飛んでくる手紙
お昼を食べてからシクト大陸最初の宿を決め、報告書を書きました。
「なんか不安だな」
エドワードさんが紙飛行機となった報告書を見つめて言いました。
「急にどうしたんですか」
「今まで何もなかったし、大丈夫だから渡されたんだろうけど……海の向こうまでって考えたら急に不安になったよ」
む……確かに、頼りなく感じますね。紙ですものね。
「それ作った人たちの代表は、使えるものしか世に出さない主義って母さんが言ってた気がする。だから大丈夫じゃないか」
私とエドワードさんを安心させようと思ったか、ジークさんがそんなことを言いました。
「んー……」
エドワードさんは何やら考えてから、私に紙飛行機を差し出してきました。
「飛ばす時の魔力の強さは関係ないってわかってるけど……」
それでも魔力が強い私が飛ばした方が安心、というところでしょうか。
「任せた」
はい、任されました。
それでは飛ばしましょう。
【飛べっ】
ちゃんとニールグの大教会まで飛んでいってね。
三日後、私が泊まっている部屋に、寒いのを我慢して開けておいた窓から紙飛行機が入ってきました。
ルナールさんから聞いたのですが、この紙飛行機は、書かれた住所付近にいる魔力が強い人の所まで飛んでいくようになっているのだそうです。つまり私たち三人がいる住所を書けば、私の所まで紙飛行機が飛んでくるわけです。
私より魔力が強い人がいればそちらに行ってしまうわけですが、そのような人がいる可能性は低いのであまり心配しなくていいと言われました。
ともかく、無事に飛んでいって、飛んできてよかったです。
さて、エドワードさんとジークさんと一緒に読むとしましょう。
二人の部屋まで行って、
「お手紙来ました」
私がそう言って紙飛行機を見せると、エドワードさんが微笑みました。
「ちゃんと飛んでったんだ」
「すごいですよね!」
詳しいことは知りませんし、詳しく聞けたとして私に理解できるかわかりませんが、とにかくこの紙はすごいと思います。
「もう何度も言ってるけど、本当にレイちゃんは魔法のことになると楽しそうだね」
はい、そうです。テンション上がります。でも、
「これが科学の力でも私はこんな感じだと思います」
「そう? ああ、そういえば魔法諦めてからの夢は科学者だったね。科学でそういうの作りたい?」
「魔法っぽいっていうと、化学だと思うんです。こういうのは……えっと……」
指定した場所に飛ばす技術と考えると、コンピューター関連? 物理?
「……こういうの作りたいっていうのとは違……」
いや待てよ、この紙飛行機と同じような物を作る場合、雨雪に耐えられる紙にするのだと考えれば化学なのでは……。
「……えっと、こういうの作るんじゃなくて、作るための材料を作る方に進めたらいいなって思ってるんです。でも全然違うのも楽しそうで迷ってて……天体とか、生物とか……」
……どうしましょう、喋っていたらなんだか不安な気持ちになってきました。
私は、日本に帰……ああもう、このことは深く考えるな、私。
ほら、いつまでも私が紙飛行機を持っていたら駄目でしょう。二人に渡さないと。
翌日、ニールグからの手紙に書いてあった人を訪ねてみました。
相手はこの街にいるニールグの諜報員です。確か、ロランと名乗っているのでしたか。
たんぽぽ荘という、アパート的な建物の戸の一つをエドワードさんが叩くと、戸が開いて、若い女性が顔を出しました。
彼女はすぐに私たちが誰なのか理解したようでした。
「早く入っちゃってください。目立ちますから」
部屋に入ると女性――ロランさんが申し訳なさそうに言いました。
「ごめんなさい、一人、私と背もたれ無しです」
大きいとは言えないテーブルの周りに、背もたれのある同じ種類の椅子が二つ、背もたれがなくて種類が違う椅子が二つ置いてあります。
「二人とも背もたれあるのに座りなよ。僕はいいから」
「エドとレイが座ればいい」
「エドワードさんとジークさんが座ってください」
お互いに譲り合う状況になってしまいました。こういう時は!
「じゃんけんで……負けた人が背もたれ無しでどうですか」
そう言ってみたら、
「うん」
「わかった」
とエドワードさんとジークさんがそれぞれ返してきました。
「あのー、何を?」
ロランさんが首を傾げて私を見ました。ふむ、先に彼女に説明しておきますか。
軽く説明した後、実際にじゃんけんを見てもらうことにしました。
「一本勝負でいいですか」
エドワードさんとジークさんに確認すると二人とも頷きました。
「じゃあいきます」
さあ勝負です! 負けてやる!
「最初はぐー! じゃんけんぽんっ!」
エドワードさんとジークさんが仲良くぱーを出して、私はぐーを出しました。私の負けです。
ふふ、うまくいきました。負けだけど私の勝ち!
全員が椅子に座ると、ロランさんはテーブルに地図を広げ、シクト大陸のことをいろいろと教えてくれました。
どこそこで内戦が起こりそうだとか、どことどこの国境の警備がすごく厳しいのだとか。
「……というわけで、ここに行く時は十分注意してください。何か質問は?」
「ここと、ここと……あとこの辺に、何があるか知ってますか?」
エドワードさんが地図上の数箇所を示してそう聞くと、
「そうですね……」
ロランさんがリカランダ公国と書かれた所を指して言いました。
「ここには神の道具と思われる物があったはずです。なくなって騒ぎになったらしいですね」
「他は?」
「あとは、この国の」
今度は彼女はリネーデ王国を指しました。
「王都に不思議な森があると聞いた覚えが。何か気になることでも?」
「まだ詳しいことはわからないんですけど、もしかしたらここで、勇者は魔王のことを知ったかもしれないんです。どこにいつ頃現れるのか、どうして現れるのか」
ロランさんがわずかに驚いたような表情になりました。
「勇者って、昔の赤毛の勇者のことですよね? そんな情報をどこで」
「勇者の妹の子孫に会えたんです。勇者の妹はたくさんの日記を残していて、それを見せてもらいました。それで、どこかの森で何やら知ったらしいことがわかったんですが……」
どこの森なのかよくわからなかったので、報告書に書いておきました。そうしたら、昨日来た手紙に、どこそこの森ではないかということと、各地の諜報員に聞いて回るのがいいよ的なことが書かれていたのです。
「……なるほど。近くの者には調べるよう指示がいっているでしょうね。ところで」
ロランさんがぐっと身を乗り出しました。
「勇者の性別はどちらかご存じですか?」
「女の子だったみたいです」
エドワードさんの答えにロランさんはとても嬉しそうな顔をしました。
「勝った……!」
詳しく聞いてみると、彼女は個人的な興味で勇者について調べたことがあるらしく、勇者女性説を支持してきたのだそうです。
「この仕事してて良かったです。今の勇者様が海賊を華麗に倒したところも見れましたし」
「見てたんですか?」
「ええ、間近で。同僚ときたらすっかりあなたのことを好きになってしまったみたいで」
わかってはいましたけど、やっぱりモテモテですね、エドワードさん。




