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恥ずかしいから

 すごく嫌な夢を見ました。夢の中で泣きそうになったところで目が覚めました。寝る前にあんなこと考えるんじゃなかった。

 起きるには少し早い時間ですが、今寝たら遅くまで寝てしまいそうなので、起きましょう。

 明日のお昼頃にはイリム大陸に着く予定だったはずです。特に何かなければここで夜寝るのもあと一回というわけですね。

 エドワードさんとジークさんは部屋にいないようです。船内の散歩にでも出かけたのでしょうか。

 私も支度をして部屋を出ることにしました。

 嫌な夢だったなあ、なんて考えながらふらふらと甲板に出てみると、エドワードさんとジークさんを見つけました。海と朝日を見てのんびりしているようです。

 声をかけると二人は振り向きました。

 ジークさんがほんの少し目を細め、

「どうした」

 へっ?

 何のことかと思っているとエドワードさんが言いました。

「怖い夢でも見た?」

 あれ、顔に出ているのでしょうか。

「はい……すっごく恐ろしい夢を見ました……」

「……どんな?」

「私は中三で受験生で、高校入試受けてて、問題が全然解けないっていう……!」

 公立の、今の学校に入学するための試験でした。

 あの頃には既に滑り止めに合格していましたが、夢の中の私はそんなことはすっかり頭の中から抜けていて、「合格しなきゃ進学できない、高校生になれない」と、全く余裕がありませんでした。

「……僕そういうのやったことないけど……嫌そうな夢だね」

 ええ、本当に嫌な夢でした。寝る前に、入試の時期だなあ、なんて考えたのがいけなかったのでしょう。

「本当は普通にできたんだよね? 何で悪くなちゃったのかな」

「たぶん大学入試への不安と混ざっちゃったんだと思います……」

 進路がはっきりしていないどころか、いつあちらの世界に帰れるのか不明だというのに。そもそも無事に帰れるかどうかさえまだわかりません。最悪の場合、帰れずに死んでしまうことでしょう。やるべきことをやれば帰れると言われただけなのです。

「あの、私、嫌な夢見たって顔してましたか」

「少しね。あとそんな雰囲気」

 むう、自分で思っている以上の悪夢だったということでしょうか。

「前だったら全然わからなかったと思うよ。ジークの方がわかりやすかったこともあったし」

 えっ。表情が変わったとしてほんのわずかのジークさんより私の方がわかりにくかったなんて。私もあまり変わらないと言われますが、ジークさんに比べれば表情豊かと言えるくらいだと思っているのですが。

「そうだったんですか……」

「うん。ジークとは男同士で気が合うっていうのもあったからかもしれないけどね。レイちゃんはジークより表情があるけど、ずっと緊張して顔が固まってる感じで、何考えてるのかさっぱりだったよ」

 なるほど。緊張で感情が隠れていた感じでしょうか。

「でも、何度も言ってるけど、魔法のことになるとすごくわかりやすかったよ」

 ふふふ、と笑ってエドワードさんは何故か私の頬をつついてきました。

「何ですか」

「仲良くなれたなーって思って。『大好き』って言ってもらえたし」

 ぎゃあああああ!

 思わず三歩も下がってしまいました。

「あ、あ、あああ、あのことは、わ……」

 おっと、日本語になっています。

「あのことは……」

 忘れたいとも、忘れてほしいとも思いました。でも、

「胸にしまっておいてください……」

 忘れられてしまうのは、寂しいような気もするのです。

「それは難しいなあ。僕、無事に旅が終わったら、いろんな人に話しちゃうよ」

「えっ、な、何で話すんですかっ」

「一緒に旅した子が恥ずかしがり屋なのにこんなこと言ってくれたよー、って話したいじゃないか。な、ジーク」

 ジークさんは少し考えるような素振りを見せてから頷いて言いました。

「ケイと両親には話すかもしれない」

 えーそんなあ……。

「そんなに恥ずかしがることか」

「ジークさんは恥ずかしくないんですか」

 友達になら私も言えるかもしれません。照れるのは間違いありませんが。

「……レイに言おうか」

 何を!? 私がエドワードさんとジークさんに言ったことをですか!?

「嬉しいけど恥ずかしいからやめてくださいっ」



 出港してから十日でイリム大陸に着きました。マシンガンのように火の球を飛ばす魔法を使っていた人がとてもかっこよかった航海でした。あの魔法を覚えられたらいいのに。

 久しぶりのイリム大陸は荒れ気味でした。

 普段雪があまり降らない地域が大雪だったとかで、住民のストレスが溜まったのか、魔物の数がかなり多くなったようです。街の中でも油断していると魔物に襲われることがあるそうです。それで怪我をしてしまった人も少なくないのだとか。

 急に増えたり強くなったりした魔物が恐ろしくて不安になってまた魔物が……と繰り返しているのではないでしょうか。

 港町を出て歩いていると、高さ六メートルくらいの、首の長ーい魔物が道の真ん中に立っていました。海で大きな魔物は何度か見ましたが、陸上でここまで大きいのを見たのは初めてです。強そうです。

 とりあえず魔法で動けなくしましょう。効きますよね?

【動くなっ】

 魔物は特に何もしてきません。大丈夫そうです。

「何だこいつ」

「長いな」

 エドワードさんとジークさんが、動かない魔物をまじまじと見て首を傾げました。

「キリンじゃないですか」

「何それ?」

 あら、聞いたことありませんか。

「私の世界だと暑い方の草原あたりに住んでる動物です」

「へえ。この世界にもいるのかな?」

 さあて、どうでしょうね。翼付き狼もどきはいても翼付き狼はいないようですからね、キリンもどきがいてもこの世界にキリンがいるとは言えないわけです。

 キリンもどきはエドワードさんが斬り捨てました。

 また街道を歩いていると、今度はガーガーうるさい魔物が飛んできました。大きな烏といったところでしょうか。

【落ちろ!】

 私が魔法を使うと魔物はボトッと落ちました。そこに素早く剣を突き立てたエドワードさんが言いました。

「あれ? こいつの足、三本ある」

 足が三本? この世界の魔物のくせして八咫烏ですか。生意気な。さっさと消えてしまえ。

 そこからまた十分と歩かないうちに、今度は耳が三角で熊のような体をした魔物の群れが道を塞いでいました。非常に邪魔です。

 いつものように魔法で魔物たちを動けなくしました。

 さて、数が多いときは私の出番です。魔法陣を描いて、と。

【点火。――飛んでいけ】

 炎が飛んでいって、魔物の一匹に当たり、爆発が起きました。三匹が倒れました。

 相変わらずこの魔法となると威力がおかしくなります。何度やってもこうなので、もうこれはこういうものだということにしました。

 さてもう一回。また魔法陣を描きました。

「今度は叫んでみてもいいですか」

「え? あ、強くするってことかい?」

 ええ、そういうことです。

 私が頷くと、

「じゃ、僕ら下がってるね」

 エドワードさんもジークさんも私から三メートルは離れました。

 いざという時のために、水の出る魔法の準備をしました。

 では、やりましょう。

【点火】

 ここまではきっと、炎の球の大きさが平均より少し大きいくらいでしょう。特に問題は無いはずです。

 杖を強く握って、

【飛んでけえええっ!】

 あ、今「い」が抜け――やばっ。

 炎の球が少し大きくなったように見えたと思ったら、ばびゅんとすごい勢いで飛んでいき、魔物に当たりました。そこから先はわかりません。自分にも被害があってはいけないと思って、とっさに腕で顔と頭をかばって目を閉じてしまったからです。

 目を開けると魔物は全部空気に溶けているところでした。魔物の他には特に被害はないようです。せいぜい雪がいくらか解けたくらいです。しかし、

「やっちゃったあ……」

 まさかここまで威力が上がるとは……。火事にならなくて良かった。

 この魔法が解説されている本のタイトルは『魔法基礎一』です。「基礎」でしかも「一」なのです。つまり簡単なのです。簡単な魔法というものは威力も範囲も控えめなものです。

 確かにこの魔法は『魔法基礎一』の中では威力が強い方です。でも今のは強過ぎます。ニールグの魔法で今のと同じくらいの威力のものを覚えたければ、上級の教科書が必要です。

 エドワードさんが私のそばまで戻ってきて、にこにこ笑って言いました。

「今のすごいよ、レイちゃん!」

 あう、褒めないでください。

「駄目なんです。今のは失敗です。呪文ちょっと間違えちゃって」

「へえ、レイちゃんには珍しい失敗だね」

 こんな間違え方をするなんて、恥ずかしいです。

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