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控えておく。

 クオ皇国まで戻ってきました。盗賊から魔法の本を奪ったり、リヒトさんから勇者をやめたことを聞いたりしたのがこの国でのことです。エイミーに最後に会ったのもここですね。

 国境の警備がやたらと厳重だったり越えるのは難しい山があったりして一直線とはいかないので、探す物がなくてもあまり早く戻ることはできません。行きよりはずっと短い距離で済んでいますが。

 このところは雪ではなく雨に降られるようになり、山を除いて日陰にすら雪を見なくなりました。そうそう、梅のような形の黄色い花が咲く木を今日見ました。匂いは梅でしたので梅の一種なのかもしれません。それの名前のことをエドワードさんは「エイヴァだった気がする」と言い、ジークさんは「砂糖五の三か四号」と言いました。春の花だと認識していることは二人とも同じでした。

 私がこの世界に来た時の、あちらの世界が今くらいの時期でした。

 そういうわけで、もうこうなってくるとそろそろブーツっておかしい気がする……などと、宿の部屋で布団に潜りながら考えたのが神様にわかったのでしょうか。翌朝起きると、なんと私の靴が綺麗になって戻ってきていました。そしてブーツが姿を消していました。今回はメッセージが書かれたものはありませんでした。

 この靴がこうして戻ってきたということは、頑張ったと認められたと考えていいのでしょうか。無事に旅が終わったら戻ってくるのだろうと思っていたのですが。

 ともかく今日からまたこの靴です。

 靴紐を結んでいると部屋の外からエドワードさんとジークさんの話す声が聞こえてきました。早くしなければ。

 支度を終えて廊下に出ると、私に気付いたエドワードさんが今日も爽やかな笑顔を向けてきました。

「おはよう。あ、靴返してもらえたんだ」

「おはようございます。起きたら戻ってきてました」

「そっか。この調子で頑張れ、ってことかな?」

 ああ、そういう意味なのかもしれませんね。



 靴が戻ってから約二週間で金色の壁のある国境まで戻ってきました。シクト大陸で出会ったマーク君は今頃、魔法学校一年生になっていることでしょう。

 最近はどこに行っても魔物が多く、魔法を使う機会がすごく増えました。魔人も多いです。この大陸に戻り、ここに来るまでに、魔人が出てどうこうという話を少なくとも八回は聞きましたし、五回も実際に見ました。そのうち三回はその街の人々や旅人が頑張って倒すのを、手伝う必要がなさそうだったので見守り、二回はエドワードさんとジークさんが二人で倒しました。

 さてこの壁ですが、前回ここを通る時にもお世話になった、近くの街に住む諜報員のキャロルさんが一部に細工をして通れるようにしてくれているはずですが、それらしき箇所は見当たりません。どうしましょう。

「ちょうどいいのがいる」

 と、ジークさんが指差した方を見れば、大きい猪のような魔物がうろうろしていました。確かにちょうどよさそうだったので、今日何回目かの魔法を使って壁に体当たりさせてみました。できた穴は前に通ったものに比べて小さなものでしたが、私たちが通り抜けるには十分な大きさでした。

 街に向かう途中で、キャロルさんが歩いているのを見つけたので声をかけました。こちらに気が付いた彼は駆け寄ってくると、にこにこ笑って挨拶してきました。

「どうやってこっちに? また魔物がぶつかってくれましたか?」

 キャロルさんの質問に、私が魔法で魔物を国境の壁にぶつけたことをエドワードさんが言うと、キャロルさんは「すごいですねー」と誉めてくれました。

「キャロルさんはどうしてここに?」

 今度はエドワードさんがキャロルさんに質問しました。

「あれの構造がいまいちわからないのと私の魔力があんまり強くないこともあって、三日もすると細工が無効になってしまうんですよ。今からまた行くつもりだったんです」

 それで壁は何ともなかったのですね。

 キャロルさんと一緒に街まで戻り、街の中心近くを歩いていると、だーっと走ってきた女性が、いきなりジークさんの腕をがしっと掴みました。

 おっと、これは「助けて勇者様」な感じですね。イリム大陸に戻ってきてからというもの何度かこういう、ジークさんが頼られることがありました。

 手を離してもらいたさそうなジークさんに、彼女は早口で言いました。

「あなた勇者? 武器あるから戦えるわよね? 魔人がいるの。今はまだいいんだけど、どうなるかわからないからちょっと来てちょうだい」

 やや強引に女性に連れられて商店街に行くと、そこでは細身の魔人が一人の男性に襲いかかっていました。

 襲われているのは、前にこの街に来た時にエドワードさんが殴り飛ばした人のようです。ええっと、トロッコ、じゃなくてモロッコでもなくて、

「襲われてるの、トロッターですね」

 キャロルさんが答えを言いました。

 魔人は右手に包丁を、左手に何故か片手鍋を持っています。トロッターは何も持っておらず、魔人の攻撃を頑張って避け続けています。

 包丁と鍋を振り回しながら魔人が叫びました。

「逃げんなゴルァ! 毎日毎日、お前は        とか       とかうっせえんだよおおおお! 死ねやああああ! 殺おぉすっ!」

 うわあ、なんかヤクザだし殺気に満ち溢れてる……。っていうか、

「魔人って簡単なことしか言わないような気がしてました。魔法使うの見ましたけど」

 私がそう言うとエドワードさんが頷きました。

「僕もなんかそんな気がしてたよ」

 初めて見た人は笑って魔物のように叫んだだけでしたし、二人目と三人目の声は私は聞いていませんし、四人目は泣きながら呪文を唱えていた以外は「何で?」と叫んだだけでした。五人目は「ギャアアアアア」と叫んだのを離れた場所で聞いただけ、六人目は少し唸っただけ、七人目は四人目に負けないくらい泣き叫ぶだけ、八人目は「ウキョー!」などという奇声しか発せず、一昨日見た九人目は最初の人と同じような感じでした。

「ところであの人、何言われて怒ってるんですか」

「聞こえなかったのかい? 女っぽいって感じのことを毎日言われてるみたいだよ」

 おお、エドワードさんから聞こえなかった言葉の意味を教えてもらえました。

「そうですか」

 エドワードさんに特に怒った様子は見られませんし、ジークさんの表情に変わりはありません。キャロルさんは、やれやれといった感じでしょうか。あまりひどい言葉ではないようです。

 さてそろそろ止めないと。

「待って」

 杖を握り直したところでエドワードさんの手に口を塞がれました。

「魔人に一発殴らせてもいいと思うんだ」

 ええっ。

「むー」

 適当に声を出して抗議すると、口を塞いでいた手が離れました。

「死んじゃったらどうするんですか」

 鍋でゴチンならいいですが、包丁でザクッとかブスッとかだったら困ります。

「トロッターならたぶん大丈夫ですよ」

 キャロルさんまで何言っちゃってるんですか!

「死んじゃったらあの人、殺人犯になっちゃうじゃないですか」

 トロッターは、迷惑な人、悪い人だと、前にこの街に来た時にここの住人に聞きました。でも殺人をしたとは聞いていません。魔人になってしまったあの人がそこまで悪くなる必要はないと思うのです。

「それにみんなから嫌われてる人をやっつけるんだとしても魔人になって成敗なんて邪道です。相手が人のままなんだから正々堂々自分の力でやるべきです! あの人が頭のいい人だったら、悪の力を使ってどうこうするのは主人公の壁になってうざいことこの上ないんです!」

「……あの?」

 はい、何でしょうか、キャロルさん?

「それは何の話ですか?」

 え?

「えーっと」

 何だっけ? 何の設定だったかな。ああそうだ、あれとあれと……って、あれ、私、結構強く変な主張をしてしまったような。

「いろんなのが混ざった結果? です。たぶん……」

 恥ずかしくなってきました。キャロルさんには今のを忘れてもらいたいところです。

「じゃあ両方ぶっ飛ばすか」

 エドワードさんがそう言って、ジークさんがそれに頷きました。

 まずエドワードさんが「邪魔」と言ってトロッターを蹴り飛ばし、遠巻きに事態を見守る人たちがどよめく中、魔人に剣を向けました。

 ジークさんが聖剣を抜くと、きらめく刃にキャロルさんが「おお」と目を輝かせました。

 あ、トロッター逃げた。

 獲物を蹴飛ばされて「邪魔するな!」と怒る魔人にエドワードさんは素っ気なく言いました。

「お前、邪道なんだってさ。で、場合によっては僕らの邪魔になってうざいことこの上ないんだと」

 それに対する魔人の返事はたった一言でした。

「死ね!」

 と怒鳴りながら鍋を振り上げる魔人に、

「お前が死ね」

 エドワードさんが物騒になって応戦しました。

 今回もエドワードさんの表情は見えません。物騒な時の彼がどんな顔をするのか、私はいまだに知りません。魔人を倒した後ならば、きっと爽やかな笑顔を向けてくれることでしょう。

 戦うエドワードさんたちをただ見ていると、キャロルさんが話しかけてきました。

「あなたは何もしないのですか? さっきは止めようとしていましたから、魔法が効かないというわけではないでしょう?」

「魔法は効くと思いますけど、何か出しても当てられないっていうのと」

 動いている的に水やら炎やらを当てるのは難しいです。ときどき魔物を練習台にしていますが、今のところ二割も当たりません。

「魔人といっても相手が動いてないと罪悪感みたいなのでやりづらくなるから、不利になるまで止めるなってあの二人に言われてるんです」

 見たことのある魔人の四人目、魔法学校の生徒である彼女を街まで運んだ時に言われたのです。

「優しいのですね。それに強いからこそ言えることでもありますね。頼もしいです」

 ふふ、そうでしょう? 今の物騒なエドワードさんを優しいと言っていいのかはわかりませんが。

 カーン! という大きな音がして、魔人の鍋が宙を舞って地面に落ちました。今回の魔人は武器がいまいちのくせしてなかなかしぶといです。

「ちょっといい?」

 今度は私たちをここに連れてきた女性が話しかけてきました。

「強引に来てもらってこんなこと聞くのもあれなんだけど、あなたたち、何者なの?」

「あー、えっと、未来の勇者とそのお手伝いです。あ、勇者は青い人です」

「それじゃあ何であの子は赤いの?」

「わかりません。ただ赤いだけだって本人は言ってます」

 話しているうちにエドワードさんが殴ったことで魔人がバタッと倒れ、魔物が姿を現しました。虎かライオンか、ともかく大きいネコ科もどきはジークさんに斬られて消えました。

 魔人だった人は、知り合いらしき人たちに心配されながらお医者さんの所へ運ばれていきました。

 無事に魔人を倒したエドワードさんはまたこの街の人々に囲まれました。ジークさんも囲まれかけましたが上手い具合に回避して私たちの所まで戻ってきました。ジークさんと入れ替わるようにして私たちを連れてきた女性がエドワードさんにお礼を言いに行きました。

 たくさんの人に話しかけられているエドワードさんは、爽やかな笑みを浮かべています。

「魔人に言い返した時の彼、なんだか迫力あって怖いくらいでしたけど、今は全然そんなことないですね」

 と、キャロルさんが言いました。

「やっぱり、怖いって思いますか」

 私の質問にキャロルさんが頷くと、ジークさんがぽつりと「俺も」と言いました。

「何なんでしょうね、あのエドワードさん……」

 なんとなくそう言ってみたら、

「エドの父さんの影響じゃないかと思ってる」

 と、ジークさんから返ってきました。

「エドワードさんのお父さんはあんな感じに喋るってことですか」

「詳しく聞いたわけじゃないけどそうだと思う。それで、エドは小さい頃、少し言葉遣いが乱暴だったらしい」

 ほほう。興味深い話ですね。

「十歳くらいからは母さんに直すように言われて気を付けるようになった、とも聞いた。話し方を変えて、性格が丸くなったんじゃないかと思ってる。今は普段がああだから、乱暴な話し方すると余計に怖くなるんじゃないか」

 なるほどなるほど。ジークさんは、あの物騒なエドワードさんは、彼の元々の性格が現れたものと考えているわけですね。

「レイもたまに変わって、男っぽくなる」

 ええ、そうですね。恥ずかしく思ってしまうこともあります。

「わざとやり始めたら、いつの間にか自然に出るようになっちゃって」

「何でそんなことになったんだ」

「怒る時はああいう風に喋った方が妹と弟には怖いんじゃないかっていうのと、お兄ちゃんにもなろうってちょっと思ったことがあったのと、あと、男の子が主人公の物語の影響だと思います」

 小学校高学年くらいからでしょうか。男っぽく、と意識して話したり少年に感情移入したりしているうちに、自然と男性のような言い方をするようになったのでしょう。

「演技してるのが自然になるっていうの、わかります」

 キャロルさんが感慨深げに言いました。

 しばしの間三人で話しているとエドワードさんが戻ってきました。そして、キャロルさんと別れて街を発つことになりました。今日はまだまだ進む予定なのです。

 さて、寝るまでにあと何回魔物を見るでしょうか。

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