あっていた。
夕方、約束どおりにライナスさんがマリーの日記帳を何冊も持ってきてくれました。全部大学ノートのようで、多くの学生が使っているようなものもあればかわいらしい柄のものもあります。有名な会社のものだけではないみたいです。
「勇者たちのこととか魔王のことがそれなりにわかるものを選んで持ってきたんですけど、日記ですからね、まとめて書かれているわけではないので、ちょっと多くなりました」
「ありがとう。なるべく早く返せるようにするよ」
というわけで、三人で分担してマリーの日記を読むことになりました。
夕食をとってから部屋に戻って最初の一冊と思われるノートを開いてみると、子供っぽい字が並んでいました。
『四百八十八年四月十六日(火)晴れ
今日は、わたしの十歳の誕生日でした。
朝起きてみたら、今この文章を書いてるこれがたくさん寝台の横にありました。お山みたいでした。きっと誕生日の贈り物だと思って、お父さんとお母さんに「これ何?」と聞いたら、お父さんもお母さんも「知らない」と言いました。お姉ちゃんは「きっと神様がくれたんだよ」と言いました。本当に神様がくれたんだったら、いい子にしててよかったです。』
誕生日の朝に起きたらベッドの脇に大学ノートの山ですか……。
『お母さんが「日記帳にすればいいんじゃないかしら」と言ったので、これは日記帳にすることにしました。字を習っておいてよかったです。
……お父さんとお母さんとお姉ちゃんからの誕生日の贈り物は髪飾りでした。赤くて綺麗な玉が付いていました。ずっと大事にしたいと思いました。
誕生日なので、お母さんはごちそうを作ってくれました。美味しかったです。お姉ちゃんが作ってくれたお菓子も美味しかったです。』
勇者は妹の誕生日にお菓子を作ってあげたのですね。私と違って良い姉です。私は、妹と弟の誕生日には、せいぜいお母さんのケーキ作りを手伝うくらいです。
日記を読み進めていくと、どうやら勇者ローズは、活発で明るい女の子だったらしいことがわかりました。また、勇者の幼馴染のエレックは、正義感が強かったらしいこともわかりました。私が読んだ本の中の彼ほどではないと思われますが、熱血漢ではあったようです。
……ふう、今日はこれくらいにして寝るとしましょうか。
とても近くから話し声が聞こえます。ですが私はそちらに顔を向けません。それよりも鴨です、鴨。何匹も泳いでいます。あ、真っ黒いのがきた。
びゅん、と音がして、何かが真っ黒な鴨――魔物に当たりました。魔物が弱かったのか、当たったもの(たぶん石)の威力が高かったのか、はたまた別のことが原因なのかよくわかりませんが、それだけで魔物の体が空気と水に溶け始めました。
「よし!」
嬉しそうな声が聞こえて、私がその声の方に顔を向けると、赤い髪の人がにっこり笑っていました。
……寝る前に読んだものの影響がよく出た夢でした。どうせ赤い髪の人――ローズが魔物を倒すところを見るなら、聖剣を振り回しているところを見たかったです。
そういえばローズの隣には誰かいました。たぶんエレックですね。
朝食をとってから、再び日記を読みました。
『四百九十年五月五日(水)晴れ
すごくびっくりすることがありました。お姉ちゃんの木の剣から本物の剣が出てきました。お姉ちゃんは、どうして今まで気が付かなかったのかと、ちょっと悔しそうにしていました。……』
ライナスさんに話を聞いた時から思っていましたが、やはりローズの木の剣とは、今はジークさんが持っている聖剣のことでしょう。
『四百九十一年六月九日(木)晴れ
お姉ちゃんとエレックくんが旅に出てしまいました。お姉ちゃんは男の子みたいになって行ってしまいました。……お姉ちゃんとエレックくんが無事に帰ってきますように。』
『四百九十二年三月十日(金)曇り
旅人さんから、赤い髪の男とその仲間たちがいろいろな所で魔物とか山賊退治で活躍していると聞きました。きっとお姉ちゃんたちのことです。お姉ちゃんは男の人になりきっているみたいです。……お姉ちゃんとエレックくんと旅している人たちに会ってみたいです。……』
これから十日経ったところで私の読む分の日記は終わっていました。
私の中の勇者は、貸してもらった本の中のアールから、マリーの日記の中のローズへともうすっかり置き換わりました。もともと私は勇者を女性だと思い込んでいたからでしょうか。ああ、合っていたのですね、私の思い込みは。
さてと、エドワードさんの所に行くとしましょうか。
エドワードさんが泊まっている部屋に行くと、ジークさんもいました。
どうやら私が一番読み終わるのが遅かったようです。
何かわかったことはあるかとエドワードさんに聞かれたので、日記がマリーの十歳の誕生日から始まっていたことや聖剣のことなどを話しました。
私の話を聞き終えると、エドワードさんは私に、彼とジークさんが読んだ分の日記について簡単に話してくれました。
仲間と出会った時のこととか、魔王が現れることを知った時のこととか、旅の間にあった、それはもうたくさんのことをローズはマリーに話したようです。教えなかったこともあったようですが。
「さて、返しにいこうか」
日記を返しにいって、その後に昼食をとることになりました。
ライナスさんがくれたメモを頼りに彼の家へ行ってみると、彼のお母さんが出てきました。
「あらあら、真っ赤ねえ。旦那と息子には聞いていたけれど、びっくりねえ」
彼女はジークさんを見るなりのほほんとした感じで言いました。あまり驚いているようには見えません。
「何かの役に立ちそうかしら?」
「はい。行ってみたい所ができました」
エドワードさんがいつもの爽やかな笑顔で答えると、お母さんもにこにこしながら「それはよかったわ」と言いました。
「あなたたちはどうして旅をしているの?」
「珍しい物を探してるんです」
そのとおりと言えばそのとおり? なんだか微妙な答えですね。エドワードさんから見ればボールペンもリモコンも珍しいでしょうが私はそうではありません。でも、私にとっても珍しいものがあるのも確かです。木刀や竹刀に見せかけた本物の刀とか、何故か山の頂上の小屋にあった薙刀とか。
「そうなの。頑張ってね」
「はい」
さて、またたくさんの視線の中を歩いていかなければなりません。今日は私の髪と目は赤く見えてはいないはずですから、一昨日よりはましかといえば、そうでもありません。一昨日より注目されているような気がします。宿の人に聞いたのですが、赤毛の人物が魔人を倒したという話が一昨日の夕方あたりから昨日にかけて町中に広まったそうですから、そのせいでしょう。
やっぱりジークさんの髪はどうにかして隠してもらった方がいいのでしょうか。でも、この町に髪を隠して歩いている人は滅多にいません。フードで隠していれば不審者に見えてしまいます。みんな帽子でもかぶっていればいいのに。
向けられる多くの視線を我慢して歩き、一昨日夕食をとったお店にたどり着きました。
お店に入ってみると、昼食をとるには遅い時間だからかお客さんは若い女性が一人だけで、店員のポニーテールの女性と楽しそうに話していました。
「あ、来てくれたんだね。嬉しいよ。昨日はあなたたちのこと話してるお客さん多かったよ」
にこにこしながらそう言った彼女に、
「それは席に案内してから言ったらどうですか」
厨房から料理を運んできた男性店員が言いました。
「あ、ごめん。――いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
別に言い直さなくてもいいのに。
料理を注文して待っていると、ポニーテールの女性と話していた人が近寄ってきました。
「魔人を倒したのはあなたたちって本当?」
その質問にはエドワードさんが私を指差して答えました。
「この子のおかげ」
「そうなの?」
彼女は私に向かって微笑むと、
「はい、これあげる」
手のひらくらいの大きさで、長めのスカートをはいた、赤毛で青い目のかわいらしい女の子のぬいぐるみを差し出してきました。
え、え、突然何?
「あ、えっと、ありがとうございます……」
「活躍した人へのご褒美よー」
ぬいぐるみを受け取ったところで、ポニーテールの女性がパンが載ったお皿を持ってやってきて、
「とか言って、自分が作ったのを誰かに受け取ってほしかっただけでしょ」
「いいでしょう、別に。軽いし小さいし旅の邪魔にはならないでしょう? ね?」
「あ、はい」
かばんの中に入れておけば何の問題もないでしょう。
「あの、これ、勇者ですか」
「勇者っていうか、普通の女の子としてのローズちゃん」
ああ確かに、スカートをはいていますものね。マリーによるとローズは普通の女の子として村で生活しているときもズボンをはいていることが多かったようですが。
うん、かわいい。いいもの貰っちゃいました。




