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こんなでも

 ふと目を覚ますと天井が見えました。

 どこ、ここ。何で私こんなとこで寝てるの。

 ベッドの上らしいことはわかります。

「やっと起きたか」

 へっ、誰? 聞いたことのある気がする声ですが……。

 体を起こしてみると、黒いローブを着てフードを目深にかぶった不審……神様が! 神様が私から少し離れた位置に立っていました。以前会った時のように神様だと一目でわかる何かをあまり感じられなくて、不審者だと真っ先に思ってしまいました。

 ええと、まず、私が今どうなっているか確認しましょう。

 私は室内にいて、ベッドに寝かされていて、つい先程目を覚ましました。そうしたら声をかけられたので体を起こしました。声をかけてきたのはこの世界の神様でした。……うん、何の意味もなかった。

 で、神様、

「な、何の、ご用ですか」

「言いたいこととやりたいことがあってな」

 やりたいこと? 私に何かするつもりでしょうか。イリム語を覚えさせた時のように。

 神様が少し近寄ってきました。

「いいか、よく聞け」

「はい」

 近寄った上にわざわざ「よく聞け」と言うなんて。一体何でしょう。

 ところで、私、ベッドに座ったままでいいのでしょうか……。

「お前はな、前にもこの世界に来たことがあるんだ」

 ……えっ、は? えええ? どういうことですか、それ。

「高橋さん、じゃなかった、小林さんをこっちに連れてこようと思ったらお前まで来た」

 高橋じゃなくて小林……きっと私のお母さんのことです。お母さんの旧姓は高橋ですから。

 つまり、私は以前にお母さんと一緒にこの世界に来たことがあると神様は言っているわけです。……マジで?

「え、えっと、いつですか。全然憶えてないんですけど……」

「お前は二歳になるちょっと前だったな」

 そうですか……それなら忘れていても仕方がないですよね……? 一歳の頃のことなんてなかなか憶えていないものですよね?

 待てよ、もしかしたら憶えているのでは? その記憶を異世界でのことだと認識していないだけなのかもしれません。何か、何か日本だとおかしなことは…………特に思い浮かばない……。

「あの、どうして私まで」

「ちょっと加減を間違えてな」

 お母さんだけにするはずが私まで……私だけ?

「くっついてきたの、私だけですか」

 神様は小さく首を横に振りました。

「いいや。お前の家の物がいくつも」

 ああ、やっぱり。

「じゃあ、リモコンとか電卓とかってうちのなんですね」

「ああ、うん。すまん。特にテレビはな、まだわりと新しかったのに買い直させるはめになったからなあ。もっと早く見つけられればな……」

 これではっきりしました。御大層な名前の物たちは、武器以外はやっぱり人間が作った、あちらの世界の物だったのです。しかも私の家のもの。私は家からなくなったものを捜して集めていたわけですね。

「でもお前も一緒だったのは結果的に良かったな。一歳児を家に一人きりにさせるわけにもいかないからな」

 私のことは考えていなかったということでしょうか。だとしたらひどいです。

「それで私は何をしてたんですか」

「神社で康一に面倒みられてること多かったな。で、たまにローズたちと一緒にいた。なかなかにいい子だったな」

 なんと! 私は、昔の勇者たちにも佐藤さんにも会ったことがあるのですね! 全く憶えていないのが残念でなりません。

「つまりな、お前が神使なわけだ」

 はい? 何故それで私が神使なのですか。

「って言ってもちび過ぎて憶えてないだろうから思い出させてやる」

 神様の手が伸びてきて、がしっと頭を掴まれました。痛い! やっぱりこれか!……あれ、これはいつの――


 どこかの家の和室で、犬のぬいぐるみを撫でたり抱っこしたりして遊んでいました。おそらく佐藤神社のあの家です。

 名前を呼ばれて顔を上げると、変な服を着た男の人がいました。神様です。

 手に白い封筒を持った神様は屈んで私に言いました。

「これ、れいのおかあさんに、もってってくれるか?」

「うん」

 どこに、どうやって、とかを全然考えないで私は頷きました。

 そうしたら神様に頭を掴まれました。痛いのと、訳がわからないことになったのとで、ぬいぐるみを抱きかかえたまま泣きました。

 わんわん泣いていたら、襖がスパーンと開いて部屋に別の誰かが入ってきました。

「なになかせてるのさ!」

「いてっ」

 部屋に入ってきて、神様に対して怒ったのは佐藤さんでした。

「いたかったねー。もういたくないよ。だいじょうぶだよ」

 佐藤さんによしよしされて、もう痛くもなんともないことに気が付いて、ようやく涙が引っ込みました。

 その後少し佐藤さんに遊んでもらいました。その間神様はどこかに行っていました。

 神様は戻ってくると、私を玄関まで連れていって靴を履かせました。そして封筒を持たせると、軽く頭を撫でながら言いました。

「きょうかられいはしんしだぞ」

 そして目を瞑らせ、三十秒経ったら目を開けるように言いつけました。私は三十まで数を数えることができませんでしたが、神様の言葉が魔法の呪文となったので三十秒間しっかり目を閉じていました。

 目を開けると、それまでいた所とは全然違う場所にいました。

 寝心地の悪そうなベッドと、ガタガタいいそうな机と椅子が置かれた狭い洋室です。どこかの宿の一室でしょう。

 お母さんはそこで、机に向かっていました。

 私は日本語でお母さんを呼びました。自分では「おかあさん」と言ったつもりですが、「おかあちゃん」と聞こえていたことでしょう。

 私の声に反応してすごい勢いで振り返ったお母さんは、私がいるのを見ると目を丸くして立ち上がりました。

「れい! なんでいるの!?」

「はい」

 私はそれに答えるつもりで、握りしめてきた封筒をびっくりしているお母さんに渡しました。

「なにこれ?…………からか」

 お母さんは私をベッドの上に座らせると、自分も隣に腰掛けて封筒の中の手紙を読み始めました。

 しばらくして部屋の外が賑やかになりました。

 戸を叩く音がして、

「ただいまー」

 そんな言葉が部屋の外からかけられました。中性的な声でした。

「おみやげあるよー」

 イリム語でしたが、私はそれを理解することができました。神様に覚えさせられたからです。十六になってまた覚えさせられたわけですが、それは綺麗さっぱり忘れたからでしょう。

「はいはい、ちょっとまってね」

 お母さんが鍵を苦労して開けると、四人の男女が部屋に入ってきました。髪の色も目の色もそれぞれ違ってカラフルです。

 私に気が付いて驚いたり不思議そうにしたりする彼らに、まずお母さんは「かわいいでしょ」と茶目っ気たっぷりに自慢しました。そして私のことを説明し、私を床に立たせました。

「れい。あーるくん……ろーずおねえちゃんたちに、『こんにちは』」

 お母さんに言われたようにすると、髪の毛が赤くて目が青い人が真っ先に屈んで「こんにちは」と笑顔で返してくれました。


「どうだ? 少しは思い出したか?」

 気が付くと神様の手が頭から離れていました。

 なんだかとてもすごいことを思い出したように感じます。あの赤毛の人は、赤毛だから勇者で、勇者の名前は、

「……ローズ、おねえちゃん……」

 ……ああ……そうか。

 なんとなく呟いてみてわかりました。私は、勇者が“おねえちゃん”だと、自分で見て知っていたわけですね。家でお母さんが「忘れちゃったかな?」とか言って話してくれたこともあったような気も……。

 昔の勇者の話を聞いた時点で、それが記憶の中のローズおねえちゃんと頭の中のどこかでうまい具合に繋がって、“勇者は女性”と思っていたのでしょう。

 そして私は確かに神使でした。神様から「今日から怜は神使だぞ」と言われましたし、神様から手紙を預かってお母さんへ持っていくという、お使いのようなことも何度かしました。

 何も持たずにただ遊びに行かせてもらったこともありました。というか、遊びに行っただけのことの方が多かったかもしれません。

 いろいろ思い出しましたが、はっきりしていないものがほとんどです。何かを見た記憶はあってもそれに音がなかったり、自分が何かをしているけれど、どうしてそうしているのか全然わからなかったり。

 思い出したことについて考えていると、また神様が言いました。

「魔王の倒し方も思い出したか?」

 え……魔王の倒し方……? 魔王の、魔王、まおう…………あ。

 ふと、いつかに見た夢を思い出しました。そうしたら、ずいぶん前のことをまた思い出しました。

 ああ、あの夢って結構記憶に沿ってたんだ。

「その様子だと大丈夫そうだな」

 えー、こんなで大丈夫なのかなあ……?

「お守りしっかり握りしめてけよ。じゃ、頑張れ」

 神様はふっといなくなってしまいました。

 まだ聞きたいことがあるのに。ボールペンやビデオテープなどの武器以外の物を集めさせる意味はあったのかとか。私にはありましたが、この世界の人には何の意味も無いように思えます。というか実際無いのでは。デュークさんが教えてくれた聖女という人は、彼に「武器だけでいい」と言ったそうですし。神様が言ったことを大司教さんが勘違いしたのかもしれません。でもそうだとすると他の宗教の偉い人も勘違いをしたということに……? 勇者が旅をすることになったお告げとはどんな感じのものだったのでしょうか。

 あの神様は親切ですが、大切なことはあまり言いません。教えてくれたとしても、ジークさんが「たぶん魔王」と言ったように、一部を抜かして伝えてきます。ですから、お告げがわかりにくい、ややこしいものだった可能性は十分あります。その上で聖女にはサービスでわかりやすく言ったとかありそうです。

 それから、私のお母さんを「高橋さん」と言ったのが気になります。旧姓で呼んだのは、結婚前から知っていたから間違えた、ということが考えられます。ですが「さん」付けとはどういうことでしょう。あの神様は基本的に人を呼び捨てにしていそうなのですが、そう思い込んでいたから変だと感じるだけでしょうか。大人の女性には「さん」を付けることにでもしているのかもしれません。

 本当に、何なのでしょう、あの神様は。そういえば思い出した神様はフードをかぶっていませんでした。でもどんな容姿だったか全然思い出せません。うーん……普通だったような気がします。

 って、いけない。よくわからない存在について考えている場合ではありません。

 とりあえず身支度をしてしまいましょう。

 お守りをしっかり握りしめていけと言われたわけですが、お守りというと、あちらから持ってきた交通安全のものと、こちらでもらった厄除けのものがあります。両方のことでしょうか。交通安全と厄除け……どこかに安全に行くためには良いものに思えます。

 お守りを出そうと思って鞄を開けたら、勇者の故郷でもらった、ぬいぐるみのローズちゃんが目に入りました。

 ローズちゃんをなんとなく抱きしめてみたら、にっこり笑うローズおねえちゃんが思い浮かびました。「頑張れ」と言ってくれたような気がします。

 ローズちゃんを鞄に戻して、今度こそお守りを手に取りました。

 右手に杖、左手にお守りを持つことにしました。お守りを落としてしまわないように、手首を紐に通しておきます。

 よし! 準備できた!……で、ここどこ。

 窓からの景色を見るにどうやらこの部屋は建物の二階にあるようです。外には民家らしき建物がぽつりぽつりと建っていて、人口の少ない所であることがわかります。簡単に言えば“村”です。

 忘れ物がないかを確認して、部屋の戸を開けると狭い廊下に出ました。

 どっちに行けばいいかわからず、とりあえず左に行こうかと考えていたら、右から全然知らない人が歩いてきました。服装から見て、見習い司教です。

 彼は早足で寄ってきて私に言いました。

「具合は悪くありませんか?」

「はい、大丈夫です。あの、ここはどこですか」

「ミール教会です」

 それはつまり、ここはミール村ということですね。

「私は何でここに……」

「村の近くで倒れたそうです。それで勇者様たちが運んできて、休ませてあげてほしいと言われました」

 あああああ! やっぱり! エドワードさんとジークさんに迷惑をかけてしまったあ!

 どうして、どうして私はこう、大事な時に……!

「私、どれくらい寝てましたか」

「ここに来てからは一時間くらいです」

 そんなに! 神様と話した時間とか少し考えた時間も含まれていますが、それにしたって寝すぎです。一時間あったら私でも死の浜に行けてしまいます。

「エドワードさん――勇者さんたちは今どこにいるかわかりますか」

 見習いさんは声を潜めて答えました。

「あの浜に向かっていってしまいました」

 ああやっぱり、そうですよね。

「それじゃ、私も行きます。お世話になりました。……あ、出口どっちですか」

「こっちです。ついてきてください」

「ありがとうございます」

 見習いさんは、出口まで案内してくれながら、村と、村の外の状況を簡単に教えてくれました。

 村の外には魔物の元と思われる黒いもやもやが広がっていて視界が悪く、気が付いたら魔物の群れがすぐそばにいる、なんてことがありえるそうです。

 教会の人たちだけでなく、騎士団の一部もこの辺りに来ていて魔物と戦っていますが、体調不良を訴える人、ひどく怒ったり落ち込んだりして役に立たなくなる人、怪我をする人が続出。死の浜まで行くのは大変でしょう。

 それに比べて村の中は普通で、黒いもやもやは無く、魔物もほとんどいないのだとか。神様が守ってくださっている、というのが見習いさんの考えです。

 出入り口の戸を開けながら見習いさんが言いました。

「本当に大丈夫ですか?」

 私が頼りなく思えるのでしょう。

 正直に言うと自信はあまりありません。また倒れやしないか、思い出した方法で本当にいいのか、とかの不安でいっぱいです。

 でも、こんな所で弱気になってなどいられません。

「大丈夫です」

「そうですか……お気を付けて」

「はい。ありがとうございます」

 さっさと行ってエドワードさんのお手伝いをしないと。それが私の役目なのだから。

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