そういうもの。
着きました。シクト大陸に。
そろそろお昼の時間です。今日は寒いです。ジークさんを見ていると少し温まるような気がします。
「やっと着いたっていうか、もう着いたっていうか……」
「うん。――茶髪多いなあ」
「あんまり変わらないんだな」
結局、一週間の船旅でした。
基本的にいい天気で、強い雨や風はありませんでした。
巨大生物は、あのイカ以外には鯨の群れが遠くにいるのを二度見ました。ちなみにあのイカの腕は干されて、二日後の夕食時から何度かお皿の上で見ました。
魔物も出ましたが、いろいろな人たちによってあっさり片づけられました。エドワードさんとジークさんが飛んできた魔物を真っ二つにしたこともありましたし、乗客の誰かが水中から飛び出てきた魔物を切り刻んだことも、対魔物および海賊要員たちが泳いで追いかけてきた魔物に矢を射かけたり魔法を放ったりしてボコボコにしたこともありました。
あの船には驚くほど強い人がたくさん乗っていました。おかげで魔物がたいして強くないように思えました。私が魔法を使って魔物の動きを止めたこともありましたが、別に何もせずとも大丈夫だったのではないでしょうか。
そんな順調な航海でやってきたこの大陸は、エドワードさんの言うとおり茶髪の人の割合が高くなって(アマンスの時点でそれなりにいましたが)、ジークさんの言うとおり建物とか服装とか、街の雰囲気がイリム大陸とあまり変わりありませんでした。
大陸が変わってもヨーロッパ風ファンタジー世界ですか。
「いくらなんでも違いなさすぎじゃないですか」
通貨も同じで、まるで同じ国の中の別の地域に来たみたいです。
「元々同じ国だったからじゃないか」
ジークさんが言いました。
ああ、大イリム帝国という大きい大きい国があったそうですね。
一番大きい時はイリム大陸全てとシクト大陸の約三分の一が領土で、その時領土だった所が今のイリム語圏とだいたい重なるのだとか。今いるこの国は“シクト大陸の三分の一”に入っていたはずです。千年くらい前のことらしいですが。
「それに行き来が頻繁にあるからこうなっていてもおかしくないのかもしれない」
そういうものでしょうか。
どうでもいいような話をしながら適当に街を歩いていて見つけた食堂に、昼食をとるために入りました。
運良く空いている席があり、椅子に座ろうとしたところで、
「見つけたあああっ!」
わっ!?
後ろ――入口の方から大声が聞こえました。
何事かと振り返って見てみれば、頭にバンダナを巻いた人相の悪い人が六人いて、そのうちの一番年上らしい人が怒りに満ちた目でこちらを睨んでいました。
他の五人は、仲間がどうして怒っているのかわからないらしく、戸惑っているようです。
「海賊だ……!」
誰かがそう言ったのが聞こえました。
海賊ですか。確かに彼らはそんな感じに見えます。ですがこんな所に真昼間から堂々といるものでしょうか。いえ、それよりも、
「あの人、何で……」
エドワードさんが少し面倒くさそうに言いました。
「父さんが恨み買ったんじゃないかな……」
あー、それか!
「頭の仇いいいっ!」
「ひゃっ」
叫び声と共にナイフが飛んできてテーブルに突き刺さりました。びっくりした……。
突き刺さったナイフを見て、
「恨まれてるなあ」
エドワードさんが苦笑して、
「どうして二十年以上経ってることを考えないんだ」
ジークさんはわずかに首を傾げて不思議そうに言いました。
「何をごちゃごちゃと! 死ね!」
どうしてこう、賊は短気なのでしょう。栄養不足でしょうか。
海賊が投げたナイフを、テーブルの前に出たエドワードさんが剣で弾きました。海賊は悔しそうな顔をしてもう一度投げましたがまた弾かれました。
「何度やっても同じだぞ?」
「うるせえ! これならどうだ!」
海賊がたくさんのナイフを構えたので、危ないと思って私は咄嗟にしゃがみました。
びゅん、と頭の上を何かが飛んでいき、何かと何かが当たる音がいくつかと、何かが倒れる音が聞こえました。
「怪我はないか」
ジークさんに声をかけられました。
どこも痛くありません。私には何も当たっていません。ああよかった……。
「大丈夫です」
後ろの壁を見てみたら、壁紙が一部切れていました。ナイフが当たったからでしょう。
立ってみたら、ナイフが当たったらしい位置は私の頭のてっぺんよりは結構上で、しゃがんだのは大げさだったことがわかりましたが、
「よくかわした」
とジークさんが褒めてくれました。
ジークさんは剣を握っています。エドワードさんと二人で飛んできたナイフを弾いたようです。
エドワードさんは入口近くに立っていて、彼の足下にはナイフを投げた人が倒れています。殴るか蹴るかしたのでしょう。
「てっ、てめー!」
「死ね!」
仲間がやられて、残りの海賊たちが怒りました。彼らはエドワードさんに殴りかかったり斬りかかったりしましたが、
「……そっちが死ね」
全員が物騒なエドワードさんに剣で頭を殴られて倒れました。気絶していたり、頭を抱えて丸まっていたりしています。
「お前に会うのは今日が初めてだ」
そう静かに言って、エドワードさんはナイフを投げてきた人の背中を踏みつけました。彼は今どんな顔をしているのでしょう。
「あ、あの、エドワードさん」
「ん?」
近寄って呼んでみると、エドワードさんはとてもとても爽やかで晴々とした素敵な笑顔を向けてきました。多くの女性が見惚れるであろう笑顔を私に。……うわあああ、嫉妬の視線がーっ! ここでもモテモテですねエドワードさん!
「……ひ、人を踏む、の……」
……ん? 私、日本語喋ってる? 落ち着け、落ち着け私。
「人を踏むの、好きですか」
思い切って聞いてみたら、エドワードさんは足下の人を見下ろして少し考えるような素振りを見せました。
「……どうだろう? こうしてると、いいことしたなって気分になるんだ」
言いながらエドワードさんは乗せた足に体重をかけたらしく、踏まれた人が呻きました。
「だから……そうだな、人をただ踏むのが好きってわけじゃなくて、こいつみたいなやつを、殴ってからこうするのが好き……かな?」
疑問形なあたり自分でもよくわかっていないようです。
「好きだからやってるってつもりはなかったな」
「じゃあ何で踏むんですか」
「踏んだ方がいいからだよ。起き上がってきたら面倒だし、倒れてるの見下ろすだけじゃなんか物足りなくて」
起き上がってきたら面倒なのはわかりますけど、物足りないって……うーん、まあ、倒れた相手を踏めばより勝利を実感できていい……のかも?
「別人とか嘘だろ!」
踏まれた人が叫びました。
「てめーみたいなのが二人もいてたまるか! いでででででっ、や、やめっ、いだっ! いつまで踏んでんだよ! 別に逃げねえよ!」
エドワードさんが少し怒ったような顔で言いました。
「そんなことの前に言うことがあるんじゃないのか」
「はあ? いだっ! 何だよ!」
そんなの決まっているではないですか。あなたは、最低でもエドワードさんとこの食堂の主人に謝るべきです。
エドワードさんが怒って踏んで、踏まれた人が騒いでを繰り返していると、町の警備隊だという、なんだか強そうな集団が来ました。
海賊たちは縄で縛られて六人まとめて荷馬車に押し込められ、どこかに連れていかれました。
警備隊員に事情を話した後、食堂の席に戻ってからエドワードさんが言いました。
「僕らとレイちゃん反対に座ればよかったね」
そうですね。そうだったらあの人からエドワードさんの顔は見えなかったでしょうね。




