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子供っぽくても

 村の端まで行くと、黒い霧の壁が待ち受けていました。

 高さは二メートルくらいなので空は見えていますが、地面はよくわかりません。足下に障害物があっても気付かずに転んでしまうのではないでしょうか。

 うう、この中に入っていかなければならないなんて……。でも、でも行かなければ。

 杖とお守り二つ、それから無いよりましと懐中電灯を握りしめ、思いきって霧の中に入ってみました。

 昼間のはずなのに夜の一歩手前のような暗さです。

 何かに襲われては困るので「魔物は来るな魔物は来るな……」と日本語でぶつぶつ言いながら行くことにしました。

 しばし小走りで進んでみましたが、嫌な気持ちになりませんし、頭の中に後ろ向きな言葉が浮かんでくることもありません。お守りの効果でしょうか。

 道を塞ぐ魔物をどかしたり、魔物と戦う人の手助けをしていると、辺りが少し明るくなりました。黒いもやもやが減ったようですが、あまり良いことには思えません。きっとどこかで固まって、魔物になったのでしょう。

 何かいないかと辺りを確認して、ふと視線を上に向けて、目的地の方の空に真っ黒い縦線を見つけました。

 気のせいかと思いましたが、よくよく見ても確かにありますし、ゆっくりと上に移動しています。

 魔物なのは間違いないでしょうが、何もどきでしょうか。

 ……そういえば魔王は空を飛んでいて長かったような……。その証拠と言っていいかわかりませんが、星座の魔王座は元は蛇座だったとジークさんが教えてくれました。蛇というと長い生き物です。

 ということは、空のあれは、方向的にもやっぱり魔王なのでは!

 何をするにもここからでは遠いです。少し視界も良くなったことですし、急ぐとしましょう。

 林に入った時、黒いもやもやは少なくなっていました。代わりに魔物がドカッと増えて、どこを見ても魔物が視界に入りますし、ずっと鳴き声が聞こえています。人と魔物が戦う音も絶えることがありません。

 とにかく騒がしいです。以前ここに来た時は不気味なくらい静かだったというのに。

 とりあえず近くで戦っている人の様子を見にいきます。

 魔物に気付かれないようにそっと歩いて、木の陰から様子を窺ってみました。

 ん? あの金髪はもしや……エイミー!

 金髪美少女勇者エイミーがいます。一人で魔物の群れを相手にしています。彼女の仲間たちはどこでしょうか。

 一人でもいけそうですが、余裕というわけではないようです。手伝いましょう。

【魔物は動くな!】

 魔物たちがピタリと動かなくなるのとほぼ同時にエイミーが驚いたようにこちらを見ました。

「あ、アンタ! 何したの!?」

「『魔物は動くな』って言った!」

「ちょっと待ってなさい! そこ動くんじゃないわよ!」

 見た目が竹刀な剣と魔法を使って周囲の魔物を片づけた彼女は、むすっとした顔で私の前まで歩いてきました。服が所々破けています。怪我をしたらしく、右肩を左手で押さえています。

 肩に怪我をして手で押さえてる人……しかも金髪美人……。

「痛い?」

 気が付くと、ずーっと前に、お兄さんお姉さんたちにした質問をエイミーにもしていました。いつだったか見た夢でもしていましたね。「痛いの飛ばしてあげる!」とか言った夢です。

「何よ」

「その肩痛いか痛くないか。どっち」

「何なのよ! 血が出てるの見ればわかるでしょ! 痛いに決まってるじゃない! この馬鹿!」

 肩に当てていた手を私に突きつけてエイミーは怒りました。

 私の聞き方も悪いですが、馬鹿とまで言うのは黒いもやもやと魔物のせいでしょう。

「じゃあさ、それ、飛ばそうか」

「はあ?」

「痛みを魔法で飛ばすんだよ。魔王に」

「そんなことできるわけ?」

「私ならできる」

 言い切ってやりました。

 神様が小さい私になんとか説明してくれようとしたことがあります。それは、「私の場合、特定の呪文を唱えると魔法が強化される」ということです。クオ皇国の火の玉を飛ばすあの魔法や、ニールグの強力水鉄砲(範囲広)の威力がどうもおかしいのはこのせいのようです。

 どうして威力が上がるのかは知りません。教えてもらったような気がしますが、どう言えばいいものかと神様が困っていたらしいことしか思い出せません。

 どこか近くにぽいっと飛ばすくらいなら、他にもできる人はいるでしょう。恐らく、魔力が強ければよいのです。でも遠くまで飛ばせる人はそうそういないはずです。そうでなければ私がこんな所にいる意味がありません。

 エイミーは私と魔王を交互に見て言いました。

「ここから? あんな高い所にいるヤツに効くの?」

「大丈夫」

 距離より木が邪魔なことが心配ですが……それでも、無駄ということはないはずです。

「……わかったわ。やってみなさいよ」

「うん」

 えーっと、確か、こう……。

 エイミーの肩に右手をかざし、左手で杖を強く握りました。

 大丈夫。ちびっ子の私にできたことですから、今の私だってちゃんとできます。

 さあ、やりますよ!

【痛いの痛いの、飛んでけーっ!】

 エイミーの肩にかざしていた手を、枝葉の向こうの魔王に向けて勢いよく振りました。

 ゆるゆると右回りで空に円を描いていた魔王が、水中から出てしまった魚のようにバタバタと暴れたように見えました。

「効いた……? それにあんまり痛くなくなったわ……。何やったの?」

 エイミーが自分の肩を不思議そうに見てそう聞いてきました。

「『痛いの痛いの飛んでけ』って言った」

「……そんな子供っぽいことで……」

 私の答えにエイミーはがっかりしたような、呆れたような顔をしました。

「いいでしょ、別に。わかりやすいし」

「アンタ何で赤くなってんのよ?」

 こんな場面でこの歳で子供っぽいことを真面目に叫んだのが恥ずかしくなっただけですよー!

「痛くないだけで怪我してるのには変わりないんだから、無理はしないでよ。あ、魔法で治そうか?……あんまり自信ないけど」

 治療用の魔法は使う機会がほとんど無いままここまできてしまいました。水や火が出るものより、人の体をどうこうできる魔法の方が不思議なので使って少しでも理解してみたいのですが……。

「アンタに魔法かけられたくないわ」

 ですよねー……。

「包帯巻くの手伝ってちょうだい」

 お、「手伝いなさい」じゃないんだ。

 手伝いながら、どうしてここにいるのか、他の人はどうしたのかと聞いてみると、エイミーはお礼だとか何とかもごもご言ってから簡単に教えてくれました。

 エイミーたちは教会から、魔王が出るので死の浜に行くように、と指示されたそうです。

 彼女らは神主さんには会っていないし佐藤神社に行ってすらいないようで、“死の浜に魔王が出る”以外のことは知っていませんでした。

 いろいろあってこの国へ再び来たのはエイミーを含めて八人。そのうち四人が黒いもやもやのせいで戦える状態ではなくなってしまい、残り四人はここに来るまでに離れ離れになってしまったそうです。

「で、何でアンタは一人なわけ?」

 一通り話したエイミーが逆に質問してきました。

「……倒れて置いてかれた」

「神使って呼ばれてるのにへなちょこね」

 正直に言ったら笑われました。

 ぐうっ……。エドワードさん、ジークさん、それから神様、ごめんなさい!

 すっとエイミーの表情が真面目なものになりました。

「一緒に行かない?」

 へっ? いきなり何?

「よくわかんない物取り合ってる場合じゃないし。仲間探そうったって、アタシもアンタも一人じゃ微妙でしょ」

 私はへなちょこだしエイミーは魔物相手に無傷でいられないし一緒に行動しよう、ということですか。

 いいでしょう。

「……ちょっとの間、よろしく」

 私がそう言うと、エイミーは満足げな笑みを浮かべました。

「決まりね。それで、どうするつもりでいるの?」

「さっきみたいなことを繰り返して、こっちの遠距離攻撃が当たるくらいまで魔王の高度を下げる」

 とりあえず魔王には矢か魔法陣から出るものが当たる所まで下がってもらわなければいけません。

「あれで下げられるの?」

「うん。何度かやれば結構下がると思う。アーロンだってあの高さのは難しかったんじゃないかな。怪我してたはずだし……。さっきの方法で賢者がある程度落としてからやったんだよ」

 あの神様ときたら「怪我してる人がいたら教えたとおりに『いたいのいたいのとんでけー』ってするんだぞ」とか言って、小さい私を森かどこかに放り出しました。

 お母さんはどこかなときょろきょろしていたら、ローズの仲間であるアーロンとソフィアに保護されました。

 アーロンが怪我をしていたので、痛いかと聞いたら彼は否定しました。私はそれならいいやと思って、今度はソフィアに聞いてみました。すると「ちょっとね」と返ってきたので、私は彼女の“痛いの”を、神様に教わったとおりに、空にいる黒いもの――魔王の方に飛ばしてあげました。

 それから結局アーロンの痛みも飛ばして、後は……お母さんがせっせと飛ばすのを、少し離れた位置から誰かに抱っこされている状態で見ていました。たぶん。

「それで、魔法とか当てれば怒って反撃しに来ると思う」

 アーロンが矢を放った後、魔王は咆哮を上げて、地面に頭から突っ込みそうな勢いで下がった、と思います。あと、雷が鳴っていたような。

「魔王が自分から下がるってこと?」

「そう。地面にいる人の剣も届くようになるはず」

 ですが、魔王が急降下した後に何がどうなったかは、よくわかりません。わからないのは、思い出せないからではありません。ろくに見ていないからです。泣いていました。大きな音がしていて怖かったのです。

「そこまでしなくても、ペガサスがいればいいと思うんだけど、アレ相手じゃやっぱり厳しいかしら」

「大変だと思うよ」

 ペガサスは空中でぴたりと止まることができません。そういうわけで、ペガサスに乗って飛んだ状態では魔法陣なんてとても描けそうにありません。描けたとして魔法陣を動かせないのに相手は動いているので当てられません。矢だってなかなか当たらないでしょう。

 剣や槍を持って近付いて攻撃するという手もありますが、ペガサスは大きな魔物にはあまり近付きたがらないそうです。怖いのでしょうね。魔王はすごく大きいので余計に駄目でしょう。

 それに、エドワードさんは高い所が苦手です。ペガサスに乗って飛ぶことはできますが、その上で戦うとなるとやや不安だそうです。だから魔王には下がってもらいます。



 エイミーと行動を始めてから十分ほどで、騎士四人分、教会戦士五人分の痛みを飛ばしました。感情的になっている人に理不尽に怒られたのには参りました。

「あんなヤツぶん殴ってやれば良かったのよ」

「えー、いくら痛がっててもらわないといけなくても、怪我人殴れない。……おっと」

 ちょっとした段差でバランスを崩して転びそうになりました。しっかりしなければ。

「それにしても風が強いわね……」

「うん」

 天気も悪くなってきました。少し前まで快晴だったのに、今は雲で青空が見えなくなりそうです。

「ああもうっ」

 エイミーは強風で暴れる髪が鬱陶しくなったらしく、どこからか取り出した赤い紐で一つに束ねました。ポニーテールもなかなか似合います。

 魔物の鳴き声が一際大きい方へ行ってみると、また、たった一人で魔物の群れと戦っている人を見つけました。

「男か……」

 エイミーが少し残念そうに呟きました。彼女の仲間ではないようです。

 邪魔だった魔物が動いて、戦っている人の顔が私にも見えました。

「あ、リヒトさん」

 こんな所に彼がいるとは。

「知り合いなの?」

「元勇者。嫌になってやめたとか言ってた。どこの人かは知らない」

 最後に会った時にはリヒトさんが氷のような人――デュークさんと一緒に行動していたこと、シロという名前の猫もいたことも教えました。

「はあ? どういう組み合わせなのよ。って、そんなことどうでもいいわ。やめたのにいるなら、ついてきたってことよね。つまりアイツもいる。神の道具の武器が三つはあると思っていいわけね」

 奪い合っていても最後には同じ場所に集まったということですね。まあ、勇者に選ばれたからにはみんな目的が一緒ですから当然といえば当然でしょうか。

「なかなかやるじゃないの」

 リヒトさんの戦いっぷりを見てエイミーがそう言ったので、

「一人で旅に出たくらいだから、強いと思うよ」

 と、返したらエイミーに軽く睨まれました。

「……それアタシに喧嘩売ってる?」

 こんな状況でそんなことしません。

「もしそうだとしたら私は自分の仲間もけなしてることになるんだけど」

「それならよろしい。……あら」

 あっ。今、怪我したかも。

 熊もどきの前足がリヒトさんの左腕に当たったように見えました。

 リヒトさんは怪我なんてちっともしていないかのように剣を振るって順調に魔物の数を減らしていき、そのまま全部倒してしまいました。

 では、協力してもらいましょうか。

「リヒトさん」

「あ?」

 近付きながら名前を呼ぶと、リヒトさんは不機嫌そうに振り返りました。彼は左の肘よりやや下を怪我したようです。服の袖に血が滲んでいます。

「お前か。何だよ」

「痛いですか。痛いですよね。それ」

 それを飛ばしたい、と言おうとしましたが遮られました。

「は? 別にこれくらいなんとも」

 おうわ、目つき怖い……。でも引き下がりませんからっ。

「シロちゃんに引っ掻かれて痛いって言ってたのに」

「何なんだよこんな時に! んなこと言ってらんないだろ!」

「あなたの痛みを魔王に飛ばすんです! あなたが痛くないって思い込んでたら魔王も痛みなんて感じません! ちょっとでいいから認めてください!」

 負けじと言い返したらリヒトさんは目を丸くして、少し身を引きました。

「お、お前も怒鳴ることあるんだな……」

 そんなに驚くことですか。

「無駄な意地張ってんじゃないわよ」

 エイミーがリヒトさんの左腕を軽く叩くと、

「いっ……」

 リヒトさんが盛大に顔を歪めました。相当痛いようです。今のうちにやってしまいましょう。

【痛いの痛いの飛んでけー!】

 地面と平行に飛んでいた魔王はバタバタと暴れ、痛みをこらえるかのように体をグイッとくの字に曲げました。その状態のままスーッと下がってきましたが、五秒くらいで持ち直して元のようになりました。

 よく効いたと言ってもよさそうです。それだけリヒトさんが痛いと思っていたのか、距離が近くなったからより効くようになったのか、はたまた両方でしょうか。

 何をやったのかとリヒトさんが聞いてきたので私が正直に答えると、

「……飛ばせるもんだったのかよ……」

 彼は自分の腕を見つつ呆然と呟きました。

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