虫の唄
どうもしっくりこない。
こうしてもしゃもしゃと数え切れないほど食事をしているが、違和感がいつまで経っても拭えきれない。多分、以前人間として生きていたせいだ。
本当に、俺はついていない。
幸せになる方法とやらをせっかく見つけたのに、あの動く箱にはねられていとも簡単に死んでしまった。泣けるね。あんな急に死んでしまわなかったら、今頃一海と一緒に海でも眺めに行っていたのに。いや、海に限らず、どこへでも。
――ちょっと待てよ。
『一海』ってのは、どちら様だ? イマイチ思い出せない。
薄く揺らめく誰かの横顔。好きだった、何よりも大切だったあの彼女との思い出。
おそらく彼女が、一海だ。
こうして天道虫として再び彼女のことを覚えていられるなんて、嬉しい。彼女はまだ一人、あの世界で息をしているのだろうか。彼女は俺のことを、忘れてしまってはいないだろうか。
待とう。彼女を。
天道虫のまま会ってもよいのだが、出来れば言葉を発せられる、彼女を抱きしめられる人の姿でもう一度会いたい。言いたいことだってたくさんあるし、行きたいところもたくさんあるから。
薄らぐ彼女の記憶が消えてしまわないように、小さな天道虫は震えてみせる。
さぁ、飛べ飛べ天道虫。
彼女に俺の決意が伝わるように。