そろそろ
「もう今日これ何回目だろうなあ」
兵士一が罠にかかった大きな魔物(ライオンもどき)を見て言うと、
「そおいっ。――十五回じゃなかった?」
兵士二が魔物を剣で突き刺して答えました。魔物が悲鳴を上げました。
「ま、でかいけど一匹でよかったよ」
「ああ……こないだなんてすごかったもんなあ」
ここは、イメア王国という国とニールグ王国との境です。
私がこの世界に来て、そしてエドワードさんとジークさんと旅に出てからすでに一年が経ちました。そろそろ夏が来ます。魔王もそろそろ、もしかすると明日なんてことも……。要するに、ゴール地点に近づいたけれどタイムリミットも近い、といった感じでしょうか。
草木の生い茂るここには二本の国境線があって、一本はニールグが、もう一本はイメアが設置したものです。イメアの方は太さからして帯と言ってもいいでしょう。魔物が跨いで罠にかかったのはイメアが設置したものの方です。金色の帯の一部が紐のようになって魔物に絡み、バランスを崩した魔物は倒れたのです。私たちは倒れた魔物を魔法でおとなしくさせ、魔物の上を歩いて線と線の間に立つことに成功しました。
それで兵士二人ですが、彼らは国境を警備する、イメア側の人たちです。国境線の異常に気が付いて駆けつけたわけですね。おそらく「また魔物だろう」と思いつつ、万が一の時のために。
国境の警備というのは、ある程度優秀な、能力のある人が就く仕事です。“気配を探る、察知する”という、私にはやり方がわからないことができると思っていていいそうです。強い魔物が襲ってくるかもしれませんし、不法で出入国しようとする人がいるかもしれませんからね。そんな優秀なはずの彼らですが、近くの大木の陰にいる私たちの存在に気が付いている様子が全くありません。
エドワードさんとジークさんは“気配を消す”という、これまた私にはどうやるのかさっぱりなことをしています。私はただ静かにじっとしているだけです。
魔物が消えだしたのを確認すると、兵士たちは別の場所の様子を見にいきました。
さて、今度はニールグの人たちに来てもらいましょう。線を安全に越えられるようにしてもらうためです。また魔物に線を踏むか跨ぐかさせて来てもらいます。ぱっと見た限りでは近くに魔物の姿はありませんが、少し待てば何か出てくるでしょう。
「あのさ、ここで魔物が出たら、僕らが原因ってことになるのかな……?」
エドワードさんが辺りを見回して言いました。
幅三メートルのここは、どこの国のものでもありません。人は基本的にいません。ですから、“余計なもの”はあっても人の悪い感情が無いから魔物は出ない、とエドワードさんは考えたのでしょう。
「人の気持ちが国境を越えないのなら、そうだと思う」
ジークさんが答えました。
国境を越えると魔物が急に強くなったり弱くなったりしますが、どうなのでしょうね。
神様が良い感情を集めて全方向に同じように放っているのだから、国の中心――首都から離れるほど魔物が強くなるということでしょう。そうだとしたら、首都の位置によっては効果が隣国まで届くことだってあるはずです。首都からの距離が同じでも魔物の強さが全然違う、ということがありそうなものです。ですが実際は隣国からの効果なんて無いらしく、国境を越えると急に魔物の強さが変わるのです。良い感情は隣国まで届く前に効果がなくなってしまうものとも考えられますが……。
「何か悪いこと考えてみるか」
冗談なのか本気なのかよくわからないジークさんの発言に、エドワードさんが顔をしかめました。
「いいのならともかく、自分の悪いのが形になったのなんて見たくない。……って、これも魔物になるのかな……」
そうだとしたら面倒ですね。あ、今のも?
「レイちゃん、あそこに魔物いるよ」
エドワードさんがニールグ側の線の向こうを指しました。見れば草陰に、黒くてうねうねしている物体があります。細長いですが蛇とは違う感じです。うう、なんか気持ち悪い……。何あれ、巨大ミミズもどき? いや太めだし触覚あるっぽいからナメクジ? でもやらねば。魔法には気持ちをこめなければなりません。
【そこの魔物、こっちに来い】
ニールグ側の線まで五十センチあるかないかの所に立って魔法を使うと、ナメクジもどきが進行方向を変えました。
そう、そのままこっちに来……てほしくありませんがそんなこと思ってはいけません。魔法の効果が切れてしまっては困ります。
普通に言ったつもりでしたが、
「控えめだね?」
とエドワードさんに言われました。
「だって気持ち悪いじゃないですか。ナメクジなんてただでさえあれなのに大きくて」
長さはたぶん七十センチはあるでしょう。これが生き物で変な模様だったら……想像なんかするんじゃなかった。
「イカとタコは生き物も魔物も大きくても平気そうだったのに」
「あれはましな方です。それに食べ物なのでちょっとは良く思えます」
「タコも?」
え? あ、そういえばこの世界に来てからタコは食べていませんでした。そしてエドワードさんにとって、タコは食べるものではないようです。
「タコもです」
「カタツムリは? 大きいの食べる所もあるらしいけど」
「どっちかっていうと苦手です。……魔物くらい大きくなったら、無理です」
あ、ちょっと魔物の動きが鈍くなったような。駄目、そんなの駄目。ああ気持ち悪い。でもこっちに来い。
うねうね、くねくね、ぬめぬめした魔物が、国境線の上に乗りました。
うわっ、なんか出た!
魔物の体が、尖った金色のものに下から刺されました。
金色のとんがりは、三本出てきました。魔物に刺さったのはそのうちの二本です。細いですが高さは一メートルと五十センチはあります。国境線から出た……というより線が変化したものでしょうか。人がこの線を踏んだら……ひいっ。でも、走り高跳びのことを考えると、人が跳び越えられないことはなさそうですね。私には無理ですが。
国境線の異常を知って飛んできた国境警備兵たちに剣でとどめを刺されるまで、魔物は串刺しになっていました。
警備兵たちに国境線を無効化してもらって、無事に線を越えました。
というわけで、ニールグまで戻ってきました。警備兵の一人が「お帰りなさい」と言ってくれましたが、戻ってきたという実感は私にはあまりありません。こんな所では二本の線の向こうと変わるものなど、せいぜい国境警備の人たちの服装くらいですから。
ですが、エドワードさんは「お帰りなさい」の言葉に嬉しそうに笑いましたし、なんだかほっとしたかのようにも見えました。
ジークさんは普段と変わらない無表情でしたが、国境を越えて戻ってきたことに何か思うところがあったようで、エドワードさんが警備兵たちと少しだけ話している間、イメアの方を見つめていました。
国境線から少し歩いたところで、今日三度目の魔物の群れに遭遇しました。まずはいつもの。
【動くなっ!】
こちらに向かってきていた、十匹の魔物たちがピタッと止まりました。
何だろうこれ、カモシカ?
「ボー」
魔物の一匹が鳴きました。なんだか気の抜ける鳴き声です。
まあ魔物の種類なんて何でもいいです、私の魔法が効くのであれば。
ええっと、何使おうかな。範囲の広い強力水鉄砲にしましょうか。呪文的には矢か槍ですが。
魔法陣はこうして……。よし、なかなか綺麗に描けました。あとは呪文です。大丈夫、短い方なのできちんと覚えています。失敗なんかするものですか。
【たくさんの 矢のような水 飛んでいけ 槍のように 全て貫け】
魔法陣が強く輝いて、魔法陣全体から勢いよく飛び出した水が魔物に次々と当たりました。
うん、強力。呪文のとおりに魔物の体を貫通したようです。さすが上級の教科書でも後の方で出てくる魔法です。強い魔物はのけぞる程度だと書いてあるので、国境近くの魔物に穴をあけた今のは強過ぎるようにも思えますが、魔力の強さに左右される魔法のようなのでたぶんこれで良いのです。
空気に溶けていく魔物たちを見て、
「ここ半月で、レイちゃんがすごく強くなったような気がする」
とエドワードさんがそう言い、ジークさんがそれに頷きました。
「そうですか」
褒めてもらえるのは嬉しいのですが、何故? 自分ではそうは思わないのですが。
「うん。もう何度も今みたいに魔物一掃してるじゃないか」
ああ、それでですか。
「強くて範囲の広いの何度も使ってるから、そう見えるだけだと思います」
「そうかもしれないね。でもさ、そういうのを失敗しないで使えるのは強いってことじゃないのかい」
それがこの世界の普通の人ならそうなのでしょうね。私のことは同じように考えてはいけないと思います。
「私みたいなずるいのが一年経っても失敗多かったら問題だと思いませんか」
「それでも、前にも言ったけど、旅しながらってすごいと思うよ?」
「それならいいんですけど」
「すごいよ。僕、こんなに優秀な子がついてきてくれて良かったって何度も思ったし」
そこまで言いますか。照れるではないですか。でも、
「レイ、あんまり否定するものじゃない」
う、ジークさんから先制攻撃がっ。
今は褒められておくとしましょう。嬉しいですし。
「ありがとうございます。……褒めても何も出ませんからね」
私がそう言うと、エドワードさんがにっと笑いました。
「そうやって照れるレイちゃんが見られるだけで十分だよ」
ぐうっ……十分というよりそれが目的でしょう、そうでしょう。私が顔を赤くするのを見て何が楽しいのですか。もうっ。
魔物の群れに魔法でいろいろぶつけているうちに日が沈みました。まだ森を抜けていません。今日は野宿です。
そろそろ寝ようと思っていたら、
「ごめんね」
と、エドワードさんから言われました。何故?
ジークさんも不思議に思ったらしく、彼もエドワードさんに目を向けました。
「帰ってきたせいかいろいろ思い出してさ。で、レイちゃんには無理させたなあって思って」
無理などした覚えがありませんが。つらくなったら言うと約束しましたし、約束などしていなくても、山で雨に降られた時には走れないと伝えましたし。
「いきなり夕飯が野生の動物とかさ。しかもかわいい方のやつで」
ああ、旅に出た日のことですか。エドワードさんに言われてジークさんが持ってきたのでしたね。緑色のうさぎを。
「そんなことより、あれが緑色ってことにびっくりしてました」
「あ、そうだったんだ?」
ええ、そうですよ。ジークさんがさくっと持ってきたことも驚きでしたけど。
うさぎ解体とか絶対無理だと思ったのに、そんなことはなかったのは、あのうさぎが緑色だったからだと今でも思っています。白とか茶とか、あちらの世界にもいるような色だったらたぶん駄目でした。保育園や小学校でかわいがっていたことがありましたから。
「無理なんて全然してません。……ついてくのに精一杯ってことはありましたけど……ふぁ」
おっといけない、あくびが。
「ああ、ごめん。眠いよね。今日もありがとう」
どういたしまして。
「明日も、頑張ります……」
それじゃあおやすみなさい。
こんな所で寝るの、あと何回でしょうか。
「ギョエー」
ん、この鳴き声は……。
「レイちゃんっ、起き……た?」
「うわっ……は、はいっ」
目を開けたらエドワードさんの顔がすぐそばにあって驚いてしまいました。
「魔物だよ。結構いる。こっちには気付いてないと思うけど」
魔物め、まだ起きるには早いというのに。
「ギョエー」
また鳴き声が聞こえました。姿を見ずともわかります。翼付き狼もどきです。
鳴き声の聞こえる方を見ると、薄暗い空に魔物の群れらしき黒い塊が見えました。
何か目的があるのかどうかは知りませんがこちらの方へ飛んできています。
通り過ぎていきそうな感じでしたが、
「ギョエエ!」
木の下にいる私たちのことに気が付いたようです。進行方向を変え、変な声で鳴きながら上空でクルクル回りだしました。どう襲ってやろうかとでも考えているのでしょうか。
「ギョエエエエエ!」
木にもたれて座っていたジークさんが少し不機嫌そうに立ち上がり、空の魔物たちを見上げ、
「うるさいっ!」
おわっ!? ジークさんが、いつも静かなジークさんが怒鳴った! 表情もなんだか怒り気味です。
と、とりあえず魔物たちを落としましょう。
【落ちろー!】
「ギョオォエエエエ!」
魔法を使うと、魔物が悲鳴のような鳴き声を出しながらボトボトと落ちてきました。ああもう、本っ当にうるさい!
【静かにしろっ!】
ふう。耳障りな鳴き声は聞こえなくなりました。
うるさくできない魔物たちは、音を出さないように、そーっと起きあがろうとしています。
「俺がやる」
そう言ってジークさんが聖剣――ではなく、普通の剣を抜きました。
そしてすごい勢いで魔物をばっさばっさ斬っていきます。これは……。
「怒ってますね……」
私が少し小さい声でそう言うとエドワードさんが頷きました。
「うん……。うるさいのは嫌いなやつだし……鬱憤溜まってるのかもしれないね」
そうなのでしょうね……。
ここ一ヶ月の間に魔物はすごい勢いで増えたり強くなったりしてきました。魔人も三日に一回は見ているような気がします。そういうわけで、赤毛のジークさんは何度も何度も「助けて勇者様」をされているのです。そして、今の魔物だらけの状況を変えることをすごく期待されています。ジークさんは勇者ではないし、勇者になる予定もないのに。聖剣を持って使っているのは彼ですが。
聖剣ではなく普通の剣を抜いたのは、自分は勇者ではないという気持ちの現れかもしれません。
魔物を全部倒して剣を鞘に戻したジークさんがこちらを向きました。彼はいつもどおりの無表情で言いました。
「何で二人ともそんなにくっついてるんだ」
……はっ、そういえばエドワードさん近い!
離れようとしたら、がしっと左腕を掴まれて余計に近くなりました。こういうの、もう何度も経験しているのについついやってしまいます。
エドワードさんは左手を頬に当てて、にこにこ笑って答えました。
「ジークが珍しく大声出したりしたから、怖ーい、って」
「エドはいつから女子になったんだ」
「今かな」
エドワードさんが女性だったら……きっとマリアさんのような、かっこいい美人さんな感じでしょうね。
「ところで二人とも、眠い? もう少し寝る?」
エドワードさんの質問に、私とジークさんはほぼ同時に首を横に振りました。
「ま、あんなの聞いて体動かしたらそうだよね」
ええ、そうですね。後で眠くなるかもしれませんけど。
で、エドワードさん、いつまで私の腕を掴んでいるのです?




