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晴れて

 ふう……ああ、やっと、やっと街から出ることができました。

 街から出てこんなにほっとしたのは旅に出た日以来かもしれません。

「勇者が十九の女の子だったなんてなー」

 エドワードさんがどこか遠くを見ながら言いました。

「父さんもここまで来たはずだけど、本当のこと知ってるのかなあ……知ってても、性別なんかどうでもいいって思ってそうだけど」

「エドワードさんは、性別は重要ですか」

「全く気にならないってわけでもないけど、まあどうでもいいかな。男でも女でも“魔王を倒したかっこいい憧れの人”には変わりないよ。……でも」

 エドワードさんの声が少し小さくなりました。

「年下、って言うと変だけど、憧れてるのってどうなのかなーってほんのちょっと、ね……。負けてるとも思うし」

 ああ、なるほど。自分は二十歳なのに憧れている人は十九歳――もう何年も前の時点でですが――だから微妙な気持ちになっているのですね、きっと。

「魔王を倒した時の勇者は何歳くらいだと思ってたんだ」

 私がエドワードさんに聞こうと思っていたことをジークさんが先に聞きました。

「二十五くらい。仲間もだいたいそれくらい」

 なんというか……エドワードさんが大学生だとして、彼の尊敬する人は大卒の社会人だと思っていたら大学生でしかも年下だった、みたいな?

 あ、でも、十九歳と二十歳だと……やっぱり駄目か……。ローズが魔王を倒したのは十九になってから二ヶ月くらいのことで、エドワードさんはそろそろ誕生日が来て二十一歳になるはずですから、日本でいうとローズの学年が一つ下のような感じですね。いやまあ、本当はローズの方が遥かに先輩ですけどね。

「ジークは?」

 逆にエドワードさんがジークさんに質問すると、ジークさんは少し考えるような素振りを見せてから答えました。

「若かったってことしか考えたことなかった」

「大体の人はそうだろうな。レイちゃんは?」

「初めて聞いた時は、十代後半かな、って思ってました」

「へえ。何で?」

 それはもちろん、

「主人公って大体それくらいでしょう?」

 勇者はたいていは主人公ですからね。

「え、主人公? 僕そんなに本読んでないからなあ……」

 別に本でなくともそんなイメージが私にはあります。小学生の頃に妹と弟とわりと仲良く見たアニメとか、友達にぜひやれと言われたり弟が匙を投げて私が進めることになったりしたゲームとか……。

 あれこれと思い出していると、ジークさんが、

「レイが読んでるのにそういうのが多いだけじゃないのか」

 ……あ。

「……そうですね」

 ジークさんの言うとおりです。小学生や中学生、またはそれくらいの年齢とか、二十歳以上の人が主人公のものだってたくさんありますね。



 一週間後、首都に着きました。

 最近は寒いと思うことがよくありますが、今日は曇っているせいか特に寒いです。

 この街は明日から三日間、収穫祭という大きなお祭りが開かれます。そのためか街のほとんどの宿がお客さんでいっぱいです。せっかく日が沈む前に街にたどり着いたのに野宿になるのかとも思いましたが、運よく泊まる所を確保できました。

 さて、明日からの天気はどうなるでしょうか。せっかくなので明日はお祭りを見て回ることになったのですが……。

 天気のことを考えながら、宿の食堂でふと窓の方を見ると、てるてる坊主らしきものが吊るされているのが目に入りました。

「あれって、どこにでもあるものですか」

 てるてる坊主を見たのはこの世界に来てから初めてですから、エドワードさんとジークさんに聞いてみました。

「知らないなあ。初めて見た」

「俺も」

 ということは、ニールグ王国には無いということでしょうか。

 宿の娘さん(十歳くらい)が料理を運んできたので、てるてる坊主を指して、あれは何かと聞いてみると、

「てるてるぼーずっていうんです。晴れにしてくれるんです。わたしが作りました!」

 と返ってきました。

 詳しく聞いてみると、彼女が数日前に、収穫祭の三日間は晴れてほしいのだとあるお客さんに話したところ、晴れることを願う時のためのものとしててるてる坊主を教えられたそうです。それで彼女は、何もしないよりはましだろうと、ぼろきれでてるてる坊主を作ってみたのだとか。名前の意味は聞いていないので知らないそうです。

「首吊ってるなんて」

 娘さんが立ち去ってからエドワードさんが呟きました。

「まだ呪いの道具って言われた方が納得できる」

 ええ、そんな……はっ、きっと描かれているであろう顔を見ればあまり呪いの道具には見えないはず。

 食事を終えてからてるてる坊主に近寄ってその顔を見てみました。

「あ……」

「……これは……」

「……独特……」

 てるてる坊主の顔は昔の少女漫画の登場人物のようです。目が大きくてキラキラしています。口は少し開けられていて笑みの形になっています。

 宿の娘さんが近くを通ったので呼び止めて顔のことを聞いてみました。

「この顔はあなたが描いたの?」

「はい! みんな『何か変だけど上手』って言ってくれます!」

「そう。私も上手だと思うよ」

「ありがとうございます!」

 彼女の絵柄はこの国に広まるでしょうか。



 朝起きて外を見てみると晴れていました。少女漫画風てるてる坊主のおかげかもしれませんね。

 外に出た時には、すでに多くの人が楽しそうに街を歩いていました。

「はぐれないように手でも繋ぐ?」

 とか言いつつ、何でいつも以上の爽やか笑顔でもう私の手を掴んでいるのですか、エドワードさん。複数の女性からの嫉妬的な視線が突き刺さって痛いんですが! わざとですか、私の反応を見て楽しんでいませんか!

「この歳になってこれは恥ずかしいので放してください」

 私が小学生以下ならエドワードさんと手を繋いでいた方がいいかもしれませんが。

「結構いるよ、小さくなくても手を繋いでる人」

 え? あ、本当だ。わあ、あの二人仲すごく良さそう。

「恋人とかだからじゃないですか」

 仲のいい友人同士でも、今くらいの混みようではそうそう手を繋ぐことはないと思うのですが。

「そうかもね。レイちゃんは、恋人とだったら、はぐれないように繋ぐ? はぐれる心配がなくても繋いでみる?」

 それは……どうでしょう? 好きな人と手を繋げたらそれは幸せなことのように思えますけど、周りに人がいると恥ずかしさの方が勝るかもしれませんし……。

 考えていたら、手が放されました。

「これくらいならたぶん大丈夫だろうから、今はやめておこうか」

 ああ、よかった。いつも以上に視線を気にすることはなさそうです。



 特に目的があるわけでもなく人混みの中を屋台を見ながら歩いていると、怒声が聞こえました。喧嘩でも起きてしまったのでしょうか。

 気になってそちらに顔を向けようとした時、

「いっ」

 何か頭に当たりました!

 すぐそばに小さめのりんごが落ちています。これが飛んできて頭に当たったのでしょうか。辺りにりんごの木はありませんし、ここはファンタジーな世界ですが、自然にどこかから飛んでくるというのもあまり考えられませんから、誰かが投げたと考えるのが妥当でしょう。

 「馬鹿」だの「ふざけんな」だの聞こえる方を見てみると、思ったとおり喧嘩している人たちがいて、そのうちの一人が手に何か持っています。大きさと色からしてりんごでしょうか。私にりんごをぶつけてくれたのはあの人でしょうか。かっとなって投げたら狙った人には当たらず私に当たったのでしょうか。

「痛い?」

「もうだい……えっ?」

 エドワードさんが心配してくれたので「もう大丈夫です」と返そうと思ったら、彼は突然、落ちているりんごを拾って、それを喧嘩が起きている方へとぶん投げました!

「誰だこれ投げやがったの!」

 りんごが飛んでいった方で誰かが怒鳴りました。エドワードさんが投げたりんごは誰かに当たったのでしょうか。素晴らしい運動能力の持ち主のエドワードさんのことですから、きっとりんごは彼が狙った所に飛んでいったのだと思いますが、関係ない人に当たってしまっていないでしょうか。

「あ、あの……いきなり、どうしたんですか」

「ん? あ、もしかしてレイちゃんには聞こえなかったのかな」

 え、私には聞こえなかったということは……誰かがかなりの暴言を吐いたのでしょうか。

「『馬鹿』とかなら聞こえましたけど……」

「それどころじゃないのを大声で何度も言うからさ、食べ物投げるのもどうかとは思ったけど……」

 エドワードさんはそう言いながら、飛んできた梨を難なく受け止めました。

「これもらっていいかな」

「いいんじゃないか」

 ジークさんが、喧嘩している人たちの近くに立てられている、「果物無料配布」と書かれた看板を指して言いました。

「無料で配ってるところみたいだから。ん」

 ジークさんにも何かが飛んできました。彼の手の中に収まったそれは皮が黄色いりんごでした。

 エドワードさんとジークさんは果物を上手に受け止めましたが、飛んでくるものに気付けなかった人もいるようで、短い悲鳴が聞こえました。……果物が投げられすぎではありませんか。そういうお祭りでもないのに。

 怒鳴り合ったり殴り合ったり果物を投げ合ったりの騒ぎが関係ない人を巻き込んでじわじわと大きくなっているような……。せっかくのお祭りなのに。

 目立つこと覚悟で、魔法を使って止めようかと少し考えたその時、

「ちょっとこれ持ってて」

 エドワードさんに梨を渡されました。

「何が原因か知らないけど、迷惑だ」

 エドワードさんは喧嘩を続ける人たちに歩み寄ると、

「がっ」

「ぐえ」

「うっ……」

「いだっ」

 殴ったり蹴ったりして全員地面に倒してしまいました。倒れただけでなく気絶している人もいるようです。

 そこへこの国の騎士団の制服を着た男性が二人やってきて、エドワードさんは彼らにかなり怪しまれました。

「そこで何をしている?」

「いつまでも迷惑かけ続けるものだからちょっと動けなくしただけです」

 エドワードさんは騎士二人に詳しく事情を話すことになりました。

 時間がかかりそうなので私とジークさんは近くで待つことになり、二人で休憩用に設置されたベンチに座ったはいいのですが、

「……俺はいない方がいいか」

 視線が、視線があああああ!

 いくらジークさんが目立つからって! 何で、何で? 歩いている時はそんなに気にならなかったのに! 歩いていたから? エドワードさんとジークさんとはぐれないようにすることに、人にぶつからないようにすることにいつもより意識を向けていたから? 屋台を見るのが楽しかったから?……はっ、もしかして今日の私の髪と目が変わった色だから?

「何か買ってくる」

 ジークさんは立ち上がってどこかに行ってしまいました。

 ごめんなさい、そしてありがとうございます、ジークさん。

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