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こんなときは

 翌日の午後のこと。

 宿の部屋で魔法の教科書を読んでいると、部屋の戸が叩かれました。誰でしょう?

 教科書をしまって杖を握って、そっと戸を開けてみると、にこにこしているジェフリーさんがいました。彼は白くて細い杖と手提げ鞄を持っていました。

「遊びに来ちゃった」

「はあ」

 そうですか。

「まだいてくれて嬉しいよ」

 ……困りました。エドワードさんもジークさんも今は出かけています。何かあったら……うーん、まあ、わざわざ移動しなくてもたぶん大丈夫。部屋に入れてあげましょう。

「……どうぞ」

 戸をさらに開けると、

「いいの?」

 うわっ!

 ジェフリーさんが顔をずいっと近付けてきました。

「僕何するかわからないよ?」

「な、何か私に不利なことする気ですか」

「え?」

 ジェフリーさんはきょとんとしました。

 あ、今、日本語だった気がする。顔が近くなって驚いたせいで、日本語で話してしまったようです。

 昨日佐藤さんとたくさん日本語で話したせいか、今日は日本語が出てきやすいです。朝には少し眠かったせいか「おはようございます」を、エドワードさんとジークさんが出かける時には特に何もなかったのに「いってらっしゃい」を日本語で言いました。

「えっと、何かあったら魔法で追い返します」

 それより先に話せなくされてしまったら駄目ですけどね。

「僕だってちょっとは対策してるよー?」

 そうですか。ならば試してみましょう。いいですよね? ジェフリーさんは、自分が何か悪いことをするかもしれない、と言っているようなものですから。

【手を上げろ】

「えっ……」

 ジェフリーさんは杖と鞄を持ったまま万歳しました。

 私の魔法は今日も彼に通じるようです。これならただ「帰れ」と言うだけで済みます。

「あーあ、僕の負けだあ」

 負けたと言いつつジェフリーさんはどこか楽しそうです。

 もう下げてもいいですよ。

「ふう。そうだ、さっき君のところの勇者さんが子供たちと遊んでるとこ見たよ」

「あの人はどこ行っても人気者です」

 ジェフリーさんには椅子に座ってもらうことにしました。この部屋に椅子は一つだけなので、私は杖を持ったままベッドに座りました。

「で、どうだった? 裏の森」

「いろいろびっくりしました」

 神社が建っていて電気が通っていたこと、私のお母さんがまさかの勇者と行動を共にしていた賢者だったこと、魔物と魔王のこと、神主さんが日本人だったこと、そして、魔法のこと。短い時間でたくさんのことを知りました。知り過ぎたようにも思えます。

「メルヴィルさんつけてくださってありがとうございます」

「どういたしまして。その人に聞いたよ。行き帰りが大変だったらしいね。僕もねえ、入る前はちょっと道が見えてたんだけどねえ」

 となると、エドワードさんよりジェフリーさんの方が魔法に強いのでしょうか。エドワードさんには道は見えていなかったはずです。

「ちょっと試してみてほしいものがあるんだけど」

 ジェフリーさんは持っていた鞄の中から木箱を出し、さらにその中から板状のものを出してきました。

「ここ持って。あ、杖は置いて、両手でね」

 何でしょう、これ。見た目は壁に掛ける温度計に近いです。

 長さが二十センチくらいの木の板の真ん中に透明な細い管が付いていて、その管の下の方にはぼんやりと光る金色の何かが溜まっています。管のすぐ横には横線が十本引かれています。さらに、管の両隣には四角い魔法陣が一つずつ彫られています。

 板の裏にも魔法陣があって、それは端ぎりぎりまで彫ってあります。

 とりあえず言われたとおりに、板の下の方を持ちました。

「えーっとね、そくていをはじめます、って言ってみて」

 日本語ですね。測定、ですか。

「何測るんですか」

 そう聞いてみたら、ジェフリーさんは少し驚いたようでした。

「そっか、君は聞けばどんなのかわかっちゃうね。測るのは君の魔力の強さだよ。君だってちゃんと自分の強さ把握してるわけじゃないでしょ?」

 魔力の強さを測る魔法の道具といったところですか。よし、やってみましょう。

【測定を始めます】

 板の裏の魔法陣がぼんやり光って、続いて表の二つがピカッと光ったかと思うと、管にひびが入りました。そして魔法陣の光が消えてしまいました。……これは……。

「あー。壊れちゃったねえ」

 うう、やっぱり壊してた……。

「ごめんなさい……」

「いいよいいよ。君は言われたとおりにやっただけだから落ち度はないよ。それにこれ試作品だから壊れてもおかしくないし」

 そうですか……って、金色のが出てきてるー!

「あ、あの、ひびから中のが」

 はっ、今日本語だ。落ち着け、私。

「ひびから中の金色のが出てきちゃってるんですけど」

「大丈夫だよ。毒ってわけじゃないし汚れないし。濡れるけど」

 ジェフリーさんに温度計を返すと、彼はそれを布にくるんでから箱にしまいました。

 はー……焦ったあ……。

 ベッドに座り直してまた杖を両手で握ったらジェフリーさんに苦笑されました。

「そんなに警戒しなくたっていいのにー」

「あ、いや……まあ、正直に言うとそれもあるんですけど、よく知らない人と話す時はこうしてた方が落ち着けるので……」

 杖が無かったら今頃は間違いなく服を握っています。

「それに、慌てちゃうとさっきみたいにうっかり魔法語が出るかもしれないんです……」

 常に持っていなさい、とも言われましたしね。

「うっかりで魔法使っちゃうかもってこと? 大変だね」

「はい……。ジェフリーさんの、細いですね」

「これねえ、軽くていいんだけど、やっぱり何か叩くには心もとないんだよね。持ってみる?」

 ジェフリーさんが彼の杖を持たせてくれました。

 おお、軽い軽い。なんだか、伸び縮みしないつっかえ棒でも持っているように思えてきます。鈍器として使うには少し不安です。

 お礼を言って杖を返しました。

「この前持ってたのはどうしたんですか」

「昨日ね、あれこれ魔法試してたら粉々になっちゃった」

 杖が粉々! 一体どんな魔法をどうやったらそんなことになるのでしょう。

「それで予備のこれ使ってるってわけ。買った時はこれで十分だと思ったんだけどねえ……」

 ジェフリーさんは杖を軽く振りながら言いました。

「まさか魔王がどうのこうのなんてあんまり信じてなかったんだけど、そのことが正しいって感じに魔物がだんだん強くなって……。これからどうなるのかなあ。エルテンスはもうすごいことになってるって聞いたけど」

 “エルテンス”というのはエルテンス大陸のことですね。

 昔からよく戦争が起きている大陸だそうです。最近は魔物が強くて厄介で人同士で争っている場合ではないようですが。この大陸での用が済んだら行ってみたかもしれない場所です。

「神主さんは魔王が春から夏に復活するって言ってましたけど……」

「あの人そんなこと言ったの? っていうか何でそんなこと言えるの?」

 ジェフリーさんは怪訝そうな顔になりました。

「え、えっと、神様の友達だから?」

「えー、あれ信じるの?」

 疑っているのですか……って、ああ、普通はそうですよね。言われてあっさり信じる方が変ですよね。

「……いろいろあったので」

 振り向いたら神様がいたとか、仲間の一人が神様にいろいろ教えてもらっているとか、その仲間を通じて神様が話しかけてきたとか。

 そしてそういう時に神様の言動を知れば、神社に住む人の「自分は神様の友達だ」という発言を信じるのもおかしくはないと思います。

「ふうん。じゃあその魔王がどうこうってのが本当だとしたら、これから魔物が一気に強くなるのかなあ。やだなあ」

 魔物は短期間に急激に強くなることがある存在です。ジェフリーさんの言うようになってもおかしくないでしょう。

 そういえば勇者の妹のマリーが日記に「最近の魔物はすごく強い、魔人も多いらしい」と書いたのが、勇者たちが魔王を倒す約四ヶ月前のことだったはずです。今回も同じくらいの時期に同じくらいの強さにまで魔物がなるのだとしたら、そろそろイリム大陸もシクト大陸も大変なことになるのかも……。

「ねえ、復活するってどこでかわかる?」

「えっと……あの、いかにもそんなことがありそうな感じの地名がニールグにあるの知ってますか。教会のそばじゃなきゃそこのこと話しちゃいけないとか言われてるんですけど」

「ん……うん、知ってるよ。それなら君たちが故郷のためにも頑張らないとね。こっちまで来させないでよ?」

 そう言われても、どうやって空を飛んでいる魔王の動きを制限したらいいのでしょう?

 聖剣と魔法があれば魔王はなんとかなるはずだと言われましたが、勇者たちが魔王に攻撃できるようにしたのはアーロンです。アーロンが弓矢を使ってやったことです。そうなったのは、魔王にお母さんの魔法が通じなかったからかもしれません。エドワードさんもジークさんも空高くにいる相手に攻撃することはできませんから、今度は私がやるしかありません。私はアーロンの代わりになれるのでしょうか。なれるから私がこの世界に来たのかもしれませんが……。

「そんな難しい顔しないで。意外と弱いかもよ?」

 そうだったらいいのですが。

「……不安ですけど、頑張ります」

「うん。トマスにもせめてこの街のためには頑張ってもらわないとなあ。そうそう、この前ね……」

 ジェフリーさんは王都のことを話し始めました。

 街の話から王城の話になって、そこに住むまたは住んでいたこの国の王子、王女たちがいかに美男美女かを彼が語っている時、部屋の戸が叩かれてその後にジークさんの声が聞こえました。どうやらエドワードさんはいないようです。

 戸を開けるとやはり廊下にはジークさんだけでした。

「お帰りなさい。エドワードさんは一緒じゃないんですか」

「……ただいま。エドはまだ」

 ジェフリーさんが視界に入ったのか、ジークさんの目つきがわずかに鋭くなりました。

 そんなジークさんに、ジェフリーさんは椅子から立つとにこやかに話しかけました。

「君は今日も表情が無いねえ。ちょっと笑ってみてよ」

「無理。……メルヴィルさんが捜してる。怒ってた」

 ジークさんが素っ気なく返すと、ジェフリーさんは残念そうに溜め息をつきました。

「バレちゃったかあ……帰るね」

 ジェフリーさんは「楽しかったよ」と言って、手の代わりに杖を小さく振って部屋から出ていきました。

「何してたんだ」

「遊びにきたって言って、魔力の強さ測ってくれようとしたんです。でもその道具を私が壊しちゃって、あとは……お国自慢? 聞いてました」

 ジークさんにジェフリーさんから聞いたことを話しているうちにエドワードさんも帰ってきました。

 エドワードさんにジェフリーさんのことを話したら、

「よっぽどレイちゃんのこと気に入ったんだね」

 と言われました。

 そうでしょうか。興味を持たれているのはわかりますが。

「二度も物取ってるんですけど……」

「もうあいつらには関係ないから気にしてないんじゃないかな。嫌われて何かされるよりはずっといいよ」

 そうですね。恨まれていても仕方がないのによくしてくれています。感謝しなければ。

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