知りたいこと
ジェフリーさんから手紙が来ました。宿の人が持ってきてくれたそれには「森に住んでいる人に連絡してある」ということや「明日の九時に宿の出入り口で待っているように」というようなことが、手書きというのが信じられないくらいとても綺麗な字で書かれていました。しかも、ただの白い紙なのにまるで罫線に沿って書いたかのように綺麗にまっすぐ文字が並んでいました。
ちょっとしたことを伝えるだけの手紙だから手書きと判断したのですが、本当に手書きでしょうか。
手紙を見たエドワードさんは呆れたような顔をしました。
「……あいつっぽい文章だね」
なにせ「待っててね☆」ですからね。しかもかわいらしい犬の絵つきです。
翌朝、手紙に指定された場所で待っていると、えーっと、あー……名前を忘れてしまいましたが、トマスさんとジェフリーさんを連れていった人が来ました。
彼は「おはようございます」と挨拶してから名乗りました。
「森の案内をすることになりました、ヴォルフラム・メルヴィルといいます」
そうそう、ヴォルフラムと呼ばれていましたね。
メルヴィルさんに、どうして案内ができるのか聞いてみました。
彼が言うことには、妹さんが森に住む人に雇われていて、彼はときどき妹さんの職場を訪ねているとのことです。
メルヴィルさんに連れられて、森の入口まで来ました。お城は歩いて四、五分の距離です。
石でできているのでしょう、灰色の鳥居が建っています。話に聞いていたとおり、わかりやすい入口です。
別にここから入らなくてもいいのですが、迷うといけないのでここからだそうです。
鳥居の向こうには……道が見えたり見えなかったりするのですが、何これ。どういうことですか。大丈夫か、私の目。いや頭?
エドワードさんも何かおかしく見えているのか、あちこちに目を向けたり目をこすったりしています。
ジークさんが、どうしたのかと尋ねると、エドワードさんは鳥居を指して答えました。
「この向こうが少しぼやけて見えるんだ」
私の見え方とは違うのですね。
「この森全体に魔法が仕掛けられています」
メルヴィルさんが言いました。
「魔法に強いと、視界が歪んだりぼやけたりするそうです」
ジークさんはばっちり魔法にかかっているわけですね。言い方からしてメルヴィルさんも。
魔法を仕掛けた人は、あまりここに他人を近付けたくないのでしょうか。
「それでか……レイちゃんは?」
「それが、道が見えたり見えなかったりするんです」
「道?」
エドワードさんには見えていないのですね。
「石が並べてあるように見えるんですけど、見てるといつの間にか石がなくなってただ木が生えてて……」
それで変だと思うと木々が視界から消えてまた道が見えるようになります。目くらまし的な魔法にかかっているのでしょうか。
鳥居をくぐると「普通になった」とエドワードさんが言いました。彼には魔法がきっちり効いているようです。
私はどうかというと、悪化しました。視界がかなりぼやけていますし、石畳や木が頻繁に見えたり見えなくなったりするのです。
足元がどうなってるのかよくわからなくて少し不安なので、ジークさんに手を引いていってもらうことにしました。
メルヴィルさんは、基本的に石畳の上を歩いていきます。ときどき、何もないのに横にずれたかと思うと、そこに木が生えているということもあります。
一度、こんなのなかった、と思って現れた木の一本に、空いている方の手で杖を伸ばしてみたら、ジークさんを驚かせてしまいました。私には木が消えたように見えたのですが、彼には杖が木をすり抜けたように見えたらしいのです。
十五分程歩くと、また灰色の鳥居がありました。それをくぐると、視界がはっきりしました。
くぐった鳥居の向こうはぼやけていますが、足下の石畳は見ていても消えませんし、なかったはずの木が見えることもありません。
ジークさんにお礼を言って、手を離しました。
それから五分程歩いたところで、開けた場所に出ました。
……どこ、ここ。一時間くらい前までヨーロッパのようだったのに、神社っぽいのが建ってるんですけど……あ、巫女さんだ!
お守りとか破魔矢とかを売ってくれそうな、巫女さんの格好をした人が箒で境内(たぶん)を掃除をしていました。歳はジークさんと同じくらいでしょうか。
メルヴィルさんが巫女さんを指して「妹です」と言いました。
巫女さんはこちらに気付くと近寄ってきて、にっこり笑いました。
「サトージンジャーへようこそ!」
……砂糖と生姜……じゃないか。えーっと「サトー神社」でしょうか。……ふむ、鐘つき堂があること以外はやはり普通の神社のようですね。寺社仏閣のことは決して詳しく知っているわけではありませんが、きっと普通です。
「リリーです。雇われて巫女やってます」
巫女さんに自己紹介されてエドワードさんが呟きました。
「僕の知ってる巫女とだいぶ違う……」
エドワードさんの言う「巫女」は私にとっては見た目的にはシスターです。
「といってもやるのはお掃除とお守りとかの販売くらいなんですけどね。雰囲気重視ってことで。では、神主さん呼んでくるのでちょっと待っててくださいね」
リリーさんは小走りでどこかに行きました。
それから少しして、リリーさんと一緒に、暗い茶色の髪の、二十歳前後に見える男性が歩いてきました。
優しそうな感じの人なのですが……何か変です。全体的に何かが……。ジェフリーさんが「変わった人」と言っていたのはこの人のことで間違いないでしょう。
男性は微笑んでメルヴィルさんに「久しぶり」と軽く挨拶した後、エドワードさんに顔を向けて言いました。
「待ってたよ。ずっと前から」
え? 一昨日から、ならわかりますが……。
「どうして?」
エドワードさんが少し警戒しつつ尋ねました。
「君たちはここに来ると思ってたから」
「前から僕らを知っていた、と?」
「神からいろいろ聞いてるんだ。あいつとは友達でね」
あの神様と友達ですか。それならいろいろ知っていてもおかしくはないでしょう。
外にいては寒いから、とお社の裏に連れてこられました。そこには、木造で平屋建てで和風の家がありました。誰が建てたんでしょうか。築何年でしょうか。
玄関では靴を脱ぎました。
通された部屋には畳が敷かれていて、椅子がなくて座布団があって、中央にこたつが、隅に電気ストーブが置かれていました。何ここ。
電気ストーブはちゃんと点いていて部屋を暖めています。
こたつからコードらしきものが延びているのですが、これはもしかしなくとも電化製品ですね。
天井からは電灯がぶら下がっています。ひもを引っ張れば明かりが点くのでしょう。
……本当にここどこ。もしかして日本に戻ってきた?
茶髪の男性は、お茶の用意をするから、と部屋を出ていきました。
リリーさんがこたつ布団を少しめくり、こたつの中を覗いて言いました。
「タマー、お客さんだよー、出ておいでー」
彼女に呼ばれて、こたつの中から三毛猫が顔を覗かせました。
「この子、タマっていうんですか」
「どこかの国では、猫といったらタマなんだそうです」
犬といったらポチでしょうか。
こたつから抜け出したタマちゃんがエドワードさんに近寄りました。すると、エドワードさんは困ったような顔をして一歩下がりました。
どうしたのでしょう。猫は好きな方のはずですが。
不思議に思って見ていると、エドワードさんが言いました。
「魔物じゃない、よね?」
ああ、黒い部分があるから戸惑っているのですね。
「タマは魔物じゃないですよ。撫でてみてください」
そうリリーさんから言われたエドワードさんは、ますます困り顔になりました。
……ふむ。ならば私が。
「タマちゃん」
呼んでみるとタマちゃんは私に近寄ってきてくれました。
「撫でていい?」
「にゃー」
いいんだね?
通じているかわかりませんし何を言っているのかさっぱりですが大丈夫そうです。
タマちゃんは気前よく頭を撫でさせてくれました。
ほら、エドワードさん、大丈夫ですよ。
「魔物と違って何ともないです」
エドワードさんは難しい顔をしながらも屈み、そーっと手を伸ばしてタマちゃんの頭に触りました。
「……本当になんともない……」
その様子を満足そうに見たリリーさんは、私たちを座らせると、お兄さんを連れて別の部屋に行きました。
「なんか、異国に来たって感じがすごくする」
エドワードさんがしみじみとそう言うと、ジークさんが頷きました。そこへ、
「待たせたね」
男性がおぼんに急須と人数分の湯呑みを載せて持ってきました。
やっぱりこの人は何かが変です。でも何が変なのか……うーん、おかしいことが複数あってわからない感じ? ですが、なんとなく、見た目よりずっとずっと年上なのだと思います。
彼は座ると、緑色のお茶を湯呑みに注ぎながら言いました。
「おれはまあ、神主ってとこかな。ここの管理者で住人だよ。君たちは、エドワードくんとジークくんとれいさん。……はい、ちょっと苦いけどおいしいから飲んでごらんよ」
はい、ありがたくいただきます。ふふふ、久しぶりの緑茶!
「さて、エドワードくん」
「はい」
神主さんに名前を呼ばれて、エドワードさんは少しだけ表情を固くしました。
エドワードさんもきっと、神主さんのことは年上だと思っています。
「君が選ばれて旅に出たわけなんだから、君に聞こう。何から知りたい?」
タマちゃんを撫でながら神主さんがそう問うと、エドワードさんは少し考えてから質問を返しました。
「魔物は、一体何なんですか? 何でできてるんですか?」
この世界の多くの人が知りたいであろう質問に神主さんはあっさり答えました。
「人から漏れた『嫌い』とか『つらい』とかの嫌な感じの気持ちと余計なものでできてる」
おおう、ファンタジーですね。そういう、人の負の感情どうのこうのというのは。
「余計なものって何ですか?」
神主さんは少しだけ険しい顔になりました。
「詳しいことは話せないんだ。よくわからないってこともあるんだけど……でも、あいつが、そのうち何か言うかもしれない」
神主さんは“余計なもの”のことを詳しく話すのが嫌なのでしょうか。それとも、神様が?
「そうですか……では、国の中心から離れると魔物が強くなるのはどうしてですか?」
神主さんの表情から険しさが消えました。
「国の中心には、立派な教会とか聖堂とかあるよね」
ありますね。その国で一番のものが建っています。建築のことや芸術のことはよくわかりませんが、どれも素晴らしいものだと思います。
「たくさんの人がそこを大切に思ってて、そこに行ったら綺麗なものとか立派な物を見て聴いて、素敵だって思ったり、心が洗われたような気分になったりする。不安が薄れることもあるね。程度の差はあるけど、そこでいい気分になる人が多いわけだよ」
魔物の元とは反対の気持ちになるということですね。
「で、神がそのいい感じの気持ちを集めて、そこの教会とかから放って国中の、人から漏れた嫌な気持ちを消してるんだ。でも遠くまで行くと効果が薄れてね」
「神様が?」
「あいつも魔物は嫌いなんだよ」
まあ、そうなのですか。
……ふむ、やはり“余計なもの”のことを話すのを嫌がっているのは神様ではないでしょうか。
「悪いのが多いと魔物が強くなるってことなんですね」
「“余計なもの”次第では数が増えることもあるよ」
なるほど。だから地震が起きると急に魔物が増えたり強くなったりするのですね。滅多にない、自分たちではどうしようもできないものに襲われるのですから、一度にたくさんの人が不安に思うでしょう。
「その“余計なもの”は減らせないんですか?」
「残念ながらね。しかも人によっては“余計なもの”を溜め込んでしまうんだ。そういう体質なんだよ」
「溜め込むって……」
何がどうなると溜まってしまうのでしょうか。
「目に見えないだけでそこらじゅうにあるんだよ。ここにはないけどね。空気の一部だと思っておけばいいよ」
「溜まると、やっぱり良くないんですか?」
「溜まった状態であんまり良くないことを考え続けてると、その人にくっついた状態で魔物ができるんだ」
魔物が人についているというと……
「それが、魔人ですか?」
「当たり」
取り憑くものだと聞いていたので、どこからか魔物が来るのかと思っていたのですが、外からではなく内からだったのですね。……むう、ぞっとします。
「悪いことを考えてるから、駄目人間だから魔人になるっていうわけではないんですね」
「そう。すごく真面目でいい人が、重い責任背負った上に悩みの相談も愚痴を聞いてもらうのもできなくて、ってこともあったよ」
ストレスが溜まって魔人になってしまったのですか……。
「“余計なもの”が駄目なら、感情の方を神様に減らしてもらうしかないんですか?」
なんだか申し訳なさそうにエドワードさんが言うと、神主さんはふっと微笑みました。
「それだけどね、自分たちから出てしまったのを自力で消せるように、って、人のための手段を神は考えたんだ。何だと思う?」
エドワードさんはしばし考えてから答えました。
「魔王を倒すこと、ですか?」
神主さんは首を横に振りました。
「それだけじゃ駄目なんだ。答えは、ジークくんが持ってるやつ」
「聖剣ですか!」
やっぱりよく斬れるだけではなかったのですね!
「そう。あと君たちが知ってるのだと、薙刀も竹刀もどきも破魔矢も少しは効果があるよ」
電卓とかと違って武器は「神の道具」がふさわしいのですね! 人のための物なので「人間の道具」でもあるわけですが。
「聖剣で魔物を斬ると悪い感情も消せるんだ。倒した時に近付いても大丈夫そうだったら、魔物だったのをよくよく見てみるといいよ。普通のとは少し違うはずだからさ」
聖剣で斬ればあの小さい小さい文字みたいなものがどうにかなるのでしょうか。
「魔王には、聖剣でとどめを刺すことを覚えておくんだよ。そうすると魔物は劇的に減るから」
魔王にとどめ? エドワードさんがそんなことを言われるということは、
「やっぱり、魔王は近いうちに復活しますか?」
「というより、また同じようなのが出てくるって感じかな。普通の魔物みたいにさ。今の調子だと、春から夏かな。場所は死の浜から少し沖に出た所」
え、あの綺麗な海ですか。名前としては魔王が現れる場所にぴったりですが……。
「探し物は放っておいて早めに帰るのがいいかもしれないね。聖剣と魔法があれば、まあなんとかなるはず」
「レイちゃん一人でも?」
エドワードさんの冗談混じりの質問に神主さんは少し笑いながら即答しました。
「無理」
ですよね!
魔王が弱いことはいいことですが、私が一人でどうにかできてしまう魔王なんて駄目だと思います。
「いいものを見せてあげよう」
神主さんは、テーブルに置かれていた冊子のようなものを手に取って開き、それから何かを抜き取ると、私たちに差し出しました。それは、少し古そうな写真でした。
その写真には、明るい笑顔でピースサインをする、赤毛で青い目の人物が写っています。背景はどこかの湖でしょうか。
誰が見てもわかるくらいにジークさんが笑ったらきっとこんな感じです。
「勇者ですか?」
エドワードさんが聞くと、神主さんは頷きました。
「そう。十七の時の」
写真の中の勇者は、少々女子っぽい男子にも男装をしている女子にも見えます。服を脱ぐことがなければ本人が望む方で通せそうです。
「ジークに似てるんじゃないか?」
エドワードさんの言葉にジークさんは、
「そうか?」
と少し嬉しそうに言いました。
……あれ? この人に見覚えがあるような気がします。少しジークさんに似ているからでしょうか?……いいえ、違います。夢に出てきた勇者に似ているような、別にそうでもないような。
「こんなのもあるんだ」
神主さんがにやにやしながらまた別の写真を見せてくれました。
…………何これどういうこと。




