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走っていく。

 春がすっかり終わり、私たちはライティーヌという町にやってきました。

 ここから歩いて四、五時間くらいの所に、ミールという名前の村があります。初めてペガサスを見たあの村です。もっと早い時間にここまで来ていたなら今日中にあの村まで行っていることでしょう。

 魔王が死の浜に出るならとりあえずその近くにいよう、ということになって首都をすっ飛ばしてここまで来ました。

 街に着いて少し気が抜けたせいか、どっと疲れが出てきました。まだこれから、泊めてもらう教会まで歩いていかなければならないのに。

 薄暗くなった頃、ようやく目的の教会を見つけました。出入り口の扉が開いています。

 あと数歩というところで、私の前を歩いていたエドワードさんとジークさんの足がぴたりと止まりました。どうしたのでしょう。

「ひっさしぶりーっ!」

 建物の中から懐かしい声が聞こえたと思ったら、ジークさんに飛びついた人がいました。ケイさんです。何故ここに。

「何でいるんだ」

 ジークさんはいつもの無表情ですが、嬉しく思っているのがなんとなくわかります。

「遠征するってなったからこっち来た」

 ケイさんが言うにはこうです。

 大教会に所属している教会戦士たちは一部を除いて遠征することになりました。魔物が比較的弱くて少ない首都とその周辺にたくさんの教会戦士がいても意味がないからです。それでケイさんは、私たちに会えるかもと思い、こちらの方面へ来ることを希望しました。希望のとおりになってここに来たのは二週間前のこと。それから毎日苦労して魔物を、ときどき魔人を倒しているそうです。ちなみにマリアさんは首都に残り、ルファットさんは首都から一番遠い所へ行ったそうです。

「で、お前は元気だったか?……微妙か?」

 ジークさんの両肩を掴み、顔を正面からまじまじと見て、ケイさんがこてんと首を傾げました。さすが親友。長期間会っていなくても小さな違いに気付けるようです。

「これで間違えられてる」

 ジークさんは自分の髪を一房つまんで答えました。

「そりゃめんどくさいなー……。エドとレイは元気だったか?」

「僕もレイちゃんも元気だよ。でも今レイちゃんはお疲れかな」

 エドワードさんが私の分まで正確に答えてくれました。

 今日は山小屋から一日が始まりました。山を下りながら何度も魔法を使って疲れ、麓の村の教会で休憩させてもらいましたが、そこからここまで歩いてくる間にやっぱり何度も魔法を使って、もうくたくたです。

「毎日たくさん歩いて魔法使ってるんだもんな。疲れるよな。偉いなー」

 ケイさんにわしゃわしゃと頭を撫でられました。ああ、頭が。ねぎらってくれるのはいいのですが、やりすぎです。

 手を止めたケイさんは、髪がぐちゃぐちゃになった私を見てわざとらしく驚いて言いました。

「うおっ、幽霊だ」

「……ケイさんが原因で出た幽霊ですからね」

 呪われても知りませんよ。まあ、何もしませんけどね。

「ごめんごめん。あ、そういや金は大丈夫だったか?」

 これにはジークさんが答えました。

「何の心配もなかった」

 彼の言うとおり、お金のことで困ることはありませんでした。

 シクト大陸でお金はどうしていたかというと、イリム大陸でもらった分と、魔物退治などのお礼でもらったもので間に合いました。イリム大陸に戻ってきてからは、諜報員が国から預かっていたお金をもらってきました。

 ジークさんの話を聞いたケイさんは明るい笑顔を浮かべました。

「そうか。わりと元気だし順調だったんだな。良かった!」

 ふふ、嬉しいものですね。知っている人が自分たちの無事を喜んでくれるというのは。



 はあ……眠い。

 今は教会の食堂にいます。私は疲れていて少々ぼーっとしながら夕食を食べています。いちいちパンをちぎって食べるのが面倒になってきました。お行儀悪いですがそのまま齧ってしまいましょうか。

 食堂の席は四十ありますが、七人しか座っていなくて少し寂しいです。教会の人たちのほとんどはとっくに食事を済ませて出ていったのです。

 そんな食堂に誰かが駆け込んできました。

「魔人だ! 中央商店街!」

 その人が叫んだので驚いて目が覚めました。

「またかっ!」

 私の斜め前に座っていたケイさんがバッと立ち上がりました。

「でも今日は勇者様御一行がいる!……って、レイは走るの苦手だったか?」

「全然駄目です。先行っててください」

「わかった。じゃ、行くか!」

 ケイさんがあっという間に食堂を出ていって、それをエドワードさんとジークさんが追いかけていきました。

「やっぱはええ……」

 知らせに来た人が呟きました。

 エドワードさんたちを追いかけようにも道がわからないのでこの人にお願いするとしましょう。

 自分も出ていこうとする彼に声をかけました。

「あの、すみません、一緒に行ってくれませんか」

 私が行っても意味がないかもしれません。

 木刀状態の聖剣は魔人によく効きます。ジークさんが何度か試して、「一撃とはいかないが効果的」という結論を出しました。

 でも、だからといって私が行かないのは駄目です。エドワードさんたちの剣が届かなくても、私の魔法なら届くことだってあるのです。

「えっと、君は……」

「その……神使です」

「君が。それじゃあついてきてくれ」

 はい、お願いします。

 雨降りそうだなあ、なんて思いながら暗い道を走って行ったら、魔人はすでに普通の人に戻っていました。

 特に怪我人もなく、私はいらなかったようです。いいことです。



 翌日。

 朝早くに教会を出発しました。ケイさんが手をぶんぶん振って見送ってくれました。

 今日も魔物がたくさんです。井戸から這って出てきた蟹もどき十匹に始まり、民家の屋根から降ってきた蜥蜴もどき、見た目はちょっとかわいいペンギンもどきの群れなどなど。ついでに野生の熊にも狙われましたが、巣に帰ってもらいました。

 そんなこんなで大体三時間半歩きました。ああ、また魔物がいました。道を塞いでいます。まだ遠いので、どんな形かはわかりません。とりあえず近付いてみます。

 何あれ……巨大ナメクジもどきの時みたいに嫌な感じがする……。

 魔物の一匹が向きを変えました。おそらく私たちの方を向きました。他の魔物も同じようにしました。

 私たちは止まりましたが、向こうは動きだしました。魔物の群れが音もなくこちらに近付いてきます。速いです。あれ、は……あああああ! 蜘蛛ー!

【こっち来んなっ。動くなっ!】

 私たちまで五メートル程の所で魔物がピタリと止まりました。

 高さ五十センチくらいの、蜘蛛の形の魔物です。六匹います。

 うう、こんな大きい蜘蛛嫌だ……。でも何かの映画で見たのよりはましです。いつだったかテレビを点けたら巨大蜘蛛が人を襲う映画がたまたま放送されていたのです。三秒でチャンネル変えました。

 私の考えていることがわかったのか、エドワードさんが言いました。

「嫌なら目瞑っててもいいよ」

 優しいですね! でも結構です。

「私がやります」

 自分で消した方がきっとすっきりします。

 魔法陣を描いて、と。

【炎よ 何であろうと焼いてしまえ 何であろうと焼き払え】

 魔物全部に炎が襲いかかり、一匹消えました。珍しい。一回で消える魔物なんて何日ぶりでしょうか。

 さて、今度は気に入っているあれをやりましょう。

【点火。飛んでいけえええっ!】

 思いっきり呪文を叫ぶと、魔法はあいかわらずの謎の威力を発揮しました。

 消えていく魔物たちを見て、エドワードさんが声をかけてきました。

「疲れてないかい?」

「大丈夫です」

 まだ正午にもなっていないのに疲れてなどいられません。

「本当に?」

「疲れてるように見えますか」

 全く疲れていないといえば嘘になりますが、まあ普通です。

「見えないけど……昨日はご飯食べる前に寝そうな感じだったし、このところぐったりしてること増えたし。まだ早いけどさ」

 確かに夕方頃に「疲れた」と言うことが増えましたが。

「昨日と一昨日とあのざまだったのは山道だったからです」

 長距離歩いて魔法を何度も使うと疲れますが、魔法を使うだけならあまり疲れません。今日は昨日ほど歩いていませんし、楽な道ですからまだまだ大丈夫です。そう伝えるとエドワードさんは「安心したよ」と言って微笑みました。

 さて、邪魔な魔物が消えたので先に進めるようになりましたが、ジークさんがぼうっとしていて動きません。

「ジーク?」

 エドワードさんが声をかけてもジークさんは答えません。どうやら神様から何か聞いているようです。五日前はどこかのお金持ちが不倫しているという話だったそうですが、今日は何でしょうか。

 三分程で神様の話は終わったようです。ジークさんの目がエドワードさんに向けられました。

 あれ、ジークさんがなんだか焦っているように見えます。

「『そろそろだ』って」

 はい?

 何がそろそろなのかとエドワードさんが聞くと、

「たぶん魔王」

 そうジークさんは言いました。

 えっ、魔王がそろそろって何。そろそろってどれくらい? っていうか「たぶん」って。

 エドワードさんもジークさんの発言に驚いたようです。目を見開きました。

「ええっ。何だよそれ。と、とりあえずミールまで走るか?」

「そうした方がいいかもしれない」

 なんてこと。

「じゃあ走るか。レイちゃん、頑張って」

「は、はいっ」

 というわけで、とりあえずミール村まで走ることとなりました。

 エドワードさんとジークさんにとっては軽く、私にとっては少しつらいくらいの速さで十五分くらい街道を進むと、急に変な気持ちになってきました。怒りたいような、泣きたいような……。何故こんな気持ちなのかわからないままとにかく前を見て走っていたら、今度は視界がおかしいことに気付きました。少し暗い……というより黒いです。

「なんか変じゃないですかっ」

 私がそう言うと、隣を走ってくれているエドワードさんが真剣な顔で頷きました。

「うん。おかしい。魔物に触ってる時みたいな感じがする」

 そしてジークさんが、

「魔物の色だ」

 と言いました。

 そうだ、魔物だ。これ魔物の元だ!


 だから何だ?


 ふっとそんな言葉が頭の中に浮かんできました。これは……。


 本当に邪魔!


 また違う言葉が浮かんできました。空気に溶けていく魔物に触った時と同じです。これはまずいかもしれません。

 先へ先へと進むうちに頭の中で攻撃的な言葉や後ろ向きな言葉がぐるぐる回りだしました。

「ちょっと待ってください。……か……」

 あ、駄目だ、これ。別に私は悲しくないのに「悲しい」と言いかけました。

「レイちゃん?」

 ああ、エドワードさんごめんなさい。しっかり口を閉じておかないと私は変なことを言ってしまいそうです。

 足を止めて、右手で杖を握りしめ、左手で口を押さえました。


 あいつらさえいなければ。何でこんなことに。ずるい。悔しい。大嫌い。死ね。


 これは絶対に言わないようにしないと。

 うう、困りました。エドワードさんとジークさんが何か言っていますが反応できそうにありません。気持ち悪いです。何が何だかわからなくなってきました。

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