見て。
ジークさんが買ってきたものは、栗が一個丸ごと入った大福でした。何故でしょう、建物も服もヨーロッパのようなのにこのような食べ物がたくさんあるのは。日本に近い(と私は思っている)気候のおかげでしょうか。それとも誰かがどこからか伝えて広まったのでしょうか。
お茶を飲みたいです。緑のお茶を。鯛焼きもだんごもせんべいも大福もあるのですから、きっとどこかで緑茶を作っている人がいると思います。
「平和だな」
エドワードさんが大福を片手にほのぼのとした感じで言いました。
「魔王が復活するかも、ってことで旅してるけど、全然そんな感じしない」
「でも、魔物は強くなってるんじゃないんですか。魔人だってもう三回見ましたけど……」
「そうだね。それでもさ、こうしてると、平和だなあって思わないかい?」
それは……私は緑茶が飲みたいとのんきなことを考えましたし、魔物はいませんし、武器を振り回す人もいませんし……はっ、武器を持ち歩いている人が多い時点で十分物騒ではありませんか! 私は武器がすぐそばにあることにすっかり慣れてしまっていたのですね…………でも、持っているだけなら別にいいような……いやいや、持ってない方がそれよりもきっと何倍もまし。でも、今この街は違うけれどこの世界には魔物というよくわからない存在がいるのだから持っていた方がいい、というか、持つべき……?
「レイちゃん?」
はい? うわあ! エドワードさん近い!
「ずいぶん考えてるみたいだけど」
あ、ああ……考えてばかりで答えていませんでしたね、私。ごめんなさい。
「……いろいろ慣れたなーって思って。武器持ってる人が多いのに平和で……」
慣れたのは武器のことだけではありません。魔法があって使えること、魔物の存在など、私はこの世界のいろいろなことにだいぶ慣れることができたと思うのです。この世界でも普通に生きていけそうな気がします。あ、でも、別の大陸に行ったらそうでもないのかも? 魔法や魔物の存在は同じでもまた違う文化が広がっているでしょうし……というか、この大陸はどこに行っても(全ての国を回ったわけではありませんが)ヨーロッパで、しかもどの国もたいした違いがないように思えるのは何故でしょうか。人がわりと簡単に山や川を越えてしまうからとか?
「ああそうか。レイちゃんの国は基本的に剣とか持ってたら駄目なんだったね」
「捕まっちゃいます」
「僕もジークも犯罪者か」
その前にコスプレだと思われるかもしれませんね……私もジークさんたちを初めて見た時そう思いましたし。
「うまくいけば、本物の剣じゃないって思ってもらえるかもしれません」
ジークさんが持っている聖剣なんて抜刀しなければ見た目はただの木刀ですし。
「田舎にいたらかなりの不審者ですけど、都会ならいろんな人がいるので……」
あれは……そう、高校入試が無事に終わって、家族と旅行で東京に行った時、新宿の駅前で、奇抜な髪の色の人とかとても派手な服の人とか何かのコスプレをしているらしい人を見たことがありますから、あの辺りならエドワードさんたちが今の格好のままいてもあまり怪しまれないのではないでしょうか。もしかしたらあの日は何かイベントがあってたまたまあんな感じの人がいただけかもしれませんが。
「結局は変人扱いなんだな」
ジークさんがぼそっと言ったのが聞こえました。
「私だって、ここの人から見れば変人でしょう」
「……そういえばそうだった」
むう……自分で言っておきながら、他人に言われると、そこそこダメージ受けます……。
ベンチでゆっくりしていたら、街を歩く人がだんだん増えてきました。どれくらいの人がいるのでしょう。
「そろそろ行こうか。――手、繋ぐ?」
うわあ、またエドワードさんがとても爽やかな笑顔を向けてきましたよ! 手を掴まれていないのが救いです。差し出されてはいますが。
「……今思い出したんですけど」
「うん?」
「湖上花火大会の話はしましたよね」
夏に何か足りないと考えた時に、お盆だと気が付いて、迎え火と送り火のついでに花火が思い浮かんで、その日に話したはずです。
「レイちゃんの国の戦争が終わった日にやるやつ? それともその次の月の?」
「先にやる方です。五十万人が見に行くんですけど」
誰かが言っていました。「湖畔はあの日だけは大都会だ」と。
「家族とか友達とはぐれたことないのでこれくらいたぶん大丈夫です」
小さい頃は、片手はお母さんかお父さんと繋いで、もう片手は妹か弟と手を繋ぐか空いていましたが。
「そんなに人がいて楽しめるもの?」
「歩きづらいですけど、楽しいです」
エドワードさんたちにも見せてあげられたらいいのに。
街の中心から離れて、王城に来てみました。ここまで来るとお祭りの音は何も聞こえず、静かです。
収穫祭の期間はお城の庭の一部が一般人にも開放されていると聞いたので、お祭りのついでに見てみることにしたのです。
見物に来ているのは私たちの他には3人しかいないようです。
庭の花壇には、種類はあまりないようですが、たくさんの花が咲いています。一番多いのは青くてマリーゴールドのような形の花ですね。
「これ、なんていう名前ですか」
エドワードさんとジークさんに聞いてみると、
「マリアブルー」
とエドワードさんが答えてくれたのと同時に、
「砂糖四の二号」
とジークさんが答えてくれました。
エドワードさんが青い花からジークさんに視線を移しながら言いました。
「……とかいうのじゃないかって言おうと思ったんだけど」
「それで合ってるんじゃないか。そんな感じの名前も言ってた気がする。ちゃんと聞かなかったから自信ない。四の三号かもしれない」
「何号かはどうでもいいと思うし、忘れるのもしょうがないだろうけど、やっぱり話は聞いておくべきじゃないか?」
あっ、今、ジークさんたらエドワードさんから目をそらしました。
「……役に立ちそうなことは聞いてるつもりだ」
「神様の話聞いてないってかなり失礼じゃないか?」
「……そうかもしれない」
ジークさんの中で神様とはどのような存在なのでしょうか。扱いが軽いように思えるのですが。
「お前なあ」
エドワードさんが何か言おうとしたところで、ジークさんが急にしゃがみました。
「どうした?」
「土が動いた。何かいる」
エドワードさんに聞かれて、ジークさんは花と花の間を指差しました。そこを見てみれば、土がもこもこと動き、土の中から黒いものが顔を覗かせました。
その黒いものをジークさんは迷うことなく掴み、地面から引き抜き、立ち上がって私たちに見せてきました。八センチくらいのハムスターのような魔物でした。
ジークさんが掴んでいるのは魔物の頭の部分です。魔物は抵抗するでもなくただぷらーんとぶら下げられています。……ちょっとかわいいかも。
指で魔物のお腹を突っついてみると、魔物は「ちーちー」とかわいらしい声で鳴きました。
「かわいい……」
黒い変なものの塊のくせして。
「よく魔物に触ろうって気になるね」
とエドワードさんに少し呆れたように言われました。
「ジークみたいに何も感じないってわけじゃないだろう?」
「ちょっと突っつくくらいなら大丈夫です」
これは今触ってわかったことですが。
「それはそうだろうけど、ちょっとでも大丈夫じゃないかもしれないよ」
「……かわいさに負けて、つい」
あと好奇心にも負けました。どんな反応をするのか、指先くらいなら触っても大丈夫かどうかが気になりました。
「そんなだといつか噛まれるかもよ」
「この辺りの魔物なら大丈夫だと思ったんですけど、やっぱり噛まれたら痛いですか」
「さあどうだろう。――ジーク、大丈夫か?」
え? ああっ、ジークさんの指が魔物の口の中に!?
「歯はないようだ」
あ、なるほど、調べてくれたのですね……って、別に、魔物の口の中に指を入れなくても……それともうっかり?
魔物はジークさんの左手の人差し指一本からぶら下がっていて、短い足をバタバタと動かしています。落ちまいと必死になっているように見えます。
「あの、重くないですか」
手に乗せたり掴んだりすることはなんてことないでしょうが、指にぶら下げているのはつらいのではないかと思ってジークさんに聞いてみました。
「軽い。持ってみるか」
そう言ってジークさんが魔物を指にぶら下げたまま私に差し出してきたところで、
「あっ……」
魔物が地面にボトッと落ちました。
地面に全身を打ちつけたらしい魔物は、すぐに空気に溶け始めました。
……ちょっと残念です。手のひらに乗せてみたかったです。きっと嫌な思いをすることになったでしょうけど。




