どうしようか。
手袋を買った街に着きました。今日はここまでです。
エドワードさんは魔人だった人を背負って街の人と一緒に病院まで行き、私とジークさんは宿を決めて、それからエドワードさんを迎えに病院に行く、ということになりました。
泊まる場所を確保してから病院に向かって歩いていると、
「あー! ジークにーちゃんだ!」
元気のいい声が聞こえて、小学生くらいの子たちが駆け寄ってきました。男子四人と女子二人です。以前この街に来た時にエドワードさんに挑んでいる子供たちがいましたが、彼らでしょうか。
「エドお兄ちゃんは?」
エドワードさんを病院に迎えに行くところだとジークさんが答えると、質問した小さい方の少女は目を丸くしました。
「エドお兄ちゃん怪我とか病気?」
「弱った人を連れていった」
「そうなんだー、良かったー!……あ、連れてった人いるから良くないか」
「ねえ、ジークにーちゃん」
今度は小一くらいの少年がジークさんに一歩近付いて言いました。彼が一番小さいです。
「エドにーちゃん迎えに行くなら僕たちも一緒に行っていい?」
ジークさんは答えず、私に向けて小声で言いました。
「この子たちの相手できるか」
はい?
「レイが残って俺が病院に行ってくればいいかと思って」
えー? どちらかが残るならジークさんが彼らの相手をするべきだと思うのですが。
「話し相手ぐらいにならなれますけど、この子たちにとって私は“知らない人”ですよ」
「前来た時エドがレイのこと話してたからきっと大丈夫だ」
そんなで大丈夫でしょうか。
ジークさんは少年に言いました。
「すぐ帰れるかわからないから、このお姉さんと一緒にいればいい。剣は教えられないけど、面白い話とかたくさん知ってるから」
ちょっとジークさん、ハードル上げないでください。
少年は友人たちとこそこそと何かを相談すると、ジークさんに向き直って「わかった!」と元気よく答えました。
そういうわけで私は、エドワードさんとジークさんが病院から戻るか、夕方まで子供たちの遊び相手をすることになりました。
ジークさんを見送ってから、
「行こっ」
一番小さい少年が私の手を握りました。ふふ、かわいいです。本人に言ったらすねるでしょうか。私の弟がこれくらいの歳の時はそうでした。
手を繋いだまま空き地に連れてこられました。来るまでに子供たちの名前と歳を聞きました。
ここにはたくさんの雪があります。この辺りの人は雪かきをしたらここに雪を集めているのかもしれません。
少年たちは雪で何か作るというので、私はとりあえず小さい雪だるまを作ることにしました。
「何か面白い話してー」
二番目に小さい少年が私の隣で雪玉を固めながら言ってきました。
「ジークさんはああ言ったけど、面白いかわかんないよ。昔話でもいいかな」
「おれたちの知らないのならいいよ!」
「何かとかぶってるかもしれないけど……」
顔も手も無い雪だるまを量産しながら、桃太郎と浦島太郎を話しました。そうしたら二番目に大きい少年に「たろう」って何、と聞かれたので、「たろう」と一緒に「いちろう」のことを教え、そこから日本にはどんな名前があるのかの話になりました。
小中高の同級生の名前を挙げていると、空き地に少年が一人やってきました。歳は小学校高学年といったところでしょうか。
「あ、お兄ちゃん!」
少年に気付いた小さい方の少女が立ち上がりました。来たのは彼女の兄なのですね。
彼女は、少年に私のことを紹介し、彼のことを私に紹介してくれました。
「お兄ちゃんはね、四月になったら、魔法学校に行くの」
魔法学校!
国の中心であるこの街には、八年前にできたばかりの、国立ミデス魔法学校という、魔法を学べる学校があります。ここから建物が見えます。ちなみに「ミデス」というのはこの街の名前です。
「魔法学校って、あそこの?」
遠くに見える四角い塔を指差して聞くと、少年――マーク君は頷きました。
「もう入学が決まってるの?」
「九月のうちに決まってます」
おおう、早いですね。
とても興味があるので魔法学校について詳しく聞いてみました。
魔法学校は魔法の知識が無くても魔法を一からきっちり教えてくれる学校です。試験に合格すれば入学することができます。
学費はよほど貧しくなければ出せるくらい。良い成績を残すことができれば卒業時にいくらか返してもらえます。
入試の内容は、簡単な計算問題とイリム語の読み書き、それから空中に決められた図形を描いてみせることです。この国で育っていれば算数と国語で点が取れないということはないはずなので、魔力の強さで合否が決まっているといっていいでしょう。全然頑張ることがない試験です。
生徒は、日本でいうと中学一年生から高校三年生にあたる年齢で、一学年に約八十人が在籍しています。卒業生の活躍次第では生徒数が増えるかもしれません。身分は関係なく生徒は皆平等に扱われます。生徒の多くが寮生活ですが、マーク君は家から通う予定です。
授業は半分以上が魔法、残りは国語(少なめ)、数学、理科(おそらく主に気象や天体)、社会(ほぼ歴史)、英……じゃなかった、アルスリア語、保健体育。卒業する頃にはそれなりの教養と実力のある魔法使いになっているはずです。卒業後の進路は国外に出なければ何でも良し。
マーク君の話を聞きながら手を動かしていて、ふと視線を感じて顔を上げると、エドワードさんとジークさんが空き地の隅に並んで立っていました。いつの間に。
「お二人とも」
お帰りなさい、は違いますね。
何と言おうか迷っている少しの間に、
「エドにーちゃん!」
一番小さい少年がとても嬉しそうな声を上げて真っ先にエドワードさんに駆け寄りました。
エドワードさんは少年と視線を合わせてにっこり笑いました。
「元気にしてたか?」
「うん! 毎日ねーちゃんと素振りしてるよ! ね、ねーちゃん!」
少年か振り返って同意を求めると彼の姉――大きい方の少女がこくこくと頷きました。マーク君を除けば彼女が一番大きいです。
そうしている間にエドワードさんとジークさんは子供たちに囲まれました。よく好かれています。
マーク君は私から離れずに逆に近寄ってきました。何か用でしょうか。
どうかしたのかと聞けば、マーク君はとても真剣な顔で質問してきました。
「魔法は好きですか?」
私が頷くと、彼は声を小さくして言いました。
「俺、魔法を好きになれないんです。嫌いってわけじゃないんですけど……」
「どうして」
嫌いではないと言っていますが「普通」というわけではなく、「どちらかといえば嫌い」でしょう。なんとなくそう思います。
「みんなが使えないからです。頑張っても駄目なものは駄目、っていうのが嫌です」
なるほど。
この世界の魔法は、基本的に、魔力の強い人が得をします。魔力が弱い人は、私のように魔法陣をゆっくり描いて見本と見比べる、ということができませんし、魔法によっては威力が落ちたり効果が減ってしまいます。そもそも魔法陣を描くことすらできない人だっています。それだというのに、魔力を強くする方法は見つかっていません。
「でも」
と、マーク君は言いました。
「せっかく使えるなら使って何かしたいとも思うんです。だから、きっと受かるから来たらどうだってソル……あ、えっと、魔法学校に通ってる人に言われて、行ってみようって思ったんです。それであっさり受かって、本当に行くことになったのに、好きじゃないもの六年間も勉強するなんてことできるのか不安で……」
ほほう。彼の望んでいることがだいたいわかったように思います。
「レイさんはどうして魔法が好きなんですか?」
ふむ……困らせてしまうでしょうが答えましょうか。
「不思議なものが好きなんだよ。魔術とかエルフとか。幽霊みたいに悪い印象が強いのは苦手だけどね」
「それじゃ魔法が無いものみたいです」
そのとおり。
「無いよ」
「え?」
きっぱり言ってみたらマーク君は不思議そうな顔をして私をまじまじと見てきました。
「私はそれくらい遠い所から来たんだ。魔法の存在信じてたのなんて本当に少しの間。それなのに今は魔法が使えて、本当に嬉しくて楽しくてしょうがないの」
「誰も魔法の使い方知らないとかじゃなくて、魔法が無いんですか?」
「無い。魔法なんて物語の中のもの。魔術と一緒」
再びきっぱり言ってみたら、マーク君は眉をひそめました。
「そんなのどこにあるんですか?」
全く信じていないようです。
「どうやったら帰れるのかわからないくらい遠く」
どうやって来たかもわからないこと、山に囲まれて暮らしていたのに気を失って起きたら浜辺だったことも話しました。
「……」
マーク君は反応に困っているようです。きっと今、私はとても変な人に思われていることでしょう。魔法が無いという証拠が無いのだから仕方がありません。
「信じなくていいけど、まあそういうわけだから、魔法の存在が当たり前のあなたを魔法好きにはしてあげられないよ」
私がそう言うとマーク君は少し俯いてしまいました。
「……俺は、魔法が好きになれると思いますか?」
「みんなが使えないのが嫌なだけ?」
逆に質問してみると彼は頷きました。
「じゃあ大丈夫じゃないかな。魔力が弱くても使えるものこれから増えるだろうし。学校にいる間に少しでも好きになれたらいいね」
「はい……」
「まあ、好きじゃなくても六年間ならなんとかなるよ。勉強嫌いでも勉強するために十年間学校に通ってる人もいるから」
しかも大学まで行くつもりでいる人のことを私は知っています。一応、興味のある分野はあるそうですが。
「十年も!?」
マーク君は驚いたらしく、ぱっと顔を上げました。
「九年は行かなきゃいけないものだったんだけどね」
義務教育とそれから先の話をしてみました。ついでに、何かの参考になればいいと思って私の今までの学校生活で思ったことも少し話しました。
「……マーク君はさ、みんなが使えないのが嫌であって自分ができないってわけじゃないし、何かしたいって気持ちもあるから、そんなにつらくないと思うんだ」
「俺、あんまり頭良くないです……」
マーク君は少し恥ずかしそうに小声で言いました。
「理論みたいなことは私にはわからないけど、魔法陣描いて何か出すのは難しくないよ。何度かやれば描き方覚えるはずだし」
「呪文は?」
「それも覚えればいいよ。考えるのは、どんな魔法かってことだけかな」
「それくらいなら、なんとかなりそうです」
マーク君の顔が少し明るくなりました。
魔法や学校の話をしているうちに日が暮れてきました。
「お兄ちゃーん、帰ろー」
小さい方の少女がそう言いながら近寄ってきました。彼女の手には小さな雪だるまが乗っています。私が作った雪だるまに彼女が小枝の腕をつけたものですね。持ち帰るようです。
私の話を聞いて少し前向きになってくれたらしいマーク君が言いました。
「じゃ、俺たち帰ります。俺頑張りますから、レイさんもちゃんと帰れたら六年頑張ってください!」
マーク君の言う「六年」は高校の残りと、大学の四年間のことです。
「うん。ありがとう」
学力とやる気によっては長くなったり短くなったりするかもしれませんが。
マーク君はぺこっとお辞儀をすると、年下の子たちを引き連れて帰っていきました。
宿に戻ってからエドワードさんが魔人だった人のことを教えてくれました。
「あの子、魔法学校の生徒なんだって」
おお!
「あそこで勉強するとあんなになれるんですか」
エドワードさんは首を横に振りました。
「あの子は特別優秀だってさ。小さい頃から魔法の特訓してるって」
努力した結果なのですね。
ところで何故エドワードさんはそんなことを知っているのでしょうか。
「それ誰に聞いたんですか」
「魔法学校の先生だよ」
エドワードさんが言うことには、彼が病院の人に彼女の魔法がすごかったことを伝えると、それなら魔法学校の生徒かもしれないと、病院の人が魔法学校に連絡したそうです。そうしたら魔法学校の先生が二人やってきて、その先生たちに確認してもらったところ彼女の身元がわかりました。
そしてエドワードさんが先生たちに彼女が魔法を使っている時のことを話すと、先生たちは彼女が魔人になってしまったことを嘆きつつ自慢の生徒の話をしてくれたそうです。
「あれさ、確かにすごかったけど、そんなに難しいことかな?」
「私にはよくわかんないんですけど、両手で描くのってうまくいかないものらしいです。綺麗に描けないってことじゃなくて、描くこと自体がうまくいかないんです」
線を一本ずつ描くだけでも片方はきちんと描けているのにもう片方は切れ切れになるとかならないとか。不思議ですね。
根気よく練習すれば両手でもできるようになるそうです。
「へえ。そうなんだ」
エドワードさんは両手で宙に真っ直ぐな線を二本描きました。
「あ、僕できる」
今度は渦巻きを二つ描きました。線は途切れることなく描けています。しかも濃くてすぐには消えそうにありません。やはりもったいないです。
「エドワードさん、今からでも魔法の勉強しませんか」
「僕は剣振ってればいいと思うんだ」
即行で断られました。しかしこの程度では諦めません。
「勇者って万能型だと思います!」
勇者イコール主人公。そして主人公は万能型であることが多い印象があります。万能型主人公って誰だと言われてもあまり出てきませんが。
「へ?」
エドワードさんは首を傾げました。
「昔の勇者だって剣も魔法も使えたじゃないですか。それに剣士のジークさんと魔法使いの私で、エドワードさんが万能型勇者ならバランス取れます」
バランスが取れていないから何だと言われればそれまでですが。
「ばら……ああ。そんなことないよ。レイちゃんは一人で僕とジークの二人分だよ。な、ジーク」
ジークさんはこくりと頷きました。
「別に僕ら困ってるわけじゃないしさ」
それはそうですけど。私が、というか魔法がなくてもエドワードさんとジークさんなら大体のことはやっていけますけど。
「困ったことになったらどうしますか」
エドワードさんは私を安心させるように笑って「大丈夫」と言いました。
「レイちゃんが魔法語言うの何度も聞いてきたから、いくらか覚えたよ」
魔法の呪文を覚えたと?
「『落ちろ』とか『止まれ』の意味のですか」
「うん。あと『動くな』も」
そうですか、覚えましたか。まあ、簡単ですものね。
覚えていて、いざという時使えるのなら、まあいいか。




