面倒なやつは
用のなくなった首都を出発して丸一日が経ちました。今日も寒いです。手袋買って良かった!
ところで、一時間程前から、見える範囲に人を乗せたペガサスがずっといるのですが、何故でしょうか。ずっと前の方で飛んでいたり、ふと視線を上げたら真上にいたりします。
「あのさ、レイちゃん」
はい何でしょうか、エドワードさん。
「僕が間違えられてるのと、ジークの頭が目立ってるのと、どっちだと思う?」
え、それはつまり、空にいるのは、
「やっぱりあれ空賊なんですか」
「そんなところじゃないかな。行ったり来たりしてるから、僕らの様子見てるんだと思うよ」
襲ってくるのでしょうか。話を聞いた集団は商人とかお金持ちを狙うのだそうですが、違う集団でしょうか。
「で、どっちっていうか、何でだと思う?」
さて、何故でしょうね。様子を見てきているのでエドワードさんが間違われているのは違うでしょうね。歳が合わないことに気が付くはずですから。
「今回は私だったりするかもしれないですよ」
「何で?」
「強制的に自首させてるからです」
ちゃんと自首したかどうかわかりませんが、逮捕されたのだとしたら私のことを恨むと思うのです。
「あ、それがあったかあ」
「エドも相当なものだと思う」
ジークさんがぽつりと言いました。
エドワードさんは殴って蹴って踏んでいますものね。
理由が何であれ、襲ってきたら嫌だなあ……と思いつつも特に何もせずに歩いていたら、武器を持ってペガサスに乗った集団がヒャッハーとかなんとか叫びながら襲いかかってきました。ここは私の出番ですね。
【来るな!】
私たちに近付けなくなって訳がわからないでいるらしい空賊たちを見ながら、
「落としてもよかったのに」
エドワードさんがそんなことを言いました。
「さすがにそれは……」
あの高さから落ちたら死んでしまいます。エドワードさんなら着地に失敗しても怪我で済みそうな気もしますが。
「こんなやつら魔物と同じ扱いでもいいと思うよ?」
「そんなこと言って、エドワードさんだって人は斬らないじゃないですか」
人に対しては、物騒な時に「殺す」と言ったり、よく殴ったり蹴ったりしていますが、遠慮容赦なく斬るのは魔物が相手のときだけです。
「そんなことないさ。斬ってるよ」
「斬ったとしてもほんのちょっとじゃないですか」
十分痛そうですけどね。
「……盛大に斬ったことあるよ」
え、そうなんですか!
「えっと、でも、その、殺しちゃったわけじゃないんでしょう」
「まあね。でも、いつか……もしかしたら近いうちに、そんなこともあるかもしれないよ」
そんなこと、ないといいなあ……。
エドワードさんと話していたら、
「てめー! 何しやがった!」
空賊の一人がペガサスの上で怒鳴りました。
わからないのならお隣の国の人にでも聞いてみればいいですよ。私は答えません。
「聞いてんのかこの !」
黙っていたら別の人に怒鳴られましたが途中から声が聞こえませんでした。
エドワードさんを見ると、少しだけ顔をしかめていました。ジークさんはいつもと同じでした。軽めの暴言だったのでしょうか。
「あの人何て言ったんですか」
「僕にはわからない。でも悪口だってことはわかる」
知らない言葉でも悪口はわかるらしいのですが、そんな感じでしょうか。
「俺もわからない」
エドワードさんもジークさんも知らない言葉でしたか。
まあとにかく、エドワードさんが物騒にならなくてほっとしました。
「無視すんじゃねえよ!」
また別の人が怒鳴ると、その人を乗せているペガサスが迷惑そうに首をブンブン振りました。
大層怒ったらしい空賊たちは、着陸してペガサスから降りるとまた襲いかかってこようとしました。魔法に強いペガサスもろとも魔法にかかった時点で諦めればいいのに。
エドワードさんが剣を抜いていいました。
「レイちゃん、もういいよ。僕が殴るから」
そうですか。では魔法を解きましょう。
もうこっちに来てもいいですよ。それでどうなっても知りませんけど。
私たちに近付けるようになった空賊たちは、またハイテンションな叫び声を上げながら襲ってきて、案の定エドワードさんにあっという間に伸されました。私とジークさんは見ているだけでした。
地面に転がる空賊を数えたら十人いました。
ペガサスは思い思いの方向を見ています。何を考えているのでしょうね。
「迷惑なやつ」
「痛っ」
エドワードさんが空賊の一人の背中を踏み付けました。
「……全制覇」
ぼそっとジークさんが呟いたのが聞こえました。はて、何のこと……あ、陸海空全制覇、ということでしょうか。
「何で襲ってきた?」
「……か、勘。い、いいモンももも持ってそうだったから……」
震える声で空賊は答えました。エドワードさんが剣を握ったままなので怖いのでしょう。
それにしてもこの人、どこかで見たことあるような、ないような……
「……あ、物好き」
そうそう、あの物好き三人組の一人ですよ、この人。
「あれ、レイちゃんこいつ知ってるのかい?」
「手袋買った帰りに、お茶しないかって声かけてきたんです。私のことかわいいとか言っちゃって」
「だから『物好き』?」
そうでしょう?
「もうちょっと自信持ったら?」
エドワードさんがそう言うと、空賊が呟きました。
「別に顔がいいとか思ってねえ……」
「へえ? じゃあ何で声かけたんだ?」
「な、なんか変だから、いたっ、いだだだっ」
きっと「何か違う」とか「ふわふわしている」とか思ったのでしょうね。それで声をかけてみようと考えるなんて、
「やっぱり物好きじゃないですか」
好奇心旺盛とも言えますが。
「失礼なやつだとは思わないのかい?」
「私が普通じゃないように思えるのは本当のことでしょう」
外見以外のことは私にはよくわかりませんが。
「それはまあ、そうかもしれないけど」
「それに変に見えてもしょうがないと思うんです」
「そう?」
「ここと向こうだと人も違うものなんだって思ってるんです」
「ああ、そういうことか。……で、こいつらどうしようか」
エドワードさんに踏まれている人がビクッとしました。
「たまには放っておこうか。もちろん縛ってはおくけど」
「縛るって、どうするんですか」
「たぶんだけど、ここに……」
エドワードさんは空賊が腰に下げた袋から縄を取り出しました。
「あった。これで」
誰かを縛るために用意していたのでしょうか。それで自分が縛られるというのも皮肉なものですね。
盗賊たちを縛り上げてついでに気絶させて通行の邪魔にならないように脇に避けて、彼らの武器は離れた所に置き、ペガサスは木に繋いでおきました。今は冬で行き来が少ないもののよく使われる道ですから、そのうちに誰かが、どこかに彼らのことを知らせたり連行したりするでしょう。
「何で諦めないで襲ってきたんでしょうね」
「自信があったのかやけになったのか……まあ、馬鹿だからじゃない? やっぱり聞いたのとは違うやつらだったんだろうな」
話してくれた集団は厄介そうでしたものね。あの人たちは真似をしてみて失敗した、というところでしょうか。
とある町の宿に泊まり、翌朝起きると外には雪が積もっていました。
宿の外の雪掻きされていない所に立ってみたら、私の足がすっぽり埋まりました。ブーツをもらえて助かりました。
「これくらいで済んでよかったよ」
エドワードさんが言いました。
太陽が出ていますし、すぐとけそうですね。歩くスピードが落ちてしまいますがこれくらいならまだ大丈夫です。
「また降ったらどうする」
ジークさんがそう聞くと、エドワードさんは肩を竦めて答えました。
「積もり具合によってはどうしようもないな」
雪の壁ができるような地帯でもないようですからあまり心配しなくてもいいでしょう。たぶん。




