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今はまだ

 港町まで戻ってきて、イリム大陸に戻るために船に乗りました。

 今日も寒いですが、そろそろ春が来ます。

 船はつい先程出港しました。今は寒いのを我慢して甲板に立っています。

「あんまり変わりなかったですね。同じ国の中みたいでした」

 シクト大陸の感想を言ってみると、

「あの森はすごく異国だったと思うな」

 そうエドワードさんから返ってきました。すると、彼の言葉にジークさんが頷き、ぽつりと呟きました。

「あと未来だった」

 その言葉に今度はエドワードさんが頷きました。

 二人が言うのは佐藤神社のことですね。昭和か平成の日本のようなあの場所は、二人にとっては異国で未来だったのです。

 佐藤神社といえば神主の佐藤さん。何故彼がこの世界に来たのかは謎です。来た時期は聞きましたが、理由は教えてもらえませんでした。彼の友達である神様のせいではないそうです。

「あそこは恐る恐るって感じのエドワードさんが見れてよかったです」

 ふと思いついてエドワードさんに意地悪してみると、

「ひどいなあ」

 彼は少し顔を赤くして恥ずかしそうにしました。ふふ。

「ジークさんはお茶におっかなびっくりって感じでしたね」

 神主さんにお茶を出された時のジークさんは、湯呑みを両手で持って、慎重に慎重にお茶を飲んでみているようでした。

「……苦そうな色してたから」

 そう言ったジークさんの表情は変わったようには見えませんでしたが、声はいつもより小さくなっていました。エドワードさんと同じで少し恥ずかしく思ったのかもしれません。

 ふふっ、なんだか二人に勝った気分です。

「あそこで一番落ち着いてたっていうか、余裕そうにしてくつろいでたのはレイちゃんだったね。あれ見るまでだけど」

 佐藤さんが見せてくれた写真のことですね。

「違う世界の昔の偉人と親が仲良く並んで笑ってたら普通びっくりすると思うんですけど」

「はは、そうだね。レイちゃんのお母さんは、レイちゃんの世界のいつ、こっちに来たんだろうね」

 いつ来たか、ですか。それは私も何度か考えました。

 写真のお母さんの外見や、神主さんの“私が話を聞いたのは小さい頃だから忘れた”的な発言からして、十五から二十年ほど前ではないかと思います。

 そのことを私が伝えると、ジークさんが言いました。

「レイが生まれてからのことかもしれないのか」

 ええ、その可能性もありますね。

 私が頷くと、

「もしそうだったら」

 エドワードさんが言いました。

「レイちゃんのお母さんは、レイちゃんの世界からすればすぐ帰ったってことになるね」

 そうですね。私の人生でお母さんが長期間いなかったことはありません。私が生まれる前のことだとしても、お母さんがあちらの世界で行方不明になっていた、なんてこともありません。……ないはずです。

 だからきっと、私だってあちらの世界に戻ればそう時間は経っていないと思うのです。

「そういえばさあ」

 エドワードさんは何か思い出したようです。何でしょうか。

「借りた本読んで、賢者が皇帝とくっついたのが気に食わないって言ってたよね」

「あ、はい」

 ……お母さんとあの皇帝か……嫌だ。すごく嫌だ。考えたくない。

「それってさ、賢者が誰だかなんとなくわかってて、お母さんが不倫してるみたいで嫌って感じだったんじゃないかな」

 え……うーん、どうでしょう? 確かに今、お母さんとあの皇帝がくっつくのは嫌だと思いましたし、偶然にもあの本の賢者の言動はお母さんと似ているところがありましたが……。

 少し考えていると今度はジークさんが言いました。

「勇者は女の人だと思ってた、って言ってなかったか」

 ええ、言いました。ひまわり帝国でのことだったはずです。宿に飾ってある勇者たちの絵を見て、何か違う、変だと思いました。そこで何を違うと思うのか考えたら“勇者が男性”ということだと結論が出ました。

「やっぱり聞いて知ってたってことなんじゃないか」

 あー、そう言われてみればそうなのかも……?

 お母さんがこの世界でのことを話してくれていたとなると、同時に写真を見せてくれたのではないでしょうか。佐藤さんが持っている写真と同じものが我が家にもあるかもしれません。そうだとすれば、夢に出てきた勇者と、佐藤さんが見せてくれた写真の勇者が似ていてもおかしくないと思います。

「ねえレイちゃん」

 何でしょうか、エドワードさん。

「レイちゃんのお母さんが帰れたんだから、レイちゃんも帰れるよね」

 そうですね。佐藤さんは「帰れる」と言っていました。彼自身は帰れなくてこの世界で亡くなってしまいましたが……。

「行き来は簡単じゃないんだろうね」

 簡単だったら、今頃ジークさんのお父さんの研究はお金になっているかもしれませんね。

 私が頷くと、エドワードさんはとても真剣な表情で聞いてきました。

「ここで、魔法使って生きてたいとは思わない?」

 ……それは……

「……何でそんなこと……」

「レイちゃんは魔法が大好きじゃないか。だけど魔法が無い世界に帰りたい気持ちが強いみたいだって前から思ってたんだ。で、いい機会だから今聞いておこうかと。……魔法があってもこの世界は嫌?」

 なるほど。きちんと答えてもらったからには、私もなんとか答えてみましょう。

「……洞窟の地下三階で、床とか天井とか見て、現代的になったって思ったんです」

 思っていることをうまく言えるでしょうか。伝わるでしょうか。

「……未来的じゃないのか」

 ジークさんが言いました。

 ええ、そうです。未来ではないのです。

「今でもそう思ってます。この世界は、昔です。まだ慣れてないんです。ここで生きてくのは、すごく大変そうって思うんです」

 生きていくことはできるでしょう。でも日本での生活と比べて、きっと「嫌だ」と思うでしょう。今は旅をしているから、移動しているから、不便なのは仕方がない、と自分に言い聞かせています。

「あと寂しいんです。私、エドワードさんもジークさんも大好きです。会えなくなったら、悲しくなって寂しい思いすると思います。でも二人より、家族と親友に会えない方が今は嫌です」

 一年後にまだこの世界にいたら、優先するものが変わっているかもしれませんけれど。

「……でも、魔法なくなるの……すごく嫌、です……」

 ああどうしましょう、声が振るえていますし、涙が出てきました。こういうことは何度目でしょうか。本当に情けない。

 絶対に叶わないことだからと一度は諦めました。物語の中のもので満足してきました。それなのに、それなのに……。

 ああ、変なの。

「……ふっ、ははっ」

 悲しいのに、一度「変なの」と思ったら笑えてきました。

「魔法がなくなることに、泣きたくなる日が来るなんて、思ってませんでした……」

 なんて幸せな悲しみでしょうか。

 泣きながら笑っていたら、頭にぽんと手が乗せられました。少し遅れてもう一つ。下がっていた視線を少し上げてみると、エドワードさんが困ったような顔をして私の頭を撫でていました。ジークさんも遠慮がちに私の頭に手を乗せていました。二人とも慰めてくれているようです。

 少しの間、撫でられていたら冷静になって、猛烈に恥ずかしくなってきました。客室ならばともかくここは甲板……! こんな所で泣きながら笑って慰めてもらっているとかもう……! 寒いのであまり人はいませんが、視線を感じます。隠れたい! しかも! しかも私! エドワードさんとジークさんに「大好き」とか言っちゃったあああああ!



 さて、私たちは、どこかに泊まるときは基本的に部屋を分けていますが、船内での部屋は一緒です。

 広いとは言えない客室には二段ベッドが二つ置かれていて、ベッドとベッドの間はカーテンで仕切れるようになっています。

 甲板から客室へと逃げてきてカーテンを閉め、二段ベッドの下段で膝を抱えて丸まりました。

 しばらくしてから落ち着いたので、洞窟でリヒトさんが見せてくれた光の球の練習をすることにしました。

 集中して疲れたら休憩してまた集中……と繰り返していたら、手のひらの上の光がいい感じになってきました。

 もう少し……もう少しで丸く……

「レイちゃん」

 え、あっ、

「あー……」

 丸くなりかけていた光が散って消えてしまいました。残念。

「……邪魔だった?」

 いつの間にか部屋に戻っていたエドワードさんが、カーテンから少しだけ顔を覗かせて申し訳なさそうに言いました。声をかけてきたのは彼です。

 ……うぐっ、甲板での発言が……忘れろ、とりあえず忘れるんだ私。

「いいんです。声かけられただけで集中してられないのが悪いんです」

 腕時計を見ると、食堂が開く時間になっていました。夕飯の時間だからと呼びにきてくれたのでしょう。

「ご飯ですか」

「うん」

 じゃ、行きましょうか。

 エドワードさんと一緒に部屋を出ました。ジークさんは先に食堂に行っているそうです。

「さっきのさ、秋から練習してるよね。難しい?」

「難しいです。集中してないとすぐ駄目になっちゃって。毎日ちゃんと練習してたら今頃は上手くできてるのかもしれませんけど……」

 話しながら、歩きながらなんてとてもできませんし、優先すべきは魔法陣を綺麗に素早く描けるようになることなので、できなくても困らないこれの練習の時間は短いのです。

 やることやって帰る前にはできるようになっているといいのですけど。

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