声も忘れてしまっていた。わたしはあらゆる物に生まれ変わった。もちろん人にもなったし、生まれて直ぐに踏みにじられた名も無き花にも、五月蝿く飛び回る虫にも、小さな微生物にも、時には人に造られた意志のある機械人形にさえも。

 再び目覚める度に感じた。周りで生きるものたちから放たれる、その「生きよう」とする必死の鼓動を常に感じていた。その生命の、大胆で弱々しくて見栄えも何もないぎすぎすとしたメロディー。わたしは不快で不快で仕方がなかった。

 どの世界で何に生まれても、何を思っている時も『生きている』それは、ただ変わらない事実ということだけだった。

 そう。意味がないのだ。生きているだけでは、普通に息をしているだけでは。わたしが求めているのは生でもなくもちろん死でもなく、その一生の内に得る充実感でもなく、はたまた生まれ変わることでもない。

 彼に会うこと、ただそれだけ。

 生まれて生きて死ぬ。それは最早私にとって彼を探す為の、ただの手段だった。それ故か、今のわたしはちっとも命を大事にできていない。死にゆく友を見ても、親が殺されたと聞いても、何も思わなくなってきた。

 これで、いいのだろうか。人に生まれた際に、来世を求めて自殺を繰り返したこの身にしみこんでしまったその秩序な怠惰。

 死なんて怖くない。寧ろ友人だ。

 そうして知らぬ間にわたし自身の命さえも、ただの道具になり果てていた。

 不安になる。もし彼に出逢えたとして、もしわたしたちがあの時のような淡い恋路を再び歩くことが叶った時――私は命を大事にする心を、造り直すことができるのだろうか。哀れな醜い思考回路を粉々に砕いて、水で汚れを綺麗に洗い流して、もう一度造り直して。けれどもし出来なかったら、どうすればいいのだろうか。

 こんなわたしでは彼の横にいられない。

 ――それ以前に。

 不安になる。わたしは彼に巡り逢うことができるのだろうか。

 探しても捜しても、どれだけ死んでも生き返っても生まれてもいきても。彼に逢うことが出来なかったら。

 どうして何度も何度も繰り返して。

 わたしは何のために命を粗末にして歩いていたのだろうか。何のために数多の時を犠牲にして。望んでも得られる物ではないのに。偶然が重ね合った奇跡なのに。どうして、どうして。

 その命という名の道具すらも意味をなくしてしまう。

 恐ろしい。怖い。あぁ、嗚呼。

 そう思うだけで胸に鎖でも巻かれているように息苦しくなって、鉛がころり、ころりと腹に溜まっていって、遂には泣きたくなって、消えてしまいたくなる。絶望と恐怖と罪悪感と身を焦がす愛が。わたしの心と掠れた彼の記憶を粉々に、その欠片が目に見えなくなるほどに、壊そうとする。

 そうして思うのだ。

「どうしてわたしはうまれたんですか」、と。



 ――どうしてわたしは彼の存在を覚えているのだろうか。

 乗り越えたフェンスを背にして足を宙ぶり、ぶらぶらぶらりん。思うに、生ける生き物全てが転生のシステムに組み込まれている。だから彼に出逢う以前も違わずに生きて死んだはずだ。でもわたしは記憶していない。

 強く、望んだからなのだろうか。

 彼と別れてからいうもの、わたしの中で渦巻いていたのは生の執拗な執着ではなかった。

 だから生まれる度に『私』というものの存在を道具として受け入れることもなく拒絶し、絶望し。また事故死したと思われる彼と病死した、いいえ自殺したかもしれないわたしが望んだのは、伸び伸びと広がる自由だった。

 校庭から持ってきた大人の拳ほどの石に、ポケットから取り出した手紙を押しつけて糸でしっかりと巻きつける。風に飛ばされないようにと。本当は自室に置いてくるのが無難かも知れないけれど、なんだか、そういう気分ではなかった。もう意味もないのに、この紙切れが、わたしを繋ぎ止める唯一の物に思えて仕方がなかった。だから、死ぬ直前まで持っていたかった。

 ここで生きる『わたし』の最後の言葉。そう、遺書だ。

 生まれてからもう十八年も経ってしまった。いつも決めているのは、十八になっても彼が見つからなかったら次の命に全てを託す、それだけ。忘れていた場合は別だけれど。

 ここから飛び降りて、きっと地面に叩きつけられる前に息絶えて……次にはまた他のものに生まれ変わる。彼に会えることを、ただただ信じて。立ち上がり、靴を脱ぐ。自殺だと悟ってもらえるように。夜の風が肌を舐め回す。気色悪い。

 ――幸せになるために、死ぬ。

 なんて滑稽な。

 一歩前へ踏み出し。深呼吸を一つして、わたしは偉大なる重力とやらに身を預ける決意をして。

 それから……――





 両親へ


 身勝手なこの行動を許して欲しいとは思わないけれど、分かって欲しいです。

 わたしは何も不自由ではなかった。

 寧ろ幸せでした。

 二人に愛されて、それを感じることが出来て、嬉しくて。

 誰のせいでもありません。それでも、わたしが求めていた物はここにはありませんでした。

 わたしはそれを、探しに行きます。

 こんな娘でごめんなさい。

 胸が罪悪感でいっぱいで、長く綴れません。

 どうか、お元気で。



 あなたへ


 今あなたはどこにいますか。

 何をしていますか。

 何を食べていますか。

 誰かを愛していますか。

 誰かを嫌っていますか。

 わたしのこと、忘れてしまっていませんか。

 また、あなたには会えませんでした。あなたは一体どこにいるの?

 どうせ壊れそうなわたしの心など知りもしないのでしょうね。

 いつかわたしたちは会えるのでしょうか。

 わたしの願いは、もうそれだけです。

 さようなら。

 また会えたときには、どうか、どうか。


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