変わったもの
今日は起きたのが早かったので、出発もその分早くなりました。
街道を歩いていると、熊のような大きな魔物が三匹うろついていました。こちらに気付いた途端に走って寄ってこようとしたので、魔法で止めました。
朝っぱらから魔法を失敗したままではいられません。もう一回挑戦します。
何も見ずに魔法陣を描いて、呪文を唱えました。さあどうだ。
今度は普通に火の玉が飛んでいき、魔物の一匹に当たりました。
うまくいったようですが、魔物は消えてくれませんでした。翼付き狼もどきよりこの魔物は丈夫なようです。この魔法では倒すのは大変かもしれません。別の魔法を使うとしましょう。
そうですね……スパッとやってしまいましょうか。あの魔法なら威力は十分でしょう。
出来上がった魔法陣を見て、
「……何これ」
「……芸術的」
エドワードさんとジークさんがそれぞれそんなことを言いました。二人ともこの魔法陣をよく見たのは初めてなのでしょうか。
「よくこんな、わけわかんないようなのぱーっと描けるね」
「これそんなに難しくないんです。元になってる魔法を覚えちゃえばいいんです」
私も初めてこの魔法陣を見た時はものすごく難しそうに思いましたが、たいしたことはないとヘンリー君が教えてくれました。
この魔法はある魔法の強化版なのです。元の魔法陣に飾りが付いて豪華になったと思えばいいのです。元がわかっていれば楽勝です。
さて、やっちゃいましょう。この魔法は元の魔法同様、呪文が簡単です。
【風よ、切り刻め】
魔法陣から風の刃がいくつも飛んでいき、二匹の魔物のあちこちが切れました。一匹には当たりませんでした。
当たった二匹のうちの一匹は空気に溶け始め、もう一匹は耐えました。
頑丈ではありませんか。この魔法ならバラバラになってもおかしくないというのに。それとも私がどこか間違えて魔法の威力を落としてしまったのでしょうか。
もう一度同じ魔法を使うと、残りの二匹もあちこちが切れて、空気に溶けていきました。
うん、なかなかうまくいったと思います。この調子で今日も頑張りましょう。
お昼頃、森の中を歩いていて、虎のような魔物を見つけました。
魔物の動きを止めてから、電撃をお見舞いしてやりました。
「グガア!」
魔物は短く鳴いてばたりと倒れました。
やった! 一発で倒せました。強力!
ところで、魔物を見たのは今日はこれで何度目でしょうか。
一時間のうちに何度も何度も魔物に遭遇します。
五分くらい前に山羊もどき三匹を超強力水鉄砲のような魔法で倒したばかりですし、その少し前には鹿もどき五匹を風で吹き飛ばしました。
魔物は複数でいることが多いので、この近くにまだ虎のような魔物がいるかもしれません。
「魔物多いですね」
私がそう言うと、エドワードさんが頷きました。
「地震のせいかな」
そうだとしたら、いつまで続くのでしょうか。一週間? 一ヶ月間? 半年間? もっと……魔王が復活して倒れるまで?
「ところでレイちゃん、疲れてないかい? 朝からもう何度も魔法使ってるけど」
「なんともないです」
初めて魔法を教わった日にたくさん使って全然疲れなかったので、今のペースならまだまだ余裕だと思うのです。
でも魔法を使うだけではなくて長距離歩きもするので一日が終わる頃には結構疲れているのではないでしょうか。
ほとんど太陽が沈む頃に、目指していた町までたどり着きました。
疲れました。でも今日はいつもより楽しい一日でした。あとは良い宿を見つけられれば完璧です。
楽しかったことが顔に出ていたのか、宿を探して通りを歩いている時、エドワードさんに「機嫌良さそうだね」と言われました。
「今日はたくさん魔法使ったのに自分に被害がなかったのが嬉しいんです」
朝早くから失敗してしまいましたが、基本的には好調だったので、今まで自信がなくて使っていなかった魔法を多く使ってみました。
「そうだと思った。すごいよ、旅しながらあんなの使えるようになるなんて」
そんなことありません。
「魔法陣がちゃんと描ければなんとかなります」
「そういうものかな。僕の知り合いはみんな他にもいろいろ苦労してるみたいだけど」
「私は……ずるいでしょう。だからあんまり苦労しなくて済んでるんです」
呪文は普段から話している日本語ですし、魔力が強いので魔法陣を描くのが遅くても困りませんし。
「ずるいっていうのは何か違うと思うけど……まあ、有利なのかな」
「有利過ぎです。魔法陣がなくても言うだけで好きにできて……」
魔法が使えるのはすごく楽しくて幸せなことですが、こんなに恵まれていていいのでしょうか。
「別にいいじゃないかな。危ないことさせられてるんだし、レイちゃんにとってこの世界は不便なことも多いんだろう?」
まあ、それはそうですが。それにしたって私が相当に得をしていることに変わりはありません。
「それに、僕もジークもレイちゃんには助けられてるし」
そう言ってもらえるのは嬉しいのですが。
「前からずっと思ってたんですけど、私がいなくてもエドワードさんとジークさんならなんとかなってます」
「何言ってるのさ。レイちゃんがいなかったら神の道具のこと全然わからないじゃないか」
「名前とか使い方とか知らなくても大丈夫でしょう」
ボールペンと懐中電灯は触ってみればどういうものかだいたいわかるでしょうし、フロッピーやリモコンなどは単体ではどうしようもないのですから知識なんてあってもなくても同じでしょう。
「でもさ、レイちゃんがいなかったら僕は目の前で誰かが死ぬを見たかもしれないし」
そうでしょうか。あの魔人の時だってなんとかなったのではないでしょうか。
「あの洞窟なんて地下三階にすら行けなかったと思うよ」
テレビを見つけられていなくても何の問題もないように思うのですが。旅に役立つ物でもありませんしそもそも動きませんし。
「それでもやっぱり私がいなくても……」
大丈夫だろうと言おうとしたところで、ジークさんがぼそっと言いました。
「レイ、少し卑屈になってないか」
え? 違います。……いえ、少々なっているかもしれません。
「いろいろ不思議だなって改めて思っただけです。何で私がここに来たのか、とか」
あの神様が私を連れてきたのだとして、勇者の旅についていかせるために日本人、というより日本語を話す人を選んだのはわかります。でも何故私なのでしょう。もっと体力のある人、頭の良い人の方がいいと思うのですが。
うーん……魔力が強いから? でも、魔法がない世界に生まれ育って魔力をもつなんてことあるのでしょうか。実はあちらにも魔法かそれに近い何かがあるのかも……いいえ、きっとそうではありません。魔力は借り物だという気がなんとなくするのです。……でもやっぱり、あったらいいな。
「レイちゃんが来た理由か……あ、もしかして」
エドワードさんは何か思い付いたようです。
「魔法とか好きだからじゃないかな。この世界を嫌わないでちゃんと働いてくれるようにさ」
あ、それありそうですね。
「でも、私よりずーっとファンタジー好きで協力的でついでに有能な人いっぱいいます」
「そう?」
そうですよ。むしろいなければ困ります。
「あの神様のことだから」
今度はジークさんが言いました。
「エドと一緒なんじゃないか」
え? それはつまり?
「くじ引き」
……それだ!
何故思い付かなかったのでしょう。
「……それじゃあ私、一生分の運使い果たしたかもしれないです……」
「え、レイちゃん、くじ引きで納得するのかい?」
「はい」
勇者がくじ引きで決まったのなら、お手伝いをする人も同じなのでしょう。エドワードさんが本当にくじ引きで決まったのか怪しく思えることもありますが。
「くじ引きで決めてもいい役目だって思ってた方が気楽じゃないですか」




