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それでもわからないこと。

「……レイちゃんっ」

 はっ……うっひゃあっ!

 気が付くとエドワードさんの顔がとても近くにあり、肩には彼の手が置かれていました。さらにジークさんに見つめられていました。

「どうしたんだい? 固まって。何かびっくりするものがあった?」

「あ、あの、えっと、これ」

 その写真に写っていたのは三人。一人は勇者ローズ、二人目は金髪の二十歳前後の女性、三人目はなんと黒髪黒目で、二十代後半から三十代前半のこの人は、

「私のお母さんです」

 黒髪黒目の人物を指して言ったら、エドワードさんはきょとんとしました。

「そっくりさんじゃないのかい?」

 そうかもしれません。多くの人がそう思うでしょう。でも、何度もアルバムで、結婚する前とか、私が生まれた頃とか、妹と弟が保育園に入園した頃のお母さんを見ています。間違っているとはあまり思えないのです。

「私と同じ色してませんか」

「同じような色に見えるけど……青だから普通だよ」

 むう、タイミングが悪いです……今日こそ紫とか緑とか他に見ない色だったらよかったのに。

「あとさ、歳がすごいことになるよ?」

「その辺のことはここと向こうで時間の流れ方が違うと考えればなんとか」

「……この人が本当にレイちゃんのお母さんだっていうなら、レイちゃんがここにいるのもわかるけど……」

 そう言いながらもエドワードさんは信じられないようです。まあ、仕方のないことですよね。

「君のお母さんの名前は?」

 神主さんが楽しそうに聞いてきました。私のお母さんの名前が何だというのでしょうか。

「みどりです」

「それを色だと考えて、英語にすると?」

 へ? 英語?

 とりあえず、みどりを緑色と考えると、

「グリーンです」

「頭文字は?」

「Gです」

「それに“ん”をくっつけると?」

 ジー、ん?……ジーン?

 ジーンって賢者の名前(偽名と思われる)ではありませんかあああ!

 そういえば、賢者の見た目は本や絵によってばらばらで、魔王を倒した後はどこに行ったのかわかっていません。それはつまり、お母さんの髪と目は私のように他人からは黒く見えなくて、魔王を倒した後はあちらに帰った、ということではないでしょうか。

「お母さん、こんなこと、ちっとも……」

 私がファンタジー大好きなことを知っているのだから話してくれたって……もしかして、話してはいけないとか? それとも、話したくないとか。もしかすると、この世界に来たことはお母さんには嫌な思い出なのかもしれません。そうでないなら、お母さんは……。

「れいさんが忘れちゃったんだよ。すごく小さい頃なら憶えてなくても不思議じゃない」

 ああ、そうかもしれません。「異世界に行って勇者と旅をして魔王を倒した」なんてことは、子供が大きくなってからでは話しづらいでしょう。でもそれなら形を変えて、とか……。

 ぼんやり考えていると、神主さんが言いました。

「れいさんにだけ話したいことがあるんだけど、いいかな」

 へ? 私にだけ? 何故でしょうか……まあともかく、別に断ることもないでしょう。

 確認するためにエドワードさんに視線を向けたら、彼は小さく頷きました。

「その間、僕らはどうしていれば?」

「おれたちが移動するから、エドワードくんとジークくんはここでこれでも見ていてよ」

 神主さんは冊子をエドワードさんとジークさんに渡しました。

「それ見てまだ暇だったら向かいの部屋にメルヴィル兄妹がいるから行ってみてもいいよ」

 神主さんが立ち上がりました。

「それじゃ、れいさん、ついてきて」



 家の奥にある部屋の前まで連れてこられました。

 他のほとんどの部屋と違って襖ではなく、鍵をかけられる戸がついた部屋です。

 神主さんが鍵を開けて中に入りました。私も中に入ると、彼は内側から鍵をかけました。

 部屋は板張りです。広さは六畳くらいでしょうか。

 部屋の中央で、丸と四角が組み合わさった、真ん中に穴のあいた魔法陣がぼんやり光っています。どうやら床ギリギリに描かれているようです。

 左端には小さなテーブルが一つあって、その上には四角くて厚いものが置かれてます。そうですね……ケースに入った辞書でしょうか。

 奥には布が垂れている何かが二つあります。これはどことなくカラーボックスっぽいです。布で隠れていて中がどうなっているかわかりませんが、大きさからしてたぶん三段です。

 そして天井にはやっぱり電灯が。

 神主さんは私に、魔法陣を踏まないように言うと、彼自身は魔法陣の真ん中に立ちました。

【解除】

 神主さんが呪文を呟いた途端に魔法陣が強く光って、あっという間に彼の髪と目が黒くなりました。

 ……え、えー? 何がどうなってこうなったのかわかりませんが、ともかく「解除」って言ったからにはこっちが……!

 突然のことに驚いていたら、神主さんはにっこり笑いました。

「驚いた? 本当はこうなんだ。怜さんと同じだよ」

 あー! 日本語だ! 魔法の呪文じゃない日本語!

 ここは神社ですし、この家は外見も内装もほぼ和風ですし、緑茶を出してくれましたし、もうこれは!

「日本人だったんですね!」

 私が日本語で言うと、彼は頷き、また日本語で答えてくれました。

「そう。本名はさとうこういち。にんべんに左の佐と植物の藤で佐藤で、健康の康に漢数字の一で康一」

 えっと、「佐藤康一」さんですか! それならここは佐藤神社なのですね。

 なんとなく、私以外にもいたのだろうなとは思っていました。日本語そのままの物がありますからね。

「どうしてここで神主やってるんですか」

「話しづらいからいろいろ省くけど、おれはこの世界に来て、六十五で死んだんだよ」

 それはずいぶんと早く……っていうか佐藤さん幽霊!?

「そうしたら、神に叩き起こされてね。しかもなんか若返ってたよ」

 あはは、と笑いながら佐藤さんは言いました。

 とりあえずは幽霊ではないと思っていいでしょうか。

「それでね、いろいろ手伝ってくれ、話し相手になってくれって言われて、それを了承したんだよ。そうしたら神にここに連れてこられたんだ。いやあ、あの時はびっくりしたよ。まさかこんな所に神社ができてたなんて夢にも思わなかったからね。で、こんな所に住んでるから、神主ってことにしてるんだよ」

 そういえばリリーさんも「雰囲気重視」だと言っていましたね。

「リリーさんは巫女さんの格好してますけど、佐藤さんは神主さんの格好はしないんですか」

 私が質問をすると、神主さんは驚いたような顔をして固まってしまいました。何故でしょう。変なことを言ったつもりはないのですが。

「あの……」

「ああごめん。佐藤さんって呼ばれたのいつ以来だろうって思ってさ」

 そういうことでしたか。

「普段は何て呼ばれてるんですか」

「『神主さん』がほとんど。名乗る時にそう言うからね。偽名言う時もあるからそれで呼ばれることもあるよ。あと、神からは『康一』」

 なるほど、佐藤さんはこの世界の人に本名を名乗らないのですね。

「じゃあ、神主さんって呼んだ方がいいですね」

「今は佐藤がいいな。で、着る物のことだけど、めんどくさいし、おれに似合うものでもないからね。リリーさんはあの格好が気に入ってるんだよ。こんなのがあるよって見せたら『かわいい、着たい』って言ってね」

 言いながら佐藤さんは魔法陣から出て、テーブルの上の分厚いものを手に取りました。

「さて、君が魔物なんかよりずっと知りたいであろうことを教えてあげよう」

 魔物なんかよりずっと、というと魔法の呪文のことなのですが、それを教えてもらえると?

「これ」

 分厚いものを渡されました。やっぱり辞書のようですが……ケースから出してみてもどちらが表紙でどちらが裏表紙なのかわかりません。文字が無いのです。片方に色の違う部分が、もう片方に何かのマークがあるだけです。

「開いて見てごらんよ」

 言われたとおりに辞書を開いて何ページか見てみると、外と同じで文字が一つもありません。でも、表か何かの枠や色の違う部分はあります。辞書から文字だけが消えてしまったかのようです。

「そこにあった字は、魔法の元になったんだ」

 は?

「これと」

 佐藤さんは宙に線を一本引きました。

「呪文が日本語の原因になったんだ。細かいことはおれにも説明できない。あ、でも呪文のことは文字自体っていうより文章が関係してるんだろうって思ってる」

 えーっと、つまり、魔法陣などを構成しているものは元は辞書にあった文字で、その文字で書かれていた文章は魔法の呪文が日本語の原因でもあるというのですね?

 で、この辞書の文字と文章がどうかなって魔法の呪文があるということは……

「それじゃあ、これは国語辞典ですか」

「そう。……ちゃんと名前書いといたのにそれまで消えちゃったよ」

 そんなことを言うなんてつまり、この辞書は佐藤さんのものということですよね。

「これは、佐藤さんと一緒に?」

 佐藤さんは頷きました。

「いつから、この世界にいるんですか」

「イリム帝国がまだ小さかった頃」

 そんなに、前から……!

「……帰れなかったんだ」

 佐藤さんは寂しそうに言いましたが、すぐに微笑みを浮かべました。

「でも怜さんは大丈夫。お母さんみたいにやることやってくれれば帰れるよ」

 本当に?

「私のお母さんは、何をやったんですか」

「怜さんと同じようなことだよ。本当によくやってくれたと思う」

 そうなのでしょうね。今では「賢者」なんて呼ばれていますから。

 目標にすればいいと勧められたのはお母さんだったわけです。……近いような遠いような……。

「私がここに来たのは、お母さんが前にここに来て、やることやったからですか」

「まあそんなところ。神としては君がファンタジー好きに育ってくれて良かったんじゃないかな」

「それじゃあ、どうしてお母さんだったんですか」

 お母さんは私と違って特にファンタジーが好きというわけではありませんし、すごく頭が良かったり運動ができたりするわけでもありません。

「その辺のことはきっと神が話すよ」

 今は秘密ですか。ならば、佐藤さんの言うことが本当であることを期待しましょう。

「いろいろ気になること聞いて納得できなかったらあいつのこと殴ってもいいからね」

 え、殴る? あの神様を?

「……あっさり避けられそうな気がするんですけど……」

「ははっ、そうかもしれないね。じゃあエドワード君かジーク君にお願いすればいいんじゃないかな」

 エドワードさんは嫌がりそうなのでジークさんにお願いしましょうか。

 大事な話が終わった後は、佐藤さんの思い出や私の学校のことなど、どうでもいいような話をいろいろしてから部屋を出ました。もちろん佐藤さんは髪と目の色を変えました。

 元の部屋にエドワードさんとジークさんはおらず、その向かいの部屋でメルヴィル兄妹と一緒にトランプで遊んでいました。

 私と神主さんも混ぜてもらって、六人で少しだけ遊んでから宿に戻ることになりました。



 宿の部屋まで戻ってきました。もう夕方と言っていい時間です。

 帰りもメルヴィルさんに道案内をしてもらって、彼とは森の入口で別れました。

 いろいろ正直に話した時のように、私とエドワードさんが椅子に、ジークさんがベッドに腰掛けました。

「どんな話だったか聞いてもいいかい?」

「あんまり話せないです」

 神主さんに教えてもらったことは一部のことを除いて誰にも言わない、という約束をしてきたのです。

「何なら話せる?」

「神主さんは、自分は六十五歳で亡くなったって言ってました」

 私がそう言うと、エドワードさんは私と同じことを思ったようでした。

「……幽霊?」

「神様に叩き起こされてしかも若返ってたらしいのでたぶん違います」

「生き返ったってこと? やっぱり神様ってすごいんだなあ」

 エドワードさんが目を輝かせました。彼の中で下がり気味だったであろう神様の株が上がったのではないでしょうか。

「でも何で?」

「手伝ってくれ、話し相手になってくれって言われたらしいです」

 次は私が質問していいでしょうか。

「あの冊子は何だったんですか。やっぱりアルバム……写真がいっぱいでしたか」

「うん、勇者たちがいっぱいだったよ。でも、神使がいなかったんだ。空いてる所がいくつかあったから、抜き取ったんだと思う」

 神使が写っているであろう写真が抜き取られていた、と。

「隠されてるよね、いろいろ」

 エドワードさんの言葉にジークさんが頷きました。

「“その方が面白いから”かもしれない」

「……本当にお前は神様を何だと……」

「別に神様が隠してるとは言ってない」

「言ってなくても思ってるだろ」

「……エドも誰それが実はかつらだとか変な趣味もってるとかの暴露話とか、通りがかった家の昨日の夕飯が何だったかとか聞かされればいいんだ」

 “実はかつら”というと、魔法部隊の隊長であるルナールさんのお父さんの件でしょうか。小さい頃に、ルナールさんに対して「お父様がかつら付けてるって本当ですか」と聞いてしまったという……。

「……そんなことまで……」

 エドワードさんの表情がほんの少し暗くなりました。せっかく上がった神様の株がいくらか下がってしまったのかもしれません。

「それで好奇心で本人に聞いて泣かれたり怒られたりすればいいんだ」

 ジークさん……いろいろやってしまったのですね……。

 エドワードさんは、ほんの少しだけジークさんを憐れむように見てから、気を取り直すように言いました。

「いろいろわかったし、報告書、書こうか」

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