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どうやって

 山の麓の町に着き、報告書を書いて飛ばして五日で、ケイさんが窓から宿に入ってきました。

「……よう……ひさ、久しぶり」

 どういうわけかケイさんの息が荒いです。ずいぶんと汗をかいています。

「……疲れた……」

 ケイさんは座り込んでしまいました。

 どうしたのかと理由を聞く前に、窓からアーサーさんではない青い髪の人が入ってきて、

「はは……やっぱり、速いな……」

 ケイさんと同様にすぐ座り込んでしまいました。かなり疲れているようです。

 俯いていて顔がよく見えませんが、この人は、

「……ルファットさん?」

 笑顔が素敵で、食べる量が多いレオ・ルファットさんですよね?

「ああ、レイ、覚えててくれたか……」

 ルファットさんは顔を上げるとにっこり笑ってくれました。相変わらず素敵な笑顔です。彼の笑顔は、見るとなんだかほっとします。この笑顔を好きになる人も多いのではないでしょうか。

 エドワードさんの笑顔もとてもいいものですが、私にとっては、ルファットさんの笑顔が一番素敵なものに思えます。

「二人とも、どうした?」

 エドワードさんの質問に、ケイさんが壁に寄りかかりながら答えました。

「競争、してきたんだ。どっちが、早く着ける、か……レオ先輩、意外と速くて、オレ、本気出したんだ。兄ちゃんたちは、たぶん歩いてるから、当分来ないと思う」

 馬より走るのが速いケイさんが本気を出して走って、二人がここに着いた時間があまり変わらなかったということは、ルファットさんも相当速いということですね。ケイさんはどうやら油断していたらしいので、そのことも考えないといけないかもしれませんが。

 それにしても、連続で知っている人がくじに当たるとは。神様が何かしたのでは……と考えたくなってしまいます。

 少ししてから息が整ったルファットさんは、私とエドワードさんとジークさんを順番に見て言いました。

「仲良くできてるようだし、元気そうで良かった。ケイたちから話は聞いてたけど、少し心配だった」

 心配してくれていたのですか……。

「私たち、仲いいように見えるんですか」

「というより、レイから男二人に対する『寄るな』って雰囲気が和らいだ感じかな」

 え……確かに、エドワードさんとジークさんは少しくらい近くても変に緊張しなくなったような気はしますが……。

「僕はもうちょっと仲良くなれたらいいなーって思ってるんだけど」

 それはまあ仲が良いに越したことは……え? うわあああ!

 どういうわけかエドワードさんに抱き寄せられましたあああ! 近い! 近すぎる!

「それは良すぎるんじゃないか」

 ジークさんがそう言うと、

「まあそう言わずに」

 エドワードさんは左手で私を捕まえたまま右手でジークさんの腕を掴んで引き寄せました。

「ジークとレイちゃんのことは弟と妹みたいに思ってる。僕には兄弟がいないから、これは兄弟とは別の感覚かもしれないけど」

 妹……エドワードさんにとって、妹とはどのような存在でしょうか。エイミーにとってレベッカちゃんという妹はよくできたいい子でかわいい存在のようですが、私にとって恵という妹はそうではありません。かわいいけれどかわいくありません。

 エドワードさんの普段の言動や今こうしてくっついていることから考えるに、そんなに悪くは思われてはいないはず……いないよね?



 旅の資金を受け取って、こちらからは『アーサー王』を訳したものを渡して、五人で最近の出来事などをしばらく話していると、ドアがノックされて、アーサーさんと、私が知らない人が入ってきました。アーサーさんが普通に部屋に入ってくるのは初めてですね。

 アーサーさんと一緒に入ってきたのは二十代後半から三十代前半くらいに見える男性です。濃いめの青色の髪とオレンジ色の目をしていて、頭が良さそうな雰囲気を醸し出しています。杖を持っているので、魔法を使う人のようです。

「久しぶり。今日も三人とも揃って元気そうで何より」

 そう言うアーサーさんもお元気そうですね。

「紹介しよう。この方は、ニールグ王国騎士団魔法部隊の、セグレット・ルナール隊長」

 アーサーさんは彼と一緒に入ってきた人を紹介してくれました。

 騎士団の魔法部隊?……の隊長……偉い人?

「って言ってもやっぱりレイはわからないか。とりあえず、魔法を使って戦うニールグ人の中で一番強くてかなり偉い人って覚えておくといいと思う」

 えええ! そんなすごい人がどうしてここに……ヘンリー君のように、国の外に出てみたかったのでしょうか。

 ルナールさんはエドワードさんに「はじめまして」と言い、ジークさんには「お久しぶりですね」と言いました。

 私はエドワードさんと同様の言葉をかけられて、両手をがしっと握られました。……え? 何? 何で? 何ですかこの手は。

「お会いしたかったです、コバヤシさん」

 え、私に会いたかったですと?

 ルナールさんが真剣な顔になりました。

「早速ですがあなたにぜひ教えてほしいことがあります」

 その前に手を放してほしいです。近いので一歩分くらい離れてほしいです。

「な、何ですか」

「『死ね』は魔法語で何と言うのですか?」

 ……来た! しかも直球! このような質問をいつかはされると思っていました。

「おしえたら」

 ん? 今、日本語が聞こえたような? ジークさんの声だと思うのですが。

「ぶんかさいの、ねこみみしゃしん、さらすぞ」

 はいっ? 今何て言いましたかジークさん! とんでもないこと言いませんでしたか!

 ジークさんはぼんやりしていて、私を見ているようで見ていない感じです。これは……神様がジークさんに日本語を喋らせているのですね! 神様が私を脅してきていますね! つまり私がとるべき行動は一つ!

「答えられません」

 私の答えにルナールさんは表情は変えず、ちらりとジークさんを見て言いました。

「ジーク君に言われたことが原因ですか?」

「信じられないと思いますけど、神様が、ジークさんを通して、私に喋るなと言ってきました」

 あの恥ずかしい格好を見られたくありません。あれはもっと女の子っぽくてかわいい子がすればいい格好なのであって、私がするものではありません。

「そうですか。神様が望んでいないのなら仕方ありませんね」

 ……あれ? ずいぶんあっさり信じてもらえたようなのですが……。

 ふっとルナールさんが笑いました。

「信じてもらえないだろうと思っていましたね?」

 初対面の聖職者でもない人に、神様がどうのこうのと言われても信じないものだと思います。

「彼が六歳の時に、いろいろ言い当てられたんです。どうして知ってるのか聞いたら『神様が教えてくれました』と返されまして」

 あらまあ、そんなことがあったのですか。

 ジークさんが首をわずかに傾げました。

「……憶えてるような、憶えてないような」

 そんなジークさんにルファットさんが言いました。

「“図書館で会った、魔法使いのお兄さんお姉さんたち”の一人じゃないか?」

「……たぶん」

 よく思い出せないらしいジークさんに、

「思い出さなくていいですからね」

 とルナールさんが言いましたが、

「図書館ならきっとあれだ。『お父様がかつら付けてるって本当ですか』とか聞いちゃった人だ」

「……それだ」

 ケイさんの言葉で、ジークさんはルナールさんについて何か思い出したようです。

 ジークさんはルナールさんに向き直って姿勢を正し、

「あの時は、申し訳ありませんでした」

 頭を下げて謝りました。

「思い出しましたか……いえ、いいのです、いつかは周囲に知られることでした」

 ジークさんに何かを思い出されてわずかに落ち込んだ様子のルナールさんに、

「……あの」

「はい、何でしょう?」

「手、放してほしいです……」

 言ってみると、彼はぱっと手を放してくれたので、私は一歩下がってみました。

「ああ、すみません。嬉しかったので、つい」

 何が? もしかして「死ね」を覚えられることが?

「あなたに会えて嬉しかったんです。異世界から来たと言っていて、魔法語が話せるなんて会ってみたくなるものです。何か話してみてはくれませんか?」

 え、えーっと、じゃあ、ジェフリーさんの時と同じで。

「何か話せと言われても困ります」

 日本語で言ってみると、思ったとおり、何と言ったのかと聞かれました。答えたらこれまたジェフリーさんのようにもっと話してほしいと言われたので、今日も『アーサー王』を音読することにしました。

 一ページと少し読んだところで、

「オレ、こっち読んでる」

 ケイさんが『アーサー王』を訳したものの紙の束を持って言いました。やっぱり、謎言語をただ聞いているのは、興味がない人にとってはつまらないことでしょうね。

 ジークさんとエドワードさんとルファットさんも訳したものを読むことにして、アーサーさんはグウェンさんへのお土産を買いに行きました。アーサーさんはいつものように窓から出ていきました。

 私は音読を続けて、六ページ読んだところで、

「やっぱりわかりませんね」

 ルナールさんが楽しそうに笑いながら言いました。わからないと言いながら笑っているのは、きっと彼も、魔法が好きだからなのでしょう。

「ありがとうございました。お礼にこれを差し上げましょう」

 和紙のような手触りの、縦横五センチくらいの紙を二枚渡されました。紙いっぱいに複雑な魔法陣が描かれています。

「開発中のもので、まだ誰でも使えるわけではないのですが、魔力が強い人なら大丈夫です。使い方は簡単」

 ルナールさんは同じものをもう一枚、ローブの内側から取り出すと、自身の手のひらに載せ、呪文を唱えました。

【てんかい】

 おお! なんと、紙に描かれた魔法陣の上に、別の魔法陣が勝手に描かれていくではありませんか!

 魔法陣が完成したところで、ルナールさんはもう一度呪文を唱えました。

【ひかれ】

 すると、勝手に描かれた魔法陣が眩しく光りだしました。

 魔法陣はいつもはキラキラしている感じですが、今はピカーという感じで光っています。まるで弱めの電球の光を見ているようです。

「松明の代わりにすることを目標としているそうです。一枚につき一回、私だと十五分程使えます。あなたならもう少し長く使えるでしょう。というわけで、ちょっと持っていてください。はい手を出して」

 とりあえず右手を出してみると、ルナールさんは紙の端を持って、彼の手のひらから私の手のひらに紙を移動させました。勝手に描かれた魔法陣も紙と一緒に移動しました。……魔法陣が動いた!

 魔法陣というものはその場から動かせなくて、敵の攻撃が届かない安全な所で描くか、敵の動きを止めて描いていくしかないと思っていましたが、これはどうも違うようです。

「あの、これ、歩きながらでも使えるんですか」

「そうです。この魔法陣は紙について動きます。ただし急な動作はいけません」

 ルナールさんは、やっても大丈夫なこと、やると魔法陣が描けなかったり消えてしまったりすることを教えてくれました。

 これはまだ開発中だそうですから、将来は誰でも使えるようになったり光の強さを調節できたりするようになるのでしょう。

「すごいですね」

「ええ。素晴らしいものができました。ただ……」

 ルナールさんの声のトーンが下がりました。

「海の向こうでは十年も前にとっくにここまでできているのですよ……」

 十年遅れですか……それでもこんなものを作れてしまうのはすごいと思います。

 どうやって作ったのか聞いても、書いて飛ばせる報告書のように国家機密とかで教えてもらえないのでしょうね。

 だから少し違うことを聞いてみます。

「魔法ってどうやって作るんですか」

 ずっと疑問に思っています。特に、呪文をどうやって決めているのか知りたいです。

「教科書に書いてあったと思いますが、まずは既にあるものを参考にして魔法陣を考えることが多いですね」

 昔からの研究の積み重ねで、どんなものを描くと何が起こるか少しずつわかってきているそうですね。クオ皇国の魔法の本にも同じようなことが書いてありました。

「魔法陣ができたら呪文を決めるわけですが、魔法陣と同様にあるものを参考にしてもそうそううまくいきません。なにせ、どんな言葉が何を意味するのかほとんどわからないので」

 それなのにちゃんと日本語になっているのが不思議なのです。

「ここからが教科書に書いていないことです。――仕方がないので呪文が降ってくるのを待つ人が多いようです」

 ……呪文が降ってくる?

「……ひらめくってことですか」

「私もよくわからないのですが、呪文は降ってくるものだそうです。ひらめくのとは違う感覚だとも聞きました。降ってきた呪文を使えるような魔法陣を考える場合もあるそうです」

 降ってくる……もしや神様が何かしているのでは……。あの神様は結構親切ですから、人間に呪文を教えることくらいはしそうです。

「魔法陣がいらない魔法もやっぱり呪文が降ってきたんですか」

「長い長い呪文が『魔法陣不要』の言葉と共に降ってきたそうです。試しに唱えてみても何も起こらず、なくてもよさそうな部分を削ってやっと効果が出たそうです。それでもまだ長くてさらに削ったものが教科書に書いてあるのです」

 ルナールさんが今度は折り畳まれた紙を取り出しました。

「これを読んでみてください」

 紙を受け取って開いてみると、紙のサイズはB5くらいで、それには小さい字がびっしり書かれていました。

 どれどれ……いいくにつくろうかまくらばくふ…………は?

「あの、これは……」

 何でリーリン文字(イリム語の文字)で日本語で「いい国つくろう鎌倉幕府」なんて書いてあるのですか。

「長い長い呪文を書いたものです」

 え、これ呪文?

 さらに読んでみると「じゅげむじゅげむ(以下略)」とか「えんかなとりうむ」とか「ぼーいずびーあんびしゃす」とか「あしびきのやまどりのおの(以下略)」とかいろいろなことが書かれていました。私には意味がわからないものもありました。「とりあこんたん」って何でしょうか……。

「書いてあることはわかりますか?」

「わからないのがいくつか……物質の名前みたいなのとか、外国の言葉とか」

 で、これは何の……あ、「うるさいみみざわりだ」って書いてある……これはきっと、最初に覚えた魔法の呪文の元になったものですね。

「これ、長い呪文っていうか、いろんな言葉の中に呪文を紛れ込ませたっていう感じです」

「やはりそうですか」

 最後まで読んでいくと、「さくらさくら」の歌詞が書いてありました。

 そういえば私、桜の花を見ていません。もう秋だというのに。

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