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どうして

 マーサラントの首都を発って五日が経ち、エムズス王国という国に入りました。この国で神の道具かもしれない物を探したら、この大陸とはお別れします。

 今日はこれから、山を一つ越えたところにある町を目指します。大した山ではないようなので天気の心配はあまりしなくていいでしょう。天気よりも魔物や野生動物に注意が必要だと思います。

 山に入り、急な斜面を登っている時、

「グオオォォ」

 と、何かの鳴き声らしきものが上の方から聞こえてきました。

 立ち止まって、何が出した音なのかと辺りを見回してみると、大きな魔物が斜面を転がったり滑ったりしながら落ちてきていました。

 巻き込まれては大変です。脇に避けましょう。

 もしかしたらずっと落ちていくのかもしれないと思いましたが、魔物は私たちの横を通ることになる前に太い木にぶつかって止まりました。あの形は熊でしょうか。あれが弱い魔物なら、きっと木にぶつかった衝撃で消えたことでしょう。

「あれ、どうして落ちてきたんでしょうね」

「足滑らせたのかもしれないよ」

 エドワードさんがそんなことを言いながら剣を抜き、切っ先を起き上がった魔物に向けました。

 魔物はこちらに、「食べてやる」と言わんばかりの目を向けるなり、

「グオオオオオオ!」

 うわ、うるさい!

【黙れっ】

 大声でほえたので黙らせてみると、何故か魔物は頭を四方八方にブンブンと振り始めました。何を……もしかして魔法を解こうと? あれで解けたら嫌だなあ。

「そんなで解けるわけあるか」

 エドワードさんは呆れたようにそう言ってから、頭を振り続ける魔物に近付き、魔物の体を真っ二つにしました。

「魔物って馬鹿だと思ってたけど、やっぱり馬鹿だよなあ」

 空気に溶けていく魔物を見ながらエドワードさんが言いました。

「レイちゃんはこれを黙らせただけだよね?」

 そうです。私は魔物を黙らせただけで、動けなくはしていません。

 魔物は一歩も動きませんでしたし、近付くエドワードさんを威嚇することも攻撃することもしませんでした。私たちのことなど忘れてしまったかのように頭をブンブン振るだけでした。エドワードさんに馬鹿呼ばわりされても仕方がないでしょう。

「魔法を解こうとさえしないのに比べれば頭いいんじゃないか」

 ジークさんが言いました。

 彼にも魔物の行動は魔法を解くためのものに見えたようですね。

「それはそうかもしれないけど……ん?」

 エドワードさんが魔物が落ちてきた方に顔を向けました。何かに気付いたのでしょうか。

「同じようなのがいるみたいだ」

「グオォ」

 あ、また鳴き声が聞こえました。エドワードさんの言ったとおり、熊のような魔物がまだいるようです。

 少し待ってみましたが、何も落ちてきません。私たちからは見えないどこかで木にでも引っかかったのでしょうか。

「魔法で呼んでみますか」

「そんなことしなくても来るやつがいるよ」

 エドワードさんに腕をぐいっと引っ張られて一歩後ろに下がった直後に、

「わっ」

 目の前を魔物が猛スピードで通っていったと思ったら、その魔物をジークさんが斬りました。

「あ、ありがとうございます」

 ああ、びっくりした。ぶつかったらとても痛かったでしょう。

 飛んできた魔物は、真っ二つになった上に空気にどんどん溶けていっているのでわかりにくいですが、モモンガのような形をしていたようです。近くの木から私目がけて飛んできたのでしょうか。

「レイちゃんもこういうのに気が付けるようになるといいね」

 エドワードさんから、私には難しそうなことを言われてしまい、

「ついでに対処できるようになるともっといいな」

 ジークさんから、もっと難しいように思えることを言われてしまいました。



 またしばらく歩いていくと、虎のような魔物が一匹、道を塞ぐように立っていました。なんだかとても強そうです。これ以上近付いたら即飛びかかってきそうです。

 どうするかエドワードさんに聞こうと思ったら、

「魔法使わなくていいから。あんまりレイちゃんに任せてたら僕らは弱くなる。少し離れて、木の陰にいるといいかな」

 と言われました。

 言われたとおりにして、改めて辺りを見てみて、一匹だけだと思っていた魔物が少なくとも五匹はいることに気が付きました。私のように木の陰に隠れていたり、太い枝の上から様子を窺っていたりするのです。

 隠れている魔物は堂々と姿を現している魔物より小さいようです。子分でしょうか。

 エドワードさんが一歩踏み出すと、親分(たぶん)がほえました。それが「かかれ」的な合図だったようで、木や藪の陰からたくさんの魔物が「ガオー」とか「ミャギャー」とか鳴きながら飛び出てきました。二十匹はいるでしょう。こんなに隠れていたとは……。全部虎、いや、ネコ科?

「ニャギャー!」

 魔物が一匹、私に飛びかかってきました!

【来るなっ!】

 適当に叫んで適当に杖を振ってみたら、杖は運よく魔物の頭に当たりました。

「ニャギャアアアア!」

 体勢を立て直した魔物は、また私に飛びかかりたくても魔法が効いていてできないようです。代わりに「何しやがる!」とでも言うように鳴き、口を大きく開けて威嚇してきました。

 チーターかヒョウのような見た目をしていますが、鳴き声は猫っぽいところがあります。ただの黒猫だと思ったあの魔物と一緒です。

 さて、どうしましょう。久しぶりに杖で倒してみましょうか。動きを止めているわけではありませんし、首都から離れた所にいる強い魔物ですから苦労するでしょうが、できないことはないでしょう。一度は当たったのですから。

「えいっ」

 魔物の頭目がけて杖を振り下ろしてみたら、魔物は素早く後ろにさがって避けました。

「ニャ!」

 ……何でだろう、すごく馬鹿にされた気がする……。

 もう一度やってみましたがまた避けられてしまいました。わかっていたこととはいえ、悔しいものです。

 せめて一回は当てようと何度か挑戦しましたがことごとく避けられました。しかも最後には逃げられました。エドワードさんたちの方へ走っていったのです。そしてジークさんに斬られました。

 私が一匹に苦戦している間にエドワードさんとジークさんは順調に魔物を倒していったようです。辺りはすっかり静かになっていました。

 エドワードさんがこちらを向きました。あ!

「レイちゃん、大丈夫だった?」

 ほっぺ怪我してる! 血が出てる!

 エドワードさんは魔物に左の頬を引っ掻かれてしまったようです。珍しい……じゃなくて、手当しなければ。

 驚いていたら、エドワードさんが爽やかな笑顔で言いました。

「心配してくれなくていいよ。僕はすぐ怪我が治ること忘れた?」

 え? あ、そういえば……。

「普段全然怪我しないから忘れてました」

 エドワードさんが怪我をしたのは、エイミーたちを待ち伏せした日くらいしか記憶にありません。

「実はレイちゃんが知らないうちに怪我して治ってるんだ」

 エドワードさんは指で血を拭って、傷一つ無い頬を見せてくれました。なんという速さでしょうか。

「何でそんなに速いんですか」

「そういう血筋みたいなんだ。父さんも速い方だし。みんな速いってわけでもないみたいだけど。えーっと、ひいひいひいひいひい? じいさんはすごく速かったらしいよ」

 エドワードさんのひいひいひいひいおじい……あれ、ひいひいひいひいひいひい? おじいさんというともしや。

「神様から剣貰った人ですか」

「そう。誰かから貰ったらしいとは聞いてたけどまさか神様からだったなんてなあ」

 金色の剣を貰った人のように、エドワードさんのひいひい……ご先祖様も何かを頑張ったから貰えたのでしょうか。そうでなかったら、何かをするために貰った、とか。理由は何であれ、きっと何かすごいことをしたのでしょうが、残念ながらエドワードさんは彼のご先祖様が傭兵だったらしいことしか知らないそうです。

 いつか神様が教えてくれるのではないかと期待してもいいでしょうか。



 どこからか現れる魔物を倒しながらさらに登っていくと、面白い光景に出くわしました。

 熊のような魔物に猪が突進して谷底に落としたのです。熊のような魔物が落ちてきたのはきっと、同じようなことがあったからです。

 猪がこちらを見ました。敵意を向けられている気がします。もしかして突進してくる?

「あの、あれ、だいぶ怒ってませんか」

 私の疑問にジークさんが答えてくれました。

「魔物に触ったわけだから、普通じゃないと思う」

 ああ、なるほど。納得。

 猪の目がキラリと光ったように思えた次の瞬間、ものすごい勢いで突進してきました。飛んできた魔物ほど早くなかったので避けることができましたが、安心する暇などなく、猪はすぐにこちらに向き直ってまた突進してきました。

 ええい、もう!

【帰れっ】

 魔法を使ってみると、猪はくるりと向きを変えて斜面をのそのそと下りていきました。最初からこうしていればよかったです。

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